ふらり、漂う泡沫に
殿下 →リアム
お付の騎士→イザーク
主人公→エレノア
妹→アリス
…唯一、私の生きる支えとなっているお方がいます。彼はきっと幼い頃の約束など、忘れてしまっているでしょう。それでも、彼は私の光なのです。
水の中で息が出来なくても、見上げれば光が射し込んでいるんです。
まだ、大丈夫。と、自分に言い聞かせて今日も生きます。
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パチリと目が覚めて今日が始まります。
私はとあるお屋敷に勤めるしがないメイドの1人です。
機械のようになんの誤差も無く全てをこなします。
廊下で御主人様にすれ違う時は黙って壁際に寄って頭を下げます。
「またお前か。お前みたいな不細工に用はない。…アリスとは大違いだな。」
どうやら私は御主人様に嫌われているようです。
アリスとは私の腹違いの妹です。アリスはとても可愛らしいです。柔らかい金髪に水色のタレ目がちな目を持っています。女の子らしいです。
…ですが、メイドとしては駄目です。常にサボっています。自分を着飾ることに忙しそうです。他人に大きな迷惑が行っていないだけましなのですが、自分の仕事は自分でやらなくてはいけません。
以前に再三言ったのですがそれでも治らないので放置します。
メイド長も呆れて何も言いません。
変わりに私が妹の分もこなします。同僚や先輩、後輩のメイドに心配されますが大丈夫です。身内の不備は身内が方を付けます。
そんなある日のこと。
御主人様のお屋敷でパーティーが開かれる事になりました。招待したのは位の高い方々。
私が言うのもあれなのですが、よく御主人様の招待に応じましたね。…それか、この家も、もう終わりなのでしょうか?
と言っても、しがないメイドの1人に過ぎない私には何も出来ないのですが。
「ようこそお越し下さいました。こちらへどうぞ。」
定例文を言いながら次々に到着する方々を案内します。メイン会場の庭へ案内すると軽く頭を下げて、門の前まで引き返すを繰り返します。…アリスは今日ぐらい働いているのでしょうか?
この屋敷ではたらくのがきっと今日までなのに。
また一台馬車が到着しました。王家の紋章が入っています。王家を方を招いてはいるものの、誰が来るのかまでは知らされていません。…おそらく第三皇子あたりでしょう。不正を暴くのは彼と決まっているのです。
馬車の扉を開けて降り立ったのは…やはり、第三皇子でした。
「ようこそ、おいでくださいました。こちらになります。」
とても、視線が痛いのです。何か私に至らない所があったでしょうか?
メイドなどの身分の低い者は顔を上げてはいけません。確かめようが無いのでどうとも言えないのですが…もしかしたら被害妄想なのかもしれないです。そう思うことにします。
玄関ホールで待機をしていた執事長とメイド長にバトンタッチです。私の手に負える相手ではありません。深くお辞儀をしてその場を去ります。仕事はまだまだあるのです。
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エレノアから引き継いだ後、殿下の様子がおかしい。エレノアが何か粗相をしたのでしょうか?彼女に限って有り得ないと思うのだけど。では、何か計画に不備が出たのでしょうか。もしそうなら一大事です。
「……」
ひたすら無言でいらっしゃいます。
ちらりとお付の騎士に視線を投げたのですが、苦笑いで返されてしまいました。…思い切って聞いてみましょう。
「殿下、いかがされましたか?」
ムッと眉を寄せました。やはり、何か…
「先程のメイドの名は?」
予想の斜め上の返事が返ってきました。
「栗色の髪の子ですか?」
「ああ。」
「エレノアという名です。」
「そうか。エレノア、か。」
おやおや?これは?
「坊ちゃん、恋ですか?」
「違う!…坊ちゃんと言うな。まだ終わって無いんだぞ。」
「これは大変失礼致しましたわ。」
長年使えてきた坊ちゃんがついに恋をしたのです!いい事を知りました。
ですが…やはり、坊ちゃんも彼女に惹かれましたか。彼女への道はとても険しいですよ。
坊ちゃんの恋を成就させる為にも、今日で終わらせましょう。
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はい。エレノアです。給仕の真っ只中です。目の回る忙しさです。
「エル!これ持っていって、そろそろ無くなる頃だわ。」
「分かりました。」
メイドの皆からはエルという愛称で呼ばれています。
料理の補助などの裏方に回っていた筈ですが、手が足りないのか表側に回ることになりました。
料理を運ぶワゴンに乗せて急ぎ足で進みます。丁度残り5個となった大皿と交換し、途中で空いたワイングラスや小皿などを回収しながら戻ります。
無事、任務中完了しました。
料理を崩さないように運ぶのは、とても気を使います。
メイド長が私を呼んでいます。なんでしょう?
「裏庭の方から薔薇を採ってきてくださらない?デザートの見栄えを良くしたいらしくて…そこまで急がなくてもいいからお願いできますか?」
「分かりました。色と数はどうしますか?」
「赤い薔薇を10本お願いするわ。」
「承知しました。」
軽くお辞儀をして裏庭へ向かいます。鋏をエプロンのポケットに入れて温室へ入り薔薇を摘んでいきます。庭師のおじいさんには許可を得ました。
薔薇を抱えてまた厨房へ向かいます。薔薇の棘を取り除き、花弁を壊さないように一枚一枚剥がします。
数十分後。
全ての薔薇の花弁を剥がし終えたので後片付けをし、剥がした花弁を籠に入れて厨房へ向います。
一仕事終えた気分です。
料理長に感謝されました。何かお礼を、と言われたので余った料理が食べたいですと言ったら、笑われました。食い意地が張っているのは仕方がありません。美味しいのがいけないのです。
パーティーが終わったら貰うことを約束して、給仕を仕事に戻ろうと廊下を歩いていると前から人が来ました。
…?今日一日で招待した客の顔は覚えたはずなのですが。見覚えが無いです。彼は招かざる客です。
いつも通りに壁側に寄って頭を下げます。徐々に近づく足音。息を止めて通り過ぎるのを待ちます。ですが、嫌な予感とは当たるものです。彼は通り過ぎずに私の前で立ち止まりました。
「やっと見つけたよ。」
黙って頭を下げ続けていると顎を掴まれ上を向かされました。
彼と目が合います。ニタリと笑った彼はおそらく裏の人なのでしょう。
「君、恋人とかいる?答えて。」
「…いま、せん。」
「そう、よかった。…じゃあ、いいよね。」
「え、」
気づいたら口と鼻を布で覆われ、意識が遠のいていきました。
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メイン会場では、坊ちゃんが仮の御主人様から位を剥奪しました。
一件落着です。騎士が入ってきて、不正を働いた貴族を連行していきます。
そこに、メアリーが血相を変えて飛び込んできました。
「メイド長様!」
「どうしたのですメアリー。そんなに慌ててはしたないですよ。」
「それどころじゃありません!エルが、エレノアが、連れ去られました…!」
さすがメアリー。動転していても声はしっかり抑えています。近くにいたメイド達と殿下などには聞こえてしまったらしいですが。
「連れ去った者の顔は?」
「見ましたが、なんとなく裏の人間だと思われます。」
「!……。分かりました。メアリー、良くやりました。アリア、メアリーと一緒にいてあげてください。」
どうして今日なのか分かりません。ですが、腹を括らなければ。
「殿下、お話があるのでこちらに。」
彼に伝えなければならない。
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水の中。ゆらゆら揺れる水面を見上げる。とても、綺麗。水を通して周りの景色を眺めるのも好きです。
そろそろ息苦しいけど、まだここにいたい。
だって、ここならあの光が見える。確かに私に射しているのが分かるから。もう少し、もう少しだけ。
まだ息を止めていられるから。
叶わない幻想をここで見させてください。
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「聞こえていた。どういう事だ。」
「そのままですわ。ですが、彼女が連れ去られた理由が分かりません。最悪の場合もあります。」
苦い顔をした殿下。お付の騎士であるイザークは険しい顔をしている。
「殿下、聞いてください。エレノアはただのメイドではありません。彼女は隣の国の王家の血筋の者です。戸籍上、妹がいますがあれは偽造です。」
「その情報はどこから?」
「彼女を育てていた教会のシスターが、わざわざこちらにお越しになり、私に打ち明けてくださいました。」
「では、髪の色は銀だと?」
「その通りです。彼女は親の言いつけ、と言っても親代わりのシスターの言いつけですが、それを守って染めているのです。」
「身を隠していたのか。と、言う事はそれが露見して連れ去られた?」
「その可能性があります。が、彼女の素性を調べるのは簡単ではありません。…なので、単に彼女に惹かれたのかもしれません。彼女の血筋は…悪くいうと少し狂った人を惹き寄せますから。」
「…そう、か。…イザーク、助け出す手立ては?」
「手配済みです。」
「よし。俺も行く。」
イザーク様は仕事が早いですね。私はこの屋敷の後処理をする事にします。
エル、無事に帰ってきてください。
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ゆらゆら漂っていたら、グッと手を引かれた。水面へ向かって引っ張られる!
まって、まだここにいたいんです!お願い─────
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ここ、どこですか?気づいたら豪華なベッドの上でした。
右手が握られていて誰だろうと思ったら殿下でした。
私の手を握ったまま眠っています。
…あれ?私、拉致されませんでした?
助かったのでしょうか…?あ、殿下の目が覚めました。
「!目が覚めたのか。」
「あ、はい。えっと…助けて頂いてありがとうございます。あと、ここは何処でしょう?」
「俺の部屋だ。」
「?」
「俺の、部屋だ。」
「…えっ」
なんてこと!!
「す、すすみません!今すぐ降ります!出ていきます。ご迷惑おかけしました!!」
あわてて身を起こして降りようとすると、ベッドに押さえつけられました。
あ、あのう。
「悪いけど、俺、看病で疲れてるんだよね。責任とって。」
「え、っと。なにをすれば?」
「抱き枕になれ。」
「えっ」
まだ良いと言っていないのに抱き枕にされてそのまま殿下は寝てしまいました。まあ、私の看病をしてくれたのです。ベッドを提供してまで。抱き枕で許されるなら安いものでしょう。
にしても、殿下の顔は整っていますね。普段はクールですが、寝顔は少し可愛く見えます。
思わず頭を撫でて抱きしめます。そのまま私もいつの間に寝てしまいました。
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「くっそ、なんなんだ。」
エレノアが寝てからリアムは目を開けた。
腕の中の彼女は安らかな寝息をたてている。
「無防備すぎだろ。」
溜息をついて抱きしめる。もう逃がさないように。誰にも見せないように。
「やっと、掴まえた。」
やっとだ。今まで苦労して良かった。もう、離さない。離してあげられない。
あの日のあの時の彼女を、やっと。
彼女はあの時の約束など、覚えてないだろう。だが、俺は今日まであの約束の為に生きてきた。
「これからが楽しみだな。」
ニヤリと意地悪く笑ったリアムは、どうやってエレノアを落とそうか考え始めた。
もしかしたら、連載するかも?
感想お待ちしております。