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美しい顔の男の場合 前編


 自分は幼い頃から、他人と関わるのが下手くそな人間だった。自分の気持ちを相手に伝えるのが苦手で、察してもらうのを大人しく待って、誰にも気付いてもらえないまま一人で過ごしていた。本を読んだり、映画を観に行ったり、一人で過ごすことは苦ではないが、やはり寂しい。

 

 大学入学の時に、勇気を振り絞って映画研究会というサークルに所属したけど、残念ながら部員たちと打ち解けることはできず、部室の隅っこで本を読むことしかできなかった。

 やっぱり、自分には一人で過ごすのがお似合いだと、サークルを辞めようかどうか迷っていた時だった。

 

「そんな隅っこ座らんと、こっち来いや」

 

 映画研究会のOBだといった、いやに綺麗な顔の男に手招きされ、おずおずと寄っていった。

 

「こんな前髪長くて鬱陶しくないの?」

「う、え? いや、あの」

 

 近くに座った瞬間、突如、前髪を上げられ、ばっちりと色素の薄い瞳と目があった。しどろもどろに返事もできず、手を払いのけることもできず、固まっていたら

 

「お、声、低くていい声してんな、名前は?」

「く、来島、悟志、です」

 

 もはや言いなりのように名乗り、満足そうに頷いた彼は

 

「俺は田ノ上。田ノ上恵、よろしくな来島」

 

と、美しい笑顔でそう言った。

 

 田ノ上さんは、とにかく人の目をひく美貌と、その人懐っこさで大学卒業後は営業マンをしているとのことだった。

 営業マンなんて、己には縁遠いものだと思っていたが、

 

「お前のその声、うちの会社でなら凄い武器になるわ。卒業したらうちの会社に来たらええのに」

 

と、田ノ上さんに言われた。

 声を褒められたのは初めてで、そもそもあまり人と話さないから、当然といえば当然だけど、それでも感動するほど、嬉しかった。美しいこの人に褒められたこの声が、本当に美しいものになったような気がした。

 

 それからも、ちょくちょく田ノ上さんは部室にやって来て、俺にちょっかいを出しては帰っていった。

 在籍中は、やはりそのルックスから映画研究会の撮る映画の主役をはることが多かった彼は、やって来るとたくさんの後輩に

 

「恵さん、恵さん」 

 

と、囲まれるのに、一通り彼らの相手が終わると必ず自分の元にやってきた。

 

「よお、来島。今日も辛気くさい顔してるやん」

「大きなお世話です、田ノ上さん」

 

 最初は緊張して殆ど話せなかったけれど、だんだんと彼のペースに乗せられて少しだけ、親しく話せるようになっていた。

 彼はたくさんの映画を知っていて、自分が見てきた映画なんて殆ど知っているような男だった。新しい面白い映画を教えてもらって、それを観た感想を彼に話すというのが、習慣化していた。

 

 田ノ上さんと話すのは楽しくて、時間があっという間に過ぎてしまった。

 そんなある日、研究会の部員から

 

「恵さんの言う通り、来島くんの声、よく通るいい声だね。今度新しく撮る映画の、ナレーションしてくれない?」

 

と、声をかけられたのだ。そんなの緊張するし、断ろうかとも思ったけど、声を褒めてもらえることは、何だか自分の中でとても誇らしいことのようで、思わず承諾してしまったのだった。

 

「くーるーしーまくん! 映画出演デビューおめでとう!」

「出演言うても、声だけですけどね」

 

 どこから聞きつけたのか、耳聡くやって来た田ノ上さんに、照れ隠しでそう言えば、

 

「やっと、お前の良さが伝わってきてるみたいで嬉しいわ」

 

と美しい微笑みを浮かべながら言われた。

 その瞬間に思ったのだ、嗚呼、自分はこの人が好きだなあと。

 

 自覚してしまった感情を無理矢理抑え込んで、今までと変わらぬ態度で接していた。けれど、彼が傍にいるだけで、

 

「好きだ」

 

という感情は暴れるように心臓を鳴らし、自分の身体を不用意に火照らせた。

 けれど、それに無視を決め込んで、自分の大学生活が終わるまでは、この人の近くにいられるようにと、初めの頃よりは少し増えた口数が、これ以上多くなって余計なことを言ってしまわぬように用心した。

 

 それに反して、彼はどんどんと自分に気安くなって、

 

「やっぱり俺の言った通り、前髪が短い方が悟志くんは可愛いねぇ」

 

なんて、軽口を叩いて、自分の髪で隠れなくなった額に触れてくるものだから堪ったものではなかった。

 

 そんな自分の、ある意味で明るいキャンパスライフが、いよいよ終わりを告げようとした三回生の冬頃、田ノ上さんが言った。

 

「なあ、来島。この大学生活で、多分お前、だいぶ変わったやん」

「お陰様で、人の目を見て話せるようになりました」

 

 冗談混じりにそう返したが、本当に人とも多少なりは緊張するが話せるようになったし、性格も当社比1.5倍くらいは朗らかになった、はずだ、恐らく。

 全部、この人のおかげと言っても過言ではない。照れくさいけれど、きちんと御礼を言わなくては、とまごつく自分に田ノ上さんは真面目な顔で

 

「ほんまに、うちの会社に営業として来るつもりはないか?」

 

と言った。

 もちろん、一社員である自分に人事権はないから、正面から採用試験を受けることになるけど、と付け加えて。

 すでにその時、別の会社で事務職として内定をもらっていて、そこに行くつもりにしていた。しかし、彼はそれを知った上で、自分を誘ってきたのだ、期待を、してくれているのだ。

 これからの人生に関わることだし、そもそも、自分に営業職など務まるのだろうか。

 そんな不安も多いにあったが、それよりもまだもう少し、この人と、田ノ上さんと一緒にいられるのかもしれない。

 

 そんな夢を見てしまうくらいに、自分は誤魔化しがきかないところまでこの人に傾倒していたのだった。

ご覧くださりありがとうございました。


長くなってしまったので、一個目と同じ文量になるようわけてみましたが、ここかな?? というところでわけてしまった感は否めません。

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