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 「どうすりゃいい、どうすりゃいい、どうすりゃいい……どうすればいいんだよ!」


 一分は経過しただろうか、ケイタは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、両手両足をジタバタとさせた。爽やかな青年の横顔は、泣けば泣くほどずっと幼く見えた。

 ケイタの隣で自分は溜め息を吐いた。どこまでもどこまでも深い溜め息を。


 「ケイタ」


 しっかりとした口調で名前を呼んだ。ケイタは怯えた瞳で、こちらを見た。


 「俺が死ぬ。お前は生きろ」


 「あぁ!? ほ、本気でそんなことを言ってるのかっ!?」


 「本気だ、俺は記憶を失っている。死ぬのは確かに怖いが、動揺することもなく不思議と落ち着いている。……たぶん、俺には何も失う物が無いからだろう。これから先、無事に逃げ出せたとしても、希望なんて湧かないさ」


 「ア、アンタ……馬鹿を言うなよ……!」


 ケイタは失禁し、泣きじゃくる。枯れる程泣いたのではないかと思っていたが、まだまだ涙は出るようだ。それは自分の為に流した涙なのだろう。この青年になら、生きていてほしいと心の底から思った。

 たった数分間の記憶を振り返る。ケイタという青年には、励まされた。それこそ、昔からの友達のような気軽さを彼は持ち合わせていた。ほんの数分間の付き合いだとしても、彼のことは語れる。


 「ケイタ、君は生きないといけない。君の明るい性格は、これから先の絶望に戦う武器になるだろう。俺がもしもケイタぐらいの年齢なら、明るい性格で誰かを励ましながら真っ直ぐに人を信じられる人間になりたいと願ったはずだ。俺のような卑屈な人間は、きっと大勢の人を誤解させて嫌われて生きてきたに違いない。そんな時、君のような友人が隣に居れば、うまくいきそうな気がしてくるよ。もし、俺に来世があるなら――」


 ――友達になってほしい。そう言い掛けた時だった。

 何の前触れもなく、ケイタの涙がピタリと止まり、急に真顔になった。

 驚いたのは自分だけじゃないようで、激しく狼狽していたカリンも異様なケイタの表情を見たまま固まっていた。


 「ど、どうかしたか……?」


 二分以内で死ぬという状況でついに精神に異常をきたしたのではと心配になった。


 「あ、いや」


 急に首を傾け、じっとこちらをケイタは真顔のままで見てきた。勘違いでは無いのなら、瞳の奥には理性を感じさせた。


 「おい、あー……メディスン?」


 ケイタがメディスンを呼んだ。通話中のままだった為か、メディスンが「はい」とすぐに応じた。

 何を言うつもりなんだと黙ってケイタを見ていた自分とカリンだったが、思いもよらぬことを淡々とケイタは発言した。


 「――俺を殺してくれ、早く」


 『分かりました』


 救うと決めたばかりの人間があっさりと命を放棄した。追いつこうとしない思考に、さらなる異常が起きたせいか、頭の奥がズキリと痛んだ。


 「お、おいおい……本気でそんなことを言っているのか!?」


 傷付くことなんて構うものかと両手をバタバタとさせるが、ケイタは平然とメディスンとの取引を続けた。


 「早く彼の手錠を解いてやってくれ。それに、この部屋は彼には狭すぎる。早く別の部屋に連れて行ってやれってくれ」


 魔法の言葉でも掛けられたかのように、急に両手が軽くなった。突然、自由が利くようになり危うくチェンソーにぶつかりそうになるのを避けて、埃だらけの地面に頭から飛び込んだ。

 とりあえずの安全を喜ぶよりも先にすぐさま体を起こし、振り返った――。


 「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば――」


 最初は何か勘違いかと思っていた。ケイタは、いや、ケイタだった人? 物体? 人だったはずの存在が、横から迫ってきたチェンソーの刃が上の歯と下の歯の間で回転していた。

 勢いよく刃は回転し、何かを言いかけていたケイタは人語を忘れた機械のように「あばば」とおかしな言葉を発してた。そして、ベーコンのように肉が顔から伸びて、ケイタの足元にボトリと鈍い音が聞こえた。

 あまりに凄惨な光景に自分は堪えきれずに、その場で嘔吐した。

 記憶を失う前に一体何を食べていたんだと不思議になるほど無色透明の吐しゃ物に肉の細切れが落ちてくる。その場から目を逸らそうと腰を浮かそうとしたが、足を切られて顎から上を寸断されたケイタが支えを失い、自分の吐しゃ物の上に落下してきた。

 血肉が飛び、痙攣したケイタが吐しゃ物の上にバタバタと暴れまわった。生きているのか死んでいるのか、どっからどう見ても死んでいるのに、頭のネジが飛んだような発想がフラッシュして浮かんでは消えた。



 『進め』


 胃の中を空っぽにしたままで、しばらく呆然としていた自分はメディスンの声によってはっとした。


 「もう、嫌……もう家に帰してっ!」


 今まさに同じような言葉を吐き出そうとしていたところに、絶叫するようなカリンの声が響いた。振り返れば、頭を抱えてカリンは震えていた。

 カリンの姿を見たことで、ここで自分がしっかりしないといけないという気持ちが芽生えた。例えそれが、カリンに縋るようなやり方だとしても、自分は立ち上がらないといけないのだ。

 服の袖で口を擦れば、立ち上がる。ふらっと眩暈を感じるが、これが生きている証明なのだと思ったら、今はこの部屋の異臭ですらも生の喜びに思い込める。


 「……行こう」


 汚れた手をカリンに伸ばした。

 例えこの先に何が待っていたとしても、これ以上の絶望なんて無いと思えた。

 差し伸ばされた手を見たカリンは、酷く悩んでいるようだ。


 「自分は……いや、私が……私が君を守るよ」


 ケイタによって救われた命だ。そんな自分のことを、『自分』と呼び続けることに抵抗感が出てきていた。機械のように、自分は自分はと呼んでいたら、ケイタが救った私が人ではない存在にも思えた。

 私は、私である。ケイタが教えてくれたアイデンティを胸に、おそるおそる手を伸ばしたカリンの手を強引に握った。

 またこの光景を眺めていたかのように、カリンがやってきた方向とはまた違う壁が左右にスライドして隠し扉が出現した。ぽっかりと開いた扉は暗く、どこまで行っても先の見えない地獄への一本道のようだった。

 衰弱したカリンを無理やり立たせ、床に落ちていた懐中電灯を拾い上げて暗闇の通路を進む。

 部屋を出る前に一度だけケイタの方を見たが、既にそこにはケイタと呼べる物は無かった。



                   ※



 

 とある施設で、少年達と少女は遊ぶ。

 鬼ごっこは一人の少年が苦手か、それか、得意すぎる為に遊ぶのはやめた。

 あまりにも身体能力に差が出るので運動する物は避けて、インドアな遊びを探した。

 トランプ、将棋、囲碁、チェス、後は絵本を読んだりもした。


 ――なんだか、ココの絵本にも飽きちゃった。


 少年が言った。

 本当につまらなそうに言うので、少女は困ったように、大人の真似をして顎に手を当てた。すると、彼らの近くにまた一人少女が現れた。

 少女は変わり者だったが、びっくりするような発想のできる女の子だった。


 ――だったら、絵本を作ろうよ!


 少年達は己の中でバラバラだったピースが一つになる音を聞いた。


 ――うん、僕らで絵本を作ろう。

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