外伝1:召喚士ソーレ=ヒュントの煩悩②+ソーレに関するインタビュー
引き続き忠犬ソーレが語ります.後半のインタビューはおまけ.ソーレ君はソシエのみんなに愛されているんです.
[外伝1:召喚士ソーレ=ヒュントの煩悩②]
「そうかそうか,ソーレ.報告ご苦労さん.お前の今の最優先すべき仕事は『カワイイ治療術士ちゃん』のお世話係なんだから,他の仕事は置いといていいから,ちゃんと看病してあげるんだぞ.フロラさん任せにしちゃダメだからな.」
と,マルス.そして,俺は追い出されるようにマルスの執務室を追い出され,引き寄せられるように彼女の部屋に戻った.
部屋に入ると,やっぱりフロラさんがいて,かいがいしく彼女の看病をしていた.
「ヒュントさま,お帰りなさいまし.少しでもお休みになれましたか.大分,熱も下がってまいりまして,呼吸も楽になったご様子.もし,よろしければ,暫く看病を代わっていただいても?身支度を整えて,他の仕事を済ませて参ります.もしかしたら夕方に目を覚まされるかもしれませんから,お夕食の手配もしてまいりますね.よろしいでしょうか?」
もちろん,大歓迎である.俺は元気よく返事をし,笑顔でフロラさんを見送った.
そして,汗を拭いたり,氷枕を取り換えたり,額の布を濡らし直したりする以外は,ほぼずーっと彼女の顔を眺めていた.ものすごく幸せな気分だった.今となっては,なんであんなに興奮していたのか,自分でも本当に良く分からないのだが….
15時ぐらいに一度,フロラさんが様子を見に戻ってきた.彼女が穏やかに休んでいるのと,俺がおとなしく看病しているのを見て安心したようだ.ふん,俺だって病人の看病ぐらい出来るんだから.何たって,お転婆な妹が2人いるからな(因みに姉も1人いる).子供のころは彼女たちにさんざん翻弄されたからな,とちょっとムッとしていると,フロラさんは,どうやら俺に聞きたいことがあって戻ってきたことが分かった.
フロラさんは言った.
「お客様にどのような寝巻を準備したら良いと思われますか.本来はは,こちらに到着されてから,直接お好みを聞いて衣服を手配する予定になっていたのです.女性の方が召喚される予定でしたから.ですから,少なくとも今晩のお寝間着を至急準備する必要がございますの.」
俺はとっさにあまり健全でない想像をしてしまい,硬直した.そのまましばしフリーズしていたが,フロラさんの視線が痛かったので,おずおずと発言した.
「色ハ水色デ,素材ハ肌触リノ良イ綿デ,裾ニフリルガツイタヨウナモノガ良イト思ハレマス.」
「左様でございますか.では,早速準備いたしますね.それでは,18時には戻ってくることが出来るかと存じます.こちらのお部屋にヒュントさまのお食事もお持ちいたしましょうか?」
「ハイ,オ気遣イ痛ミ入リマス.ソノヨウニヨロシクオ願イ申シ上ゲマス.」
「承知いたしました.それでは,行ってまいりますね.」
嗚呼,思い返せば,普段は鉄の無表情であるフロラさんが,この時,微笑んでいたのである.完全に俺は遊ばれていたのだろう.俺はフロラさんが戻っているまでの3時間を,悶々と過ごす羽目になった.
フロラさんは18時に戻ってくると,準備した寝巻を見せてくれた.俺のリクエスト通りの,シンプルな水色のネグリジェで,色は氷のように涼やかな水色.ボタンの無い頭からストンと被って着るようなタイプで,首元にシルクの紺色のリボンがついていた.俺は,とっさに,この寝巻が着用されている様を妄想してしまい,激しく赤面した.気づかないふりをしてくれたのは,フロラさんの大いなる仏心だと思った.
彼女は何事もなかったかのように服をしまい,俺の夕食を準備してくれた.夕食を食べ,いつものようにさっぱりとしたレモングラスのお茶を飲むと,俺は早々に,というか逃げ出すように自分の部屋に帰った.
嗚呼,今夜は全く眠れそうにない.煩悩は犬のように人にまとわりついてくるのだという.では,人に劣る犬の煩悩は,人の煩悩よりも更にアグレッシブにまとわりついてくるものなのだろうか.煩悩に溢れたビジョンと煩悩のあり方や本質について思い悩んでいる間に夜は更け,予想通りにまんじりともせず一夜を明かしてしまった.
翌朝は,約束通り,フロラさんと彼女を訪問した.彼女はやっと目覚め,朝食を共にすることが出来た.
そして,その後,俺が召喚をしくじったことが発覚し,そして最大の爆弾,
「あのー,ヒュントさん?あのー,僕ね,男なんだけど…?」
が投下されたのだった.
俺の片思いは儚くも砕け散った.
まぁ,話してみたら,リューナはとても優しくて漢気に溢れた好人物であることが分かったので,恋情ではなく尊敬の念を改めて抱くようになった.結果的には,これで良かったんじゃないかなーと今はちょっと思ってる.
もし,リューナが本当に女の子で,しかも俺以外の人と結婚しちゃったりしたら,俺一生立ち上がれなかったかもしれない.でも,もしリューナが誰か女の人と恋愛して結婚しても,彼はずっと俺のこと,弟のようにかわいがってくれると確信できるから.うん.恥ずかしいから面と向かってリューナには言えないけど.
――――――――――
[おまけ:特別インタビュー「あの2日間のソーレ君を見ていてどう思いましたか?」]
①フロラさん
わたくしは,一目見た時から,リューナさまが男性であることに気づいておりました.むしろ,なんでヒュントさまが気づかないのかしら,と疑問に思った程でございます.しかし,ヒュントさまの夢を壊すのもなんだか可哀想に感じまして,ご自分で気づかれるまで指摘しなかったのでございます.
何ですか,ああ,お寝間着のリクエストの件ですね.(フロラさん微笑む)まぁ,人聞きの悪い.わたくし,ヒュントさまをからかおうなんてそんな,そんなこと,ちっとも,いえ,少しだけ,ほんの少しだけしか思っていませんでしたわ,ええ.それに,あれは確かにリューナさまによく似合っておいででしたしね.(にっこり)
②エスタさん
そりゃー,あたしも一応医者だからさ,すぐ分かったよ,こりゃまたすごく小柄で童顔だけど,れっきとした成人男性だし,もう30歳近いんじゃないかって.もちろん,フロラだって分かっていたに違いないよ.でも,まあ,午前3時とかっていうとんでもない時間に突然召喚されて,ちょっとむしゃくしゃしてたしさ,ソーレの反応も面白かったしさ,部屋締め出したりとかしてついからかっちゃった.えー,そりゃーないよ.もちろんフロラも同罪だよ.リューナが男性だと気づいたときのソーレの顔,見てみたかったねー,ははは.でも,リューナもリューナだよね.フロラがふざけて買ってきたヒラヒラの寝巻着て,ネズミ抱えて寝てたんだろー.ホント,あたしもそれ見たかったわー.(大爆笑)
③2人の元首(マルスとテーツ=ボイオ)+トラン様
マ:実はさー,俺ら,ソーレが報告する前から,リューナが男だって知ってたんだよね.
ボ:フロラとエスタ=カリスがそれぞれ報告していったからな.
ト:報告というよりは,面白半分の告げ口のようなもんであったがな.
マ:それで,ソーレに召喚されちゃった可哀想な男の処遇をどうするか話しあってたんだよな.結局さ,ソシエに召喚士がいるっていう国家秘密について知られちゃったから,そいつを元の場所に返してあげられないじゃない.だから,説得して,ソシエ政府の仕事してもらえばいいんじゃないーって話にまとまったの.
ト:おぬし,「その男が無能だったり困ったやつだったりしたら,ソーレに押し付けちゃおうぜー」とか言っていたではないか.
ボ:だが,煩悩にまみれたソーレが「好みのタイプの女性」を召喚することを企てたとしたら,そんな酷い性格の人物は召喚されないのではないかという話になったのだ.
マ:そうそう.それからしばらく,ソーレの好みのタイプの女性について議論したんだよな.
ト:そして結局,優しくて,人当たりが良くて,穏やかで,知的で,寛大な姉のような女性ではないかという結論に達したのだな.
ボ:リューナ殿を見るに,当たらずも遠からずといったところだったな.
マ:だから,実際のところ,そこまで心配してなかったんだ.しかも,いざリューナにあってみたら,割と良いヤツだしさ,しかもものすごく珍しい死霊魔術士だしさ,ソシエのために働いてくれるっていうしさ,ほっとしたよ.
ボ:マルスは素直でないから言わないが,実は,リューナ殿が誤召喚され たことに,こいつなりに責任を感じていたのだ.
マ:わ,ボイオ,おい,なんでその話するんだよ.(動揺)
ト:「治療術士の数が足りないからさー,ソーレ,ちょっと召喚してみてよー」(声マネ)と気軽にやったことが,リューナ殿の異世界からの召喚というとんでもない事態を招いたことを,まぁ,此奴なりに,気に病んでいたのだよ.だから,リューナ殿が思ったより元気なさまを見て一番安心しているのは,実は此奴なのだよ.
マ:…(赤面して俯く)
ボ:悪いのはマルスだけでない.我々も止めなかったのだから.しかし,我々も今回の事態は少し堪えた.故に,治療術士召喚計画は破棄し,地道にヘッドハンティングを続けることにした.
ト:それに,今年もソシエに黒髪の女児が産まれたという.彼女たちが治療術の才能を持っていれば良いの.そして,彼女たちが,いざ国で働きたいと考えてくれた時に,働きやすい環境を整えて待っているのが,我らの仕事というわけじゃな.(爽やかな笑み)
マ:…ああ.(俯いたまま)
④セプト
ええ,私もフロラさんやエスタさんから聞いて,あらかじめ知ってました.はい,あー,なぜソーレをからかったりしなかったかですか?ああ,それは,本当に好きなら別に男でも女でもそんなに関係がないのではないかと思っているだけです.いえ,別に大それた政治的信条があったりするわけではないのです.なんというか,私にとって人を好きになるには性別はあまり大きな関心事でないというだけのことなのですが.そうですか,分かりにくいですか.(困惑顔)
しかし,それ以上の理由は無いんですね.リューナさんとソーレ,とても仲睦まじくて微笑ましいじゃないですか.ソーレの思いが,恋情でも思慕の情でも劣情でも友情でも愛情でも,どんな感情であったとしても,それをリューナさんが心から受け入れていればそれでいいのではないでしょうか.はぁ,本当に私は貴族なんですよ.ええ,よく聞かれます,お堅い貴族のはずなのに,何でそんなに革新的な恋愛観なのかと.私自身,特に自覚は無いんですけどねー.不思議ですね.(満面の笑み)
――――――――――
こうして,マルスの出来心から兆し,ソーレの煩悩によって大いに脱線し,早々に放棄された治療術士召喚計画であったが,この後,とんでもない方法で大物治療術士がソシエに降臨することになるのである.
うわーん,みんなヒドイ!俺のことそんな風に思ってたなんて….もう,リューナと,ぎりぎりセプトさんしか,俺信じられない.次回,本編第6話,死霊魔術士リューナの大活躍に乞う,ご期待!