表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

 「――離してっ!」


 懐中電灯を頼りに走っていた私の手を、カリンは突然振り払った。

 カリンは両手で自分の頭を髪と一緒にくしゃくしゃに掻き回すように触ると、その場にぺたんと座った。

 ケイタが死んだ部屋から逃げ出して、まだそれほど歩いてはいない。きっと、ここは単なる通路に過ぎないのだ。進んでも退いても地獄とはいえ、ここで足を止めるのは得策ではないと直感が告げていた。


 「ここにいては、駄目だ。早く逃げよう」


 「逃げてどうすればいいんですか!? どこに行っても、私達に希望なんて……」


 「希望……そうだ、携帯は!」


 「携帯なんて、もう使えませんよ……」


 カリンが取り出した携帯は、自動で壊れるようにできていたのか、電源は完全に消えてしまっているようだった。

 電池が原因にしても、機械のトラブルにしても、使用できないことに変わりはない。

 必死に奮い立たせていた不安を誤魔化すように、無理してカリンを励ます。


 「確かに希望は無いかもしれないが、私は君を守るつもりだ。例え、この命に代えても」


 まだ高校生程度の少女には、いつ理性を失ってもおかしくない状況だ。記憶を失ったとはいっても、いくらか年上の私はまだ冷静で居られそうだ。何より、私は彼女に縋っている。彼女が私の精神安定の要になっているのだ。

 強引にでも連れていくつもりで、心が痛むものの乱暴に手首を引いた。顔を上げたカリンの目には、少しだけ光が回復していた。手首の力を僅かに緩め、再びずるずると私はカリンを連れて歩き出す。


 「……ご迷惑をおかけして、すいません」


 「謝らなくていい、ケイタの分まで生きていく義務が私達にはあるんだ」


 はい、と虫の飛ぶような音で返事をしたカリンの歩幅は先程よりも少しだけ大きくなった。




                   ※



 通路の突き当たりで立ち止まる。まさか、またUターンをしてケイタの居る部屋を通らなければいけないのかと考えたが、壁に手を触れたら先程の隠し扉のように左右にスライドして開いた。

 最初は光の眩しさに目を逸らした私達の目の前には、私とケイタが閉じ込められていた六畳にも満たない部屋の倍ほどの広さの部屋が作られていた。

 ぐるりと溶接されたレンガに囲まれた部屋には、あいかわらず窓もなくどんよりとした空気が溜まっているようだった。

 意を決して私はカリンの手を引いて、入室すれば、壁の隅には少年と女性が居た。

 中学生ぐらいに見える少年は、やんちゃそうな印象を与える。染めた金髪に、薄い眉毛と一重の目には、初対面というのに攻撃的な眼差しをこちらへ向けている。

 もう一人の女性は体育座りで体を小さくさせており、淡い茶色のロングヘアーをしていた。大学生ぐらに見えるか、それよりもちょっと上だろう。女性は綺麗な顔立ちをしており、座っている体勢の為に顔の半分は見ることはできないものの、この状況で見惚れるような美貌を持っていた。

 有名スポーツメーカーのロゴマークが入ったジャージを着た少年が立ち上がると、女性を守るように一歩前に出た。


 「お前らは、メディスンとかいう奴の仲間か! 姉ちゃんを傷つけるなら、ただじゃおかねえぞ!」


 少年は凄んでいるつもりだろうが、そこからは威勢の良さしか感じられず、むしろ少年が自分の不安を隠す為に叫んでいるようにしか見えなかった。気づいた私はなるべく優しい声色で諭す。


 「メディスンを知っているようだが……。私達もおそらく君達と変わらない。先程まで、妙な部屋に閉じ込められていたんだ。そこから抜け出して、ようやくここに辿りついた。紹介が遅れたが、隣の女の子はカリン。私は……何らかのショックで記憶を失っているようなんだ」


 「じゃ、じゃあ、その服の血は何だよ!? アンタ達の血じゃないだろ!」


 しまったと思い、服を見れば私もカリンもケイタの血を大量に浴びている。ここで口を閉ざすわけにもいかないので、早口になりながらも答える。


 「実は、私達の他にケイタという青年が居た。しかし、メディスンの用意した理不尽なゲームによって殺されてしまったんだ……。この血は、ケイタの返り血なんだよ」


 話の内容に驚いたのか少年は、目を大きく見開き私とカリンの顔を交互に見た。懐疑的な眼差しに、私とカリンは目を逸らす。

 口にはしなくても少年の血走った目から感情は伝わってくる。私達をじろじろと注目していた少年の隣に居た女性が立ち上がり、少年の肩に手を置いた。


 「彼らは、嘘はついていないわ」


 「で、でも……」


 この女性に対して少年は弱いのだろうか、凛とした声で制止させられると喉に物でも詰まらせたように唐突に口を閉ざす。

 改めて女性を見るが、落ち着いた雰囲気を感じさせた。綱渡りのような空間の中で、彼女の淡々とした表情は忘れかけていた平常心を呼び起こさせた。


 「彼らが誰かを殺しているにしては、血のかかり方も不自然よ。男の人の方はバケツをかけられたみたいな血の掛かり方なのに、女の子は足元に少し。二人で殺しているなら互いにもっと返り血を浴びていてもおかしいわ」


 「男だけで殺したんだろ!」


 「それなら、殺人犯と一緒に行動しないでしょ。むしろ、貴方に怯えて男の人の後ろに隠れているじゃない」


 「記憶を失ってるし、怪しいだろ……」


 なおも私達と『姉ちゃん』と呼んでいた人物を遠ざけようとする少年だったが、女性は一つ溜め息を吐いた。


 「後は直感よ。何より、こんな状況でまともな判断ができる人が一人でも居た方がありがたいわ」



                           ※



 少年の名前は、トオルと言った。最初は名前も教えてくれなさそうだったが、女性に強めの口調で名前を呼ばれて、渋々自分から自己紹介をしたのだ。

 続いて、改めてカリンが名乗り、私は名前もないので頭を下げるだけにした。どれだけ丁寧に挨拶しても、ケイタの結末を見た後では、嫌でも最悪の結果を考えてしまう。

 ただそれよりもショッキングだった出来事が、


 「――私も記憶喪失なんです」


 もう一人の女性が、私と同じようなことを言っていたのだ。


 「全く思い出せないのか?」


 「ええ。名前も含めて全く思い出せませんね。一般常識は備えているようですが」


 そこで、「いや」と言葉を一度区切った。


 「今はユウと名乗っています」


 「トオル君が名付けてくれたのか?」


 「いいえ」と今一度区切った女性ユウは、少しだけ言いにくそうに告げた。


 「この部屋に来る前に、私達をユウコという方が助けてくれました。しかし、ユウコさんは逃げ出す際に亡くなり、私とトオル君で相談して、ユウコさん命を無駄にしない為に彼女の名前をいただきました。何故ユウコではなくユウなのかと言うと、三文字とも奪ってしまっては、彼女の存在すら無かったことにしてしまいそうだったので、あえて二文字だけ拝借して……今はユウと名乗ることにしています」


 ユウの話を黙って聞いていた私、それからカリンの脳裏には間違いなくケイタの姿が浮かんでいるだろう。自分達のことで精一杯だったが、しっかりと死に向き合おうとしているユウ達には素直に感激を覚えた。確かに、これはある種の弔いかもしれない。

 それと同時に納得もした。何故、私達の話を聞いたユウが私達を庇うような発言をしたのかを。自分と重ねていたのだろう、よく似た境遇の私達に。

 ほっと心の一時の平穏を取り戻したその時、急な落雷のように声が響いた。


 『第二投薬開始』


 全員が一斉に立ち上がった。

 メディスンのものとは違う、機械的な高音の声だ。


 「おら! どうした! 来いよ!」


 必死に虚勢を張るトオルの声に挑むように、部屋に変化が起こる。


 「あ。あれを見て!」


 カリンが指差した方向を見れば、いつの間にか天井の四隅に色紙程のサイズの通気口が出現していた。そこから、コホーと音を立てながら白い煙が吐き出されている。


 「まともな煙じゃないよな……」


 私達に緊張が走った。そして、煙から逃げるように自然と四人とも中央に集まる。

 私とカリンが入ってきた扉の方に目をやると、いつの間にか扉は無くなりただの壁に変わっていた。予想できたことだったのに、まんまと罠に嵌められたことを示唆していた。

 煙はまるで生き物のように私達をぐるりと囲み、少しずつその距離を縮めてくる。


 「さっき、投薬て言っていたわよね。もしかして、この煙がその薬なんじゃないかしら」


 記憶を失う前から、頭の回転の早い女性だったのだろう。危機の中でも、場を分析しようとしているユウの言葉に私は耳を傾けた。


 「だろうな、今までの状況から考えるに……」


 言い辛そうにする私の言葉をユウが続けた。


 「毒薬の類で間違いないわ」


 カリンとトオルが小さく悲鳴を漏らした。

 ケイタが死んでから、死ぬ覚悟はできていた。何より、この私より先にカリンを死なすわけにはいかないという義務感があったからだ。


 「前回は、人が減れば出口が出現した。だったら、今回もそういうことじゃないか」


 あえてカリンやトオルの方は見ないようにして、ユウを見て言った。彼女も似たり寄ったりのことを考えていたようで、目配せをして首を縦に振った。

 一応の解決策が浮かんだことで、安心させるように私はカリンの頭を撫でた。


 「これが毒薬じゃないか確認してくる、もし違ったらそのまま出口も探してくるよ」


 カリンはどうやら私の意図していることを察したようで、目を剥いて胸倉を掴んできた。


 「だ、駄目です! ここに入っていけば、死んでしまう……いや、死ぬつもりなんですよね!?」


 「死ぬつもりはないさ、私は君を守ると言っただろ?」


 死ぬつもりはない、生かすつもりだ。きっと、ここで捨てた命はどこかで役立つのだと私は胸を張ってそう言った。自信の乗った言葉を前に、カリンは泣きそうな顔で微笑んだ。


 「はい、必ず守ってくださいね」


 カリンから体を離すと、次はトオルに視線を送る。相変わらず生意気そうな少年だったが、この短い時間で度胸がついたようだ。


 「トオル君、カリンやユウさんのことをよろしく頼むよ」


 トオルは託された言葉を噛み締めるように深く頷いた。トオルの素直な姿に満足すると、次はユウの顔をちらっと見れば、すぐに歩き出す。

 記憶を無くした者同士のせいか、ユウの考えていることは何となく分かる気がした。彼女は十二分に信用に足る人間であり、当初から私の分身のような親しみがあった。カリンと別れる前に、信頼の置ける人物と出会えた幸運に感謝しつつ煙の中へと走り出した。




                    ※



 予想通り、この煙は毒薬の類だったようだ。

 口を服の袖で押さえて進んでみたものの、煙はどんどんその隙間を掻い潜り私の体に侵入をしてくる。すると、どうだろう。徐々に視界は狭くなり、意識も朦朧としてきた。

 時間が無い、まだ動ける内に出口を探さなくてはいけない。

 右手で口を押さえて、左手で壁に触れてみる。ザラザラとした壁の感触があるだけで、何か変化があるわけが無い。壁をめいいっぱい叩いてみるが、隠し扉が出現する様子もなさそうだった。

 壁に手をつきながら、進めば例の通気口の真下まで来たようだ。やはり、ここが一番煙がきつい。薄めで煙の出てきている場所を窺ってみるが、まともに覗き込めば眼球ごと煙に蹂躙されてしまうだろう。棒か何かあれば、ここを壊して逃げ出すこともできるのではと考えるが、ご丁寧にそんな物が用意されているわけが無い。


 「あっ」


 貧血を起こしたように一瞬頭が真っ白になった。気づいた時には、うつ伏せで地面に倒れていたところだった。

 匍匐前進をするように床を這って進む。煙が口はもちろん鼻からも体を侵食してくるのが、嫌というほど感じ取れる。全身に煙が行き渡るのをせめてものの抵抗のように咳き込んでみせたが、吐き出す以上の量の煙をまた吸い込んでしまう。

 とうとう視界の半分も見えなくなった。それでも両手足を必死に動かす姿は、さながら殺虫剤に殺される実験用の害虫に近いのだろう。

 もう前進するなと頭の中でアラームが鳴る。どうせ死ぬなら、最後まで抗うだけだと危険を知らせる脳内アラームを無視して必死に扉を探す手を止めない。

 記憶を失ったが、僅かでも生きる意味を手に入れることができたのは僥倖だ。僅かしかない走馬灯を頭の中に浮かべて目を閉じた。

 私の手足は、もう動くことができない。

 カリン、君は当人以上に人の痛みを感じられる少女だ。君は絶対に死んではいけない、死ぬことが救いにはならない。君には、もっと悲しみを感じて、もっと他者の痛みに共感してあげる義務があるんだ。大丈夫、君の痛み苦しみは私が連れて行くよ。

 トオル、ありがとう。どこにでもいる中学生の君に女性二人の騎士役はかなり重荷になっているだろう。だが、君はどんな危機的状況でも虚勢を張り続けられる度胸がある。それは弱さではない、時として強さだ。

 ユウ、もっと君と話をしてみたかったよ。それだけが、非常に心残りだ。もしかしたら、私の記憶に関係する人物だったかもしれないのに。


 あっけない幕切れであることに、僅かばかりの後悔を感じながら私はそこで力尽きた――。




                 ※




 とある施設での、少年と少女の創作は続く。


 ――こ、これ、最後はどうなるのかな。


 少女は自分よりも少しだけ年上の少年が怯える様が、面白くてつい吹き出してしまう。


 ――悪魔の住むお城に取り残された少年達の前にはいくつもの罠が立ちはだかる。この絵本には、ある結末を用意したいの。


 ――う、うん、キミが結末を書きたいて言っていたよね? 僕、怖いのは苦手なんだけど……。


 ――怖くないよ、ただ元の世界に帰るだけだから。


 少年は少女の一言にほっとした。  

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ