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迷子②

 オルグ老人の世話になることにしたアオイだったが、共同生活を送るうちに一つ理解できたことがある。それはこの老人が所謂(いわゆる)専門バカの類であることだ。

 決して悪い人間ではないのだが、日常生活全般がだらしがない。物の片づけは適当で掃除洗濯も大雑把。それでいて自分の興味のあることに関しては何時間でも没頭できるタイプの人間だ。


「アオイは料理が美味いのう。最近は飯時が楽しみじゃわい」

「ちゃんとよく噛んで食べてくださいね」


 母から一通りの家事を仕込まれたアオイは、世話になりっぱなしも悪いからと家事を買って出たのだが、最近はすっかりハウスキーパーである。

 今日の朝食もアオイが作ったものだったのだが、正直言って最初は見たこともない異世界の食材を扱うのは戸惑った。違う世界の住人である自分が食べても大丈夫な物なのかどうかも分からなかったからだ。

 しかしアオイの身体を魔術で確認したオルグの「人体構造はこの世界の住人とほとんど差異はない」という後押しもあって、最終的には「どうせ食べないと飢え死にですし」と開き直った。

 この辺りの割り切り方が、怖いもの知らずと彼女の母に溜め息をつかせる要因である。


 ちなみに老人からの呼び名はアオイとなった。

 当初はキリサキアオイとフルネームで呼ばれていたのだが、互いの認識をすり合わせた結果、どうやら外国のように姓が後ろに来るのが一般的な世界らしい。

 よって老爺の場合は「オルグレッド」が名前であり、「フェルデザルク」が家名となる。間の名前はミドルネームのようなものだそうだ。


「その服もよく似合っとるぞい。若い女子(おなご)の服なんぞ用意した経験がなかったからどうなることと思ったんじゃが」

「……それはどうも」


 孫を見るような好々爺めいた眼差しでオルグが視線を向ける先。そこではオルグが用意した服に袖を通したアオイの姿があった。

 華奢で細身の姿態を包むのは黒いブラウスに黒いスカート。やたらとレースやフリルが多く、アオイの故郷ではゴスロリ服とでも認識されそうな装いだ。

 アオイの艶やかな黒髪と合わさり、とても似合ってはいるのだが、


(どうしてサイズがぴったりだったのでしょう?)


 この服を即座に用立てたことも併せて、この老爺を小一時間ばかり問い詰めたいアオイである。

 しかし今日の本題はそこではない。

 朝食を終えた後、本日やるべきこと――それはアオイの能力の検証である。


◆ ◆ ◆


 オルグとの共同生活を始めて数日のうちは、アオイはひたすらに教えられる側であった。

 社会常識や身分制度、通貨価値に国家情勢といったこの世界で生きていくための最低限の知識を召喚者であるオルグから学んでいたのだ。

 しかしそうしていくうちに無視できない事実が浮かび上がり、こうして今日はそれを検証してみる運びとなったのである。


「わ、儂の数十年の苦労っていったい……」


 検証を開始して数十分後。机に突っ伏し頭を抱える老爺の姿があった。

 そもそもの切っ掛けは「どうして普通に話が通じているのでしょうか?」というアオイの疑問からであった。

 同じ世界であっても異国であれば言葉は通じないのである。異世界であれば尚の事だ。考えてみればその疑問は至極当然のことであった。

 故にこそ様々な手段を用いて検証してみた結果、アオイには高度な翻訳能力が備わっていることが判明した。

 言葉を離せば相手には相手の良く知る言語で聞こえ、アオイの側も相手の言葉を日本語で聞き取ることが出来る。流石に動植物と言葉が通じることはないようだが、その能力は文字に関しても適応されるようだった。


「この古文書を読み解くのは凄く大変じゃったんじゃがなぁ……」


 項垂れる老爺の嘆きの原因。それは机の上に置かれたボロボロの古文書だ。あちこち擦り切れている上に虫食いもあり、書かれている文字は現代の言語とは異なる異質な言語らしい。

 「らしい」というのはアオイにはオルグから教わった現代言語と子文書の言語の区別などつかないからだ。何しろ文字を目で追えば意味が頭の中に湧きだしてくるのだから、区別をつける必要がないとも言える。

 つまるところアオイにとってこの古文書は、自分を異世界に呼び寄せる原因となった傍迷惑な物という認識でしかなかった。


「手に入れるのも苦労したんじゃがな~。翻訳にもメチャクチャ時間がかかったんじゃがな~」


 しかし老爺にとってはそうではない。伝手を辿って金を積み上げようやく手に入れた貴重な古代の魔術書。初めて手に振れた時は震えが止まらず、苦労に苦労を重ねて解読に成功した思い入れのある品なのだ。

 それを赤子の手を捻るように解読されてしまっては、賢者とも称された魔術士としてあまりにも立つ瀬がない。

 だがオルグは転んでもただでは起きぬ性質(たち)である。


「いや、アオイであれば古文書であっても解読し放題じゃったりするんじゃないかのう!」


 ポジティブシンキング。落ち込みもするが引き摺らずに立ち上がる。そうでなければ上手くいくかどうかも分からぬ召喚魔術などに金と時間を注ぎ込めはしまい。

 よってアオイはといえば、オルグの頼みもあって現在古文書を解読中である。

 この老翁、よりにもよって召喚魔術に必要な記述だけを読み取ると、残りの部分の解読を放棄して実行に踏み切ってしまったのである。いくらなんでも勇み足が過ぎるというものだ。

 それを聞いたアオイは呆れ返ったものだったが、ひょっとしたら帰還の手掛かりが得られるかもと引き受けることにしたのである。


「……『召喚されし異界の住人はこの世界の住人の持ち得ぬ特別な"力"を持つであろう』?」

「特別な"力"じゃと?」


 残念ながらアオイが期待していた手掛かりは古文書からは発見出来なかったが、代わりにオルグの興味を引く情報が発見された。

 当然ではあるが、当のアオイには全く心当たりのない話である。


「特別な"力"……この翻訳能力のことでしょうか?」

「むぅ、どうじゃろうのう。確かに便利な能力ではあるが、特別な"力"と呼べるほどのものとも思えんのじゃが」

「じゃあこちらでしょうか?」


 むんっと力こぶを作るように腕まくりする。可憐な容姿通りの華奢な細腕であったが、ここ数日の検証の結果この世界では見た目通りの力とは言えないことが判明していた。

 具体的には現在アオイは、この世界の筋肉質な成人男性と同等程度の腕力を持っている。


「うーむ、それはなんか嫌じゃのう。ほれ、なんぞ裡から沸き上がってくるパワーとか感じんのか?」


 しかしオルグは渋い顔。


「そんなことを言われましても……」


 そんなものがあればとっくの昔に気づいている。

 むしろ自分の方がそれを知りたいくらいだと――


◇ ◇ ◇


 名前:霧崎葵

 性別:女性

 年齢:15

 職業:異界の迷子

 人格:善

 行動:善

 才能:真眼1/1 自動翻訳1/1 強奪1/1 付与1/1

 備考:感情表現を頑張りましょう


◇ ◇ ◇


(『迷子』は職業なんでしょうか? それと最後のは余計なお世話です)

「なんじゃ? 何か思い当たることでもあったのかいのう?」


 自分の"力"とやらについて知りたいと思った瞬間スウッと頭に浮かんできた情報。思わず小首を傾げたアオイにオルグが好奇心もあらわに身を乗り出す。

 眼を爛々と輝かせ鼻息も荒い老翁――いくらなんでも興奮し過ぎである。


「何だか頭の中に私自身の情報が浮き上がってきました。……これが特別な"力"なんでしょうか?」

「お主自身の情報じゃと? ふーむ……どれ、この紙にその情報とやらを書いてみてくれんか」


 オルグの差し出した紙にアオイはサラサラと浮かんだ情報を書き出していく。当然文字に関してはオルグにも理解できるよう異界文字だ。


◇ ◇ ◇


 名前:霧崎葵

 性別:女性

 年齢:15

 職業:異界の迷子

 人格:善

 行動:善

 才能:真眼1/1 自動翻訳1/1

 備考:なし


◇ ◇ ◇


 最後の備考の情報は不要だ。

 

「ふむふむ、この情報の内容に関しては間違いはないんじゃな?」

「はい、名前・性別・年齢……いずれも間違いありません。ただ才能に関してはよく分からないんですが」

「ふうむ、『自動翻訳』をそのままの意味で解釈すると、儂はこの『真眼』とやらが怪しく感じるわい」


 確かにオルグの言う通り。『自動翻訳』が自分の高度な翻訳能力の原因だとすれば、この『真眼』というのがおそらく――


「『真眼:世界の理から外れた力。対象の簡易情報を読み取ることが出来る』……ですか」

「むむ!? いきなり何を言い出すんじゃ?」

「この『真眼』について知りたいと思ったら同じように頭に浮かんできました」

「ほっほう! それは面白いのう!」


 好奇心に輝く青い瞳。

 こうなってくるとやるべきことは一つしかあるまい。


「どれアオイ、儂の情報も読み取ってみてはくれんかのう!」

「はぁ、それでは……」


 ノリノリのオルグに少し引きつつ、アオイは老爺を見ながら先程のように「情報を知りたい」と念じてみる。すると――


◇ ◇ ◇


 名前:オルグレッド・レオニス・マルガ・ローデス・フェルデザルク

 性別:男性

 年齢:82

 職業:無職

 人格:善

 行動:中庸

 才能:魔術82/91 園芸39/62

 備考:生涯恋人なし歴現役更新中


◇ ◇ ◇


「……うぬぬぬぬ」


 アオイが読み取り書き出した自分に関する簡易情報。それを前にオルグは唸っていた。


「どこか間違いでもありましたか?」

「うむ、それなんじゃが……職業が無職というのはどういうことかのう? 儂はこう見えて凄腕の魔術師なんじゃが」

「それは私にもよくわかりませんが……実際に魔術師として働いているのでしょうか?」

「……いや、昔はともかく今は趣味の研究だけじゃ」


 なら無職で正しいのでは? という無言の訴えにスーッと視線を逸らす。


「そ、それとじゃ! 行動が『中庸』というのはどういうことじゃ? 儂は悪い事なんぞ何もしとらんぞ、こう見えて善人を自負しとるんじゃが」

「……つい先日、私を誘拐しませんでしたか?」


 無表情の整った容姿に冷えすぎた眼差し。

 むしろ悪意がなかったから『中庸』で済んでいるのでは?

 盛大に地雷を踏みぬいてしまったことを自覚したオルグは慌てて話題を変えた。


「そ、それよりも備考じゃよ、備考! なんじゃい『恋人なし歴現役更新中』というのは!? 儂はこう見えても若い頃は美しい女子(おなご)と浮き名を流したもんなんじゃぞ!」

「そんなこと私が知るわけないです」


 バッサリと断ち切る。

 ぐぬぅ……と呻きつつオルグは最も気になっていたことに話を移すことにした。


「ええい、まぁええわい。それよりも気になるのは……この『才能』という項目じゃのう。この数字はどういう意味じゃろうか?」


 オルグの疑問に「想像ですが――」と前置きしてアオイが答える。


「そうですね……この『魔術』という才能に関してですが、限界値が91で現在の到達値が82ということではないでしょうか?」

「ふむ、その解釈が正しいとすれば……儂の魔術の才はまだまだ伸びる余地が残っておるということじゃな!」


 長く魔術の研鑽に明け暮れ、すでに極みに到達したのではないかと思っていたオルグにとってそれは朗報であった。

 喜ばしい情報に年甲斐もなくはしゃぐオルグを横目にアオイは考える。

 家事の技術は才能扱いにならないのか、人それぞれ才能や限界値は違うのか、どうすれば到達値が上がるのか、オルグの数値がどの程度のレベルなのか――分からないことは多い。

 しかしそれはそれとして――


(『強奪』と『付与』に関しては隠しておいた方がいいですよね……)


 『強奪:世界の理から外れた力。対象から才能を奪い取る』

 『付与:世界の理から外れた力。対象に才能を与える』


 この二つの才能――迂闊に触れるには危険すぎる。

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