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浮浪児③

 多くの店舗が軒先を連ね、露天商が声を張り上げ王都の住人が商品を物色する商業広場。

 王都の中心近く、円形に開けた広場は今日も大勢の人々で賑わっている。


「そこの綺麗なお姉さん、ちょっとお時間貰えませんか?」


 その広場の一角にて明るく響く声が一つ。変声期前特有の甲高い声。

 その声をかけられた女性(お姉さんというには若干(とう)が立つ)が振り向くと、そこには幼い少年が一人座っていた。

 赤毛に少しつり上がった目つきで、こざっぱりした服にニコニコと愛想の良い笑顔を浮かべている。

 地面に座り込んでいる少年だが、別に露天商というわけではないらしい。少年の前には簡易的な椅子が置かれている。


「お姉さんだなんて嬉しいわね。なにか用かしら坊や?」

「はい、ボクは画家の卵で絵の練習をしているんですが、よければお姉さんの似顔絵を描かせてくれませんか?」


 女性が用件を尋ねると、少年は紙と木炭を取り出し頭を下げてお願いする。

 請われた女性は少し思案すると軽く頷いた。幸い時間は空いているのだ。この幼い画家の卵に付き合ってもいいだろう。


「ふふっ、わかったわ。どうせなら美人に描いてね?」

「任せてください。頑張って描きますよ」


 少年の前に置かれた椅子に腰かけた女性が悪戯気に笑うと、少年も片目を瞑って応じた。

 そして今までの笑顔から一転して真剣な顔になると、女性の似顔絵を描き始める。


(あら、なかなか良い表情(かお)をする子ね。将来は有望かしら?)


 絵に没頭し始めた少年の顔つきに感心する女性。

 一方少年はここ二週間の間に"先生"より教えこまれた技術と知識を総動員して似顔絵に挑む。


(似顔絵の際はそのまま描写するのではなく特徴を捉えて描く。ある程度デフォルメしつつ全体のバランスを意識して。それと相手の好みそうな表情で実物の二割増しくらい)


 あまり美化しすぎると逆に不自然になるから注意する事――そんなことも教えられた。

 しばし少年が絵を描く音だけが流れる。喧噪の絶えない広場の中で、この場所だけが別世界のように静けさに満ちていた。


「――よし、どうでしょうか?」

「へぇ、いいわね。とっても良く描けてると思うわ」


 少年が書き上げた似顔絵を女性に見せると華やいだ声があがった。どうやら完成した絵は女性のお気に召したらしい。

 しかし少年の次の言葉でその笑顔は少しばかり曇る。


「ちなみに似顔絵は銀貨一枚になります」

「ちょっと……お金取る気なの?」


 絵を描く前には少年はそんなこと一言も言わなかった。これは詐欺ではないか、女性はそう言いたげだ。

 女性の非難するような視線を受けて、少年は慌てて両手を顔の前で振った。


「違います違います! 似顔絵描きは勿論無料(タダ)です! 銀貨一枚は描いた似顔絵を持ち帰る場合です!」

「あらそうなの。でもこっちは無料(タダ)ではくれないの?」

「すいません。ボクにも生活がありますし、画材も買わないといけないんです」


 極まり悪げに赤毛をかく少年をじっと睨んでいた女性だったが、プッと噴き出すと笑顔になった。


「仕方ないわね、良く出来てるからいただくわ。立派な絵描きさんになるのよ」


 少年に銀貨を握らせた女性は、代わりに似顔絵を受け取ると軽く少年の頭を撫で機嫌良さそうに去っていった。どうやら少年の態度に機嫌を直したようだ。


「……はぁあああ~~」


 女性が去った後、赤髪の少年――ヴァンは大きくため息をついた。慣れない敬語に愛想笑い、疲れる上に気持ち悪くてやっていられない。

 そんな少年の様子を遠くから見ていた黒髪の少女が近寄り声をかけた。


「どうですかヴァン君。上手くやれてますか?」

「……一応出来てるとは思うけどさ。この敬語と愛想笑いってホントに必要なのかよ先生?」


 先生と呼ばれた少女――アオイは右の人差し指をピンッと伸ばすと「勿論です」と頷く。


「いいですかヴァン君? 『人の内面は外見からは判断出来ない』――これは確かに正しいです。ですがそれはある程度の時間付き合ってようやく分かることです。初対面の相手であれば外見や経歴くらいしか判断材料がありません」


 だから身嗜みを整え、口調に気をつけるのは対峙なことなのだ。勿論その辺りを熟知して外見や態度に配慮する悪党も多いのだが。


「仮にベロベロに酒に酔って服をだらしなく着崩した人と、きちんと洗濯された服を着て礼儀正しい態度を徹底している人が並んでいたら、人はどちらを信用すると思いますか?」


「……そりゃあ、普通は礼儀正しい方だろうな」


 苦々しく感じつつもヴァンはそれを認めた。一部の例外を除き大多数の人間は後者に好感を持つだろう。


「実際上手くいったんでしょう? どうですか、自分の力でお金を稼いだ気持ちは?」

「……ん、まぁ悪くないかな」


 アオイの問いかけにヴァンは恥ずかし気に視線を逸らした。彼の懐には銀貨三枚、今日一日で稼いだ収入である。

 一回のスリで稼ぐ金額に比べれば明らかに少ない。だが心を満たす満足感は比較にならなかった。

 自分の働きを他者が認めて対価として得られたお金。金額こそ少なくとも、その価値は遥かに重く感じられる。


「それじゃあ、そろそろ日も落ちますし帰りましょうか?」

「おう、道具を片付けるからちょっと待っててくれよ」


 威勢よく返事をして片づけを始めたヴァンの背中を見ながらアオイは考える。


(『才能』というものは思っていた以上のものでしたね……)


 ヴァンを連れ帰ってから(およ)そ二週間。彼にはアオイの知る限りの描画の知識と技術を教え込んでいた。

 別にアオイは美術を専門に習ったことがあるわけではないが、習い事の一環として一時期絵を(たしな)んでいた頃があったのだ。

そこで実験も兼ねて『描画』の才能を持ったヴァンに教育を施したのだが――


(……でもまさかたった二週間で追い抜かれるとは思いませんでした)


 ある程度予想はしていたのだが、赤毛の少年の吸収速度は正にスポンジが水を吸うが如きものだった。

 アオイにはヴァンの才能が『描画1/74』から『描画18/74』に成長しているのが見えている。既に技術面ではアオイには教えられることはなく、実は割とショックを受けていた。


(けど『才能』の到達値が上がるに連れてだんだん成長速度が遅くなった気がします。ここから更に上を目指すとなると……私では難しいです)


 もちろん同居人の老爺にも無理である。

 となれば誰か他に良い人材を探す必要があるのだが――


「片付け終わったよ先生。それじゃあ帰ろうぜ」


 これから先のヴァンの身の振り方について思案していると、当の本人が声をかけてきた。

 その声に思考を切り替えたアオイはヴァンと共に帰路に就く。


「……って何でいちいち手を握るんだよ!?」

「……? ヴァン君が迷子になったら困るじゃないですか?」

「迷子って……子ども扱いすんなよ! そんなもんなるわけないだろ!」

「子供は皆そう言うんです」


 ヴァンの抗議を聞き流したアオイはもう片手で少年の赤毛を撫でる。

 少年は気持ちよ良さそうに目を細め――


「……ってだから子ども扱いするなーっ!!」

(弟がいたらこんな感じですかね?)


 二人は仲良く騒ぎながら老爺が家へと帰るのだった。


◆ ◆ ◆


(最近は料理も安心して作れるようになりましたねー)


 三人の夕食を終え、使った食器を水洗いしつつアオイはそんなことを考えていた。彼女の料理の腕自体は15という年齢にしてはそれなりのものである。

 料理人と言うほどではないし、料理を趣味にしているような同世代には及ばないだろう。しかし少なくとも包丁の扱いには問題ないし、レパートリーもそこそこだ。

 とはいえそれでもこの世界に来た当初は料理などできたものではなかったのだ。


(まさか林檎そっくりな果物だと思ったら、実際はジャガイモに近い野菜だったとは……)


 あるいは深海魚のようなグロテスクな魚。はたまた明らかに健康に悪そうな色彩の肉。流石は異世界と言うべきか、流通する食材からしてアオイのよく知る物とは一味も二味も違ったのである。

 オルグから学んだこの世界の知識の中で、最も役に立ったのは実は食糧事情ではなかろうかとさえ思っている。


「うぐぐぐぐぐ……!」


 そんなことを考えながら食器洗いを進めるアオイの背後で呻き声があがった。

 声の主たる赤毛の少年は、机に突っ伏しプシュウと知恵熱を出している。


「ほれほれ、しっかりせんかい小僧。この程度で潰れるようじゃあ、先が思いやられるぞ」

「あーっ! もうっ! パコパコ人の頭を気軽に叩いてんじゃねえぞ、このじじ――あぐっ!?」


 己の頭を呆れた様子で叩く老爺に怒鳴ろうとしたヴァンであったが、その動きは頭頂部に振り下ろされたチョップにより叩き潰された。下手人は音もなく近寄ったアオイである。


「下品な言葉遣いは禁止です」


 そう言い残して皿洗いに戻る黒髪の少女。残されたのは涙目で頭をさするヴァンと、少し顔を引き攣らせるオルグであった。


「(……じ、じいさん。あれなんとかなんねーのか? このままじゃオレの頭がいつか割れそうな気がするんだけど)」

「(無茶言わんでくれ。儂だってあんなもの食らいたくないわい)」


 顔を寄せ合いコソコソと話し合う男二人。この家のヒエラルキーは既に迷子の少女がトップに立っていた。


「けどさー、こんな文字の勉強とかホントに意味あんのかよ? オレは絵の勉強の方がしたいんだけどなー」

「馬鹿言うでない。知識は財産じゃ、生きていく上で役には立っても重しにはならん」


 愚痴を零すヴァンを諭すようにオルグが告げる。そう、二人が今行っているのは文字の勉強であった。

 ヴァンは絵の勉強と並行する形で他のことについても教え込まれていた。教師となるのはアオイに加えてオルグである。


(でも習熟速度は絵に比べると圧倒的に遅いんですよね)


 しかしその成果は決して芳しいものとは言えなかった。絵に関する知識や技術は異常とも言える速度で吸収するヴァンだったが、その他の分野の習熟は今一つ。むしろアオイの知る少年の同世代よりも遅く感じる。


(やっぱりこれは『才能』によるものと考えた方が良いでしょうね)


 この世界の住人が生まれつき保有する『才能』。その分野に関しては伸びやすく、それ以外は伸びにくい。ひょっとすれば限界に至るのも早いのかもしれないと推測する。

 自分の才能を伸ばせる環境に恵まれれば頭角を現すだろうが、そうでなければ『才能』に気づくことなく一生を終えることになるかもしれない。


(仮に『才能』を自覚できてもそれが当人の望むものとは限りませんし)


 努力したところで望んだ未来に辿り着ける可能性は低い。一方で有する『才能』に関しては確実に伸びることが保証されている世界。

 それを理不尽と思い不条理を感じるかは人それぞれだろうが、いずれにせよこれがこの世界のルールなのだろう。


(となるとますます迂闊に『強奪』を使うわけにはいきませんよね)


 この世界において『才能』とは言うなれば生きていくための手段であり、未来への可能性である。たとえ辛い環境に置かれていようとも『才能』を開花すれば抜け出すことが出来るかもしれない。誰かを不幸にしてしまった人間でも罪を償った後、別の誰かを幸福にできるかもしれない。

 それを己の下種な欲望を満たすために奪う人間がいれば、それ(まご)うことなき人の皮を被った(ケダモノ)だろう。

 少なくともアオイの中の良識はそう判断した。


(――ヴァン君に『強奪』を使ったのは失敗でした)


 いくら当人が不要と言っていた『才能』であり、実験の必要性を感じていたとはいえ軽率な行動だった。『付与』があったから良かったものの、下手をすれば取り返しのつかないことになるところだった。

 だけど一方で今こうして絵の勉強をしている彼はとても楽しそうだ。


(これからはもっとよく考えて行動しましょう)


 ――そうすればきっと道を踏み外さないでいられるから。


 祖父と孫のように騒ぐ二人の声に耳を傾けながらアオイはそう思うのだった。

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