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良い子の死霊魔術  作者: 手のりかいつぶり
月彦と死霊魔術
8/60

2-6 検証,死霊魔術①

死霊魔術説明回①です.

[検証,死霊魔術①]


ソシエ魔術研究所に入所し,セプト所長と熱く語ったあの日から,早3か月が経過した.この3か月間,僕はソーレとセプト所長の力を借りつつ,死霊魔術の検証実験を続けてきた.


―――――

手始めに行ったのが,死霊魔術の研究書を読むことである.

ソシエ国立図書館には,死霊魔術の概要と術をまとめた本は2冊しかなかった.どちらもハンテ=ハルトなる死霊術士が著した研究書で,100年近く前に書かれたものだった.これらの書物を通して,


・死霊魔術はあらゆる生物を甦生出来ること

・甦生したい対象に直接触れる必要性があること

・対象物に込める魔力は術の継続時間に比例すること

・甦生の際に呼び覚まされる魂は,その生物の本来の魂ではなく,魔力を使って疑似的に作られた紛い物であること


を学んだ.


これらの本に,死霊魔術によって死骸が甦生するプロセスが詳しく説明されていたのはもっけもんだった.

曰く,生物の甦生の第一ステップは,遺骸が必要量の魔力に満たされるよう魔力制御を行うことである.遺骸にも魔力は含まれているものの,それだけでは生命を維持するのは足りない.そこで,遺骸を甦生するために,死霊魔術士が外界から魔力を遺骸に注ぎ込む必要がある.

術者の魔術制御によって遺骸に十分な魔力が満ちたら,第二ステップ.遺骸に残された生命の残滓と術者の想像力によって,遺骸が生前の姿を取り戻すよう,魔力制御を行う.さすれば,晴れて魔力で出来た偽りの魂が作り出され,遺骸が甦生物として甦る.


へー,こんなメカニズムになっていたんだね.

ネズミを甦生させたとき,骨に触れて,動いているネズミの姿を想像すれば,たちどころに術がうまくかかっていたので,あまり深く考えたことなかったやー.

でも,本読んだだけだと,素材の違いによる必要魔力量の違いや魔力量毎の術の継続時間,甦生した生き物の性質などなど,分かんないことがいっぱい出てきた.

そこで,まず,こういう素朴な疑問を解決するべく,僕は死霊魔術の検証実験をすることにした.

これが,所長と語り合った次の日に分かったこと.



その翌日から,僕はまず,植物を対象とした実験をやってみることにした.植物なら簡単に手に入るし,失敗しても危ないものが出来ちゃうこともなさそうだったからね.

でも,研究所の周りで摘んできた植物を,研究室でこそこそ干してると,何とも切ない気持ちになってきた.

「あー,こういう時,あのネズミのモフモフの毛を撫でるとすごく落ち着きそうなんだけどなぁー」

でも,ソーレとフロラさんにハズカシイ寝起きを見られた過去を鑑みるに,再びあのネズミを甦生するのも少し憚られる.

「…よし,研究を本格的に始める前に新たな愛玩甦生物を作ることにしよう!」

僕は,骨格標本を管理しているという解剖室の場所を教えてもらい,意気揚々と赴いた.そこは,魔術研究所の隣にある軍病院の付属研究所の中にあった.

(因みに,魔術研究所の反対側の隣にあるのがソシエ国立図書館,その向こうに役所があって,みんな歩いていける距離で便利です.僕らが住んでいる寮は,軍病院の裏手にある.研究所からは歩いて20分ぐらい.)

解剖室で助手の人に事情を説明すると,

「死霊魔術士のリューナさまですね.魔術研究所所長のセプトさまから事情を伺っております.どうぞいつでも好きなだけ骨格標本を使っていただいて構いませんので!」

と笑顔で言ってくれる.これは助かった.

助手の人にお礼を言い,早速我が愛玩甦生物候補を選抜した.早速,私欲のために職権乱用をしている自分に罪悪感が湧いてきたが,これは今後の研究に誠心誠意取り組むことが出来るようになるための大いなる一歩なのだ,と自分に言い聞かせた.

さて,触り心地や愛らしさという点においては,ウサギやモルモットや猫のような動物が理想的である.しかし,寂しい時にアラサー男子が抱きしめていて絵面的にしっくりくるかと言うとちょっと怪しい.というより,こういうモフモフとした動物を選んでしまえば,あの大惨事の二の舞になりかねない.うーむ.

そこで僕はひらめいた.そうだ,爬虫類にしよう.蛇や蜥蜴ならヴィジュアル的に全く問題あるまい.そこで,僕は,ぱっと目についた大きなトカゲらしき生物の骨格標本を借りていくことにした.



急いで研究室に戻ってきた僕は,昨日読んだ死霊魔術のメカニズムをちょっとだけ意識しながら,早速蜥蜴らしき生き物を甦生してみた.すると,

「わーお,可愛いではないか!」

翡翠色の鱗を持った150センチ強のイグアナが,我が研究室に出現したのである.

撫で心地も良し.

これは,当たりだった.僕は,すっかり嬉しくなって,イグアナに名前まで付けた.

「よし,ジェード,お昼ご飯を食べたら,早速植物甦生の検証実験を始めようと思う.」

まぁ,ジェードは生物じゃなくて甦生物だから,何も食べないし,もともとイグアナだから,鳴き声を発するわけでもないんだけど.でも,気は心だ.ぶつぶつしゃべりながら作業をしていても独り言にならない状況に,僕はとても安堵感を抱いた.



そうこうしている内に,ソーレがやってきた.

「おーい,リューナ,お昼食べに行こうぜー」

そして,僕の姿を見てフリーズした.

「わー,僕もソーレのこと,誘いに行こうかなぁと思ってたとこだったよ.今日は,どこに連れていってくれるの?」

「…」

「どうしたの,ソーレ?」

「…リューナ,その生き物はどうしたんだ?」

「ああ,ジェードのことね.解剖室から標本を借りて甦生してみた.へへ,新しい愛玩甦生物だよ,カワイイでしょー」

と,肩に乗せたジェードを下ろして,ソーレに触らせてあげようとしたんだけど,ソーレは1歩後ずさった.

「えー,ソーレ,爬虫類ダメなの?鱗の触り心地,最高なんだよ,ビロードみたいにスベスベなんだから.色もステキでしょ,まるでエメラルドみたいで.え?噛みつかないかって?ソーレは臆病者だなぁ.だって,ジェードは僕が死霊魔術で蘇生させてるんだから,すごく大人しいし,物も食べることもないし,況や噛みつくなんて野蛮なことはしないよー.ジェードってなにか?決まってるじゃない,この子の名前だよ.なんだー,ソーレもジェードの良さが分からないのかー,こんなに愛らしいのにー.」

結局,ソーレとジェードの愛らしさを共有することは叶わなかった,というか,彼は初めて生きたイグアナを目の当たりにして,だいぶ動揺しているようだ.ふーん,そうか.ソーレの話から推察するに,ソシエの気候は日本で言うところの北海道南部と似たような感じらしい.それじゃ,野生の大きな蜥蜴なんかいないよね.僕だって,動物園と観光旅行に行ったオーストラリアでしか,こんなでっかい蜥蜴は見たことないものね.じゃあ,ソーレがジェードを見慣れてくれれば歩み寄りの余地があるかもしれないぞ,と考えたら,ちょっと嬉しい気持ちになった.



ソーレが僕(+ジェード)を連れていってくれたのは,軍病院の食堂だった.安くて量も多くて,美味しかった.お腹が満たされて幸せな気持ちでいると,ソーレが話しかけてきた.

「魔術研究所はどう?」

「なかなか楽しくやってるよ.昨日は先行研究を確認したから,今日からは実験をいろいろしてみようと思って.

まずは,植物を題材に死霊魔術の実験を使用と考えてるんだ.だから,今はそこらに生えてる植物をいろいろとってきて,せっせと乾燥させて,どれぐらいまで乾燥させたら死霊魔術が上手くかかるようになるのか試してみようと思ってたとこ.出来るだけいろんな植物の部位を集めて確かめたいんだ.もし良かったら,干した野菜とか果物とかドライフラワーとか売ってるお店教えてもらえると嬉しいな.」

「ドライフラワーなら,うちの妹どもが作って俺に押し付けてきたやつ,分けてやるよ.あー,遠慮しないで.ホントにいっぱいあって,実はちょっと困ってたんだ.まぁ,俺にプレゼントしてくれること自体は嬉しいんだけど….それから,干した野菜については,マルスに相談すると良いよ.アイツの姉さん,穀物や野菜の品種改良やってて,出来た野菜は悪くならないよう乾燥させてて,その一部をマルスに送ってくるようで,マルスいっつも愚痴こぼしてるから.言えば喜んで分けてくれると思う.」

「それは心強いな.そっか,ソーレもマルスさんも姉妹がいるんだね.僕は一人っ子だからそういうのに少し憧れるな.」

「うーん,そういうものかねぇ.姉妹にすっかりオモチャにされている俺から見れば,ひとりっ子の方が良いような気がするけど.これが,ないものねだりというものなのかなぁ.ひとまず,乾燥野菜の件についても,この後マルスに会う用事があるから,ついでに伝えとくよ.」

「何から何までどうもありがとう.」



役所に行くというソーレと分かれて戻ってきた僕は,早速,午前中に採取しておいた植物と,セプトさんから分けてもらった茶葉を使って実験を行った.結果,しなびてるぐらいの状態だと死霊魔術がかからないことと,カラカラに乾燥していてもお茶レベルに粉々でもうまくいかないことが分かった.うーん,結構デリケートなものらしい.



次の日も,押し花づくりにいそしんだ.29年生きてきてこんなに大量の押し花を作製したのは初めてかもしれない.ずーっと草をいじっていたから指先が緑になってしまった.

気づいたらお昼になっていたのでソーレを誘いに行ったら,研究室にいなかった.どうやらお出かけしているようだ.それなら仕方がない.

僕はジェードを連れて,研究所の外に出た.すると,パンが焼ける香ばしい香りがする.よし,今日はこのパンを食べようと匂いを辿っていくと,大通りを挟んで役所の向かい側にパン屋があるのを無事発見することができた.サンドイッチを(セプトさんから借りたお金で)購入し,図書館の裏にある公園のベンチに座って食べることにする.

「香りに誘われて購入を決意して正解だったな.すっごく美味しい.」

周りを見渡しながら,サンドイッチを堪能していたら,木立の中に古い切り株を見つけた.

「これはよい研究材料を発見したようだ.」

急いで残りのサンドイッチを平らげ,切り株の傍に行ってみた.そして,切り株に手を置いて,少しだけ魔力を流し込み,死霊魔術を行使してみた.

…結果,

「うわー,こんな大きい樹とは思わなかった,うー」

10メートルを超えるような,ドングリがなりそうな大木を出現させてしまった.

流石に,気づいた役所の人に怒られ,「こういう大掛かりな魔術を使うときは,役所に申請を出してくださいね」と釘を刺された.

しょうがないので,今日のところは「実験中」なる立て看板を立てて,術が解けるまで現場で待機しているという条件で解放してもらった.

今まで小さいもの(最大がジェードの150センチ強)にしか術をかけたことがなかったから,すっかり油断してしまっていた.これから更なる検証実験を予定しているのだから,気を付けなければ.

幸いなことに,込めた魔力が少なかったこともあって,約5時間後に樹は忽然と姿を消した.公園で徹夜をする羽目にならなくて,ホッとしてしまった.

切り株をしげしげと観察すると,術をかける前の状態に完全に戻ってしまったようだ.術をかけても対象物の本質が変化しないというのは,なかなか部便利なものだなーと思う.

一応役所と所長に報告して,この日はもう部屋に帰った.



次の日の午前中は,ソーレに日本でいうところの乾物屋さんのようなお店に連れていってもらって,ドライフルーツや木の実,乾燥キノコのような素材を購入した.僕はまだこちらのお金を所持していないので,ソーレが立て替えてくれた.

2人でつまみ食いをしながら研究所に戻ってくると,僕の部屋の前にミカン箱サイズの木箱が5つ置かれていた.

「ああ,マルスに頼んどいた乾燥野菜が届いたんだな.」

「わー,こんなにいっぱい,ありがたいなぁ.」

ソーレが惰性で箱を部屋に入れるのを手伝ってくれて,その後も,僕の向かい側の椅子に座ってダラダラしている.コラ,ジェードをつんつんしないで.

「それにしても死霊魔術って面白いよな.死霊魔術って聞くと,動物の死骸を甦生させるような術を想像しちまうんだけど,乾燥野菜もこんなに新鮮に甦生しちゃうとは.なんか,すごく美味しそうに見えるし.」

「ソーレがくれたドライフラワーも,花の盛りを取り戻しちゃったもんね.ほら,まだそこの花瓶で綺麗にさいてる.」

「あ,あれがそうなんだ.」

「そう.そして,食べ物を甦生させると妙に美味しそうな仕上がりになるの.見てよ,この苺.こんなのお店で買ったら,すっごく高いと思う.」

「確かに.….なあ,リューナ.コレ,食ってみてもいいかな.」

「まぁ,確かに凄く美味しそうだし,甦生した作物の人体への影響も興味があるテーマなんだよね.ダメでも僕らがお腹壊すかするぐらいだよきっと.」

「そう,俺らが倒れても,みんなが骨を拾ってくれる筈だ.というわけで,俺はこの葡萄を食べることにする.」

「じゃあ,僕は苺食べようかな.いただきまーす.」

結果,とても新鮮で美味しいだけだった.その後,お腹を壊すこともなかった.甦生した作物の人体への影響は,現在も引き続き検証中のテーマである.毎日,甦生したフルーツやナッツをちびちび食べ続けているけど,今のところは人体に,というか僕には影響がないようだ.

約1週間を費やした,乾燥野菜甦生実験を通して,干した野菜も果物も木の実もキノコもみんな,術をかけるとうまく甦生すること,また,一定時間経つと(僕があまり意識しないで術をかけると大体1昼夜ぐらい),元の干からびた食べ物に戻ってしまうことが分かった.



そんなこんなで植物を使った実験からは,

・植物に術をかけるには,押し花レベルに乾かす必要があること

・茶葉やポプリのようなあまりにも粉々な状態になると術がかからないこと

・乾燥した植物の部位は,術をかけても変質しないこと

・花でも,根でも,実でも,幹でも乾燥すれば術がかかること

・キノコのような菌類も乾燥させれば術がかかること

・植物に死霊魔術をかけると,とても生き生きとした状態で甦ること

が明らかになった.



植物を使った実験は,(大木を甦生させて怒られた以外は)ほぼ,恙なく,順調に終わった.とても有意義な2週間であった.

この後僕は,解剖室に入り浸って,動物を使った実験を行うことにした.



実は,動物を題材にする前に,まず無脊椎動物相手に死霊魔術を試してみようかなと思ったの.でも,昆虫やミミズ,蜘蛛やムカデ相手の実験は3日で根をあげた.というのは,死霊魔術をかけるためには対象物(死骸)に直接触れなければならないわけで,それは虫嫌いの僕にとって拷問のようなものだったからである.加えて,気持ち悪さを我慢して術をかけるのに成功すると,こんどはアグレッシブに動くんだもんな,これが.なんて言ったって死霊魔術は死骸を甦生させるために使うためのものなのだから,当たり前といえば当たり前なんだけど,ムカデが突然暴れだしたり,蝉が突然翅をばたばたさせ始めたり,トンボが指に噛みついてきたり,乾燥ミミズが突然ぬめぬめのフレッシュな状態になったり…,そういうキモチワルイ状況が起こるたびに絶叫してしまい,そのたびに,心配したソーレやらセプトさんやらが研究室に駆けつけてくれる状況を招いてしまったので,無脊椎動物実験は(字義どおりの意味で)泣く泣く凍結させていただいた.

蝶や蟻といった比較的抵抗感が少なかった昆虫を使った実験では,虫ピンで留められて飾られているああいう標本にも,蟻がご飯にするような死んだ昆虫にも術はうまくかかることが分かった.

でも,これ以上の実験の続行は,僕には無理である.というわけで,未来の死霊術士の方に期待したい.



ソーレとコニーさん(マルスのお姉さま)とジェードの助けにより,月彦は順調に死霊魔術の検証を進めることが出来た!が,話が長くなったので,死霊魔術検証実験回は次回も続くことに相成り申した.次回,実証実験動物篇!第7話に続く.

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