1-4 衝撃の事実が発覚
ちょっとだけ,この世界の魔術説明回.
[衝撃の事実が発覚]
朝,ソーレと共に,フロラさんが給仕してくれた朝食を食べた後(今朝のスクランブルエッグは絶品だった),早速,僕の魔術属性を確かめるになった.
僕が使っている部屋で確認するのは難しいとのことで,この世界に来てから初めて外出することになった.廊下を歩きながら,この建物が軍の独身寮であることをソーレが教えてくれた.彼曰く,ソシエの政府はソシエ独立戦争時に結成されたソシエ独立軍が元になっている,というか,ほぼそのまま軍の組織が政府に変化したようなものなんだそうである.ソシエがレギアから独立する時,レギア各地から様々な能力を持つ有志が結集した.そのため,独立軍には職業軍人のみならず,政治,財政,技術,魔術,教育,農業,医療などの様々な分野のエキスパートが揃うことになった.そして,いざ独立した後は,それらのエキスパートたちが先頭に立って国づくりを行っているとのこと.
そのため,以前は軍の独身寮として使われていた建物が,そのまま公務員宿舎として使われるようになったのだそうだ.僕の部屋は5階建ての寮の3階部分にあることが分かった.因みにソーレも同じ寮の5階で暮らしているとのこと.
寮を出て我々が向かったのは,大きな体育館のような建物だった.もともとはレギア軍の演習場だったが,現在は魔術研究所の付属施設として使われているとのこと.ちょっと古いがすこぶる頑丈にできているため,周囲に被害を及ぼす可能性がある危険な魔術を試す際に重宝しているのだそうだ.がらんとした板間にポツンと男2人.いざ,魔術属性検査の始まりである.
ただ,魔術属性検査と言っても,水晶を握ると色が変わるーとか,石板を掴むと文字が浮き出るーとかそういう便利な道具は一切ナシ.どの属性にあたるのか,地道に確かめていくしか方法がないそうだ.そこで,比較的持っている人が多い自然界に影響を及ぼす系の属性からチェックしていくことになった.
とは言え,つい先一昨日までバリバリの日本人だった月彦が魔術を使ったことがあるわけもなく.彼はすっかり途方に暮れてしまった.
「ねぇ,ソーレ,そういえば僕,どうやって魔術を発動したらよいのか知らないんだった.」
と月彦が言えば,
「あ,そういや,魔術の基礎について説明するの,すっかり忘れてました.」
とソーレ.
というわけで,まず,魔術の基礎と発動方法について,ソーレが簡単に説明してくれることになった.
「魔術というのは,世界中に遍在している魔力というエネルギーを引き出して使う技術のことっす.魔力はあらゆる物質に含まれてます.大気中はもちろん,水中,地中,生物の肉体,死体,無機物,全ての物質が魔力を有してます.んで,この世界にある魔力の総量は増減しないと言われてます.
次に,魔力の属性とは,得意な魔力の使い方や魔術を行使する対象のことっすね.たとえば,火術士ならあらゆる魔力を火に変換する才能と,火が持つ魔力に干渉する才能を有した人で,治療術士なら他者の肉体が持つ魔力に干渉する才能を持つ人たちですね.俺の召喚術は,魔力を使って時空に干渉する技術と言えるかな.召喚術で召喚された人は,どこから召喚された人でも言葉が通じるので,他者の肉体に干渉することも,召喚術の一部だと言えるかもしれないっすね.
それから,魔術の才能の大きさっていうのも人それぞれっす.要は,魔力を引き出したり,魔力に干渉したりするのが上手いか下手か,という話っすね.これは,生まれ持った素質というのももちろんあるんすが,訓練を積むと上達していくもんです.
概要はこんな感じかな.
ただ,いろんな属性はあるけど,魔力の使い方にはかなり汎用性があるもんです.例えは,火術士も水術士も水を沸騰させることが出来る.魔力を貯めといて,物を温めたり,冷やしたり,水を出したり,大気を乾燥させたり,というようなことに使えないかーという研究も進められてます.
次に,発動方法っすかね.これは特に呪文やら手順やらはいらないっす.魔術を行使したい対象を前にして,魔術の結果をイメージすれば発動するハズっす.逆に言えば,イメージ任せなんで,俺のようなハズカシイ失敗もしばしば起こるわけですね.後天的に身に着けた属性であれば,道具の補助やら呪文の詠唱やらがないとうまくいかないケースもあるんですけど,先天的な属性は,なんというか感性で使えるというか,なんというか….うーん,こんな感じですね,リューナ.何か質問あります?」
「魔力と魔術についての大体のところは理解できた気がします.が,結局のところやってみないと良く分からないみたい.というわけで,早速実践してみて良いかな?」
「では,そうしましょうか.」
というわけで,僕はソーレの指導のもと,様々なアプローチから魔力制御を試みた.
・蝋燭に火を灯すイメージを思い浮かべる→いつまでたっても火はつかない
・コップを前に水が流れるイメージを思い浮かべる→いつまでたってもコップはカラカラ
・植木鉢に入れた土を動かすイメージを思い浮かべる→いつまでたってもピクリともせず
・風が吹くよう念ずる→いつまでたっても無風
・光や影が生じるようイメージ→演習場の明るさは1ルクスも変わらず
…
「うーん,どうやら自然界に影響を及ぼす系でないみたいですねぇ…」
この後も,植物を前に成長するよう念じたり,厩舎にいた軍馬を前に言うことを聞くよう念じたり,財務担当から借りてきた金・銀・銅,兵舎から失敬してきた鉄やアルミなどに向かって変化するよう念じたり,自分自身の肉体に向かってマッチョになるよう念じたり,ありとあらゆることを試した.ソーレの指導のもと,理想の女性を召喚するのも試したし,男性だけど治療術すら試みた.
だが,何も起こらなかった.
「どうしよう,ソーレ.もしかして僕には魔術の才能が皆無なのかも.」
「いえ,リューナ.まだ,試していないものがありますよ!さあ,解剖室から借りてきたこの気色悪いネズミの骨に向かって復活するようイメージしてみて下さい!死霊魔術士は極めて珍しいですけど,そういう人もいないわけではないですから,さあ!」
月彦は,ソーレが元気よく突き出してきたネズミの骨標本(やけに大きくて全長30センチはある)の尻尾部分をおずおずと掴み,目を閉じてネズミが生きて動いている様をイメージしようとした.うーん,ネズミのイメージか….月彦は,昔飼っていたハムスターが動き回る様やら,動物園で見たカヤネズミが走りまわる姿やら,ゴミ捨て場で見たゴミをあさるドブネズミの姿やら….
すると,骨がじわじわ暖かくなってきた.怪訝に思い目を開けると,骨が閃光を放った.とっさに目をつぶる.
「あ,痛い!」
かくして,ネズミは甦り,尻尾をむんずと掴むという蛮行を行っていた月彦は,見事ネズミに噛まれることとなった.そして,反射的にネズミを放り投げてしまった.やっべー,逃げないよう追っかけなきゃ,と身構えていると,なぜかネズミの方から月彦に寄ってきた.
なぜか足にすり寄られているような気がするのですが….
噛まれるのを警戒しつつ手を差し出すと,喜んで乗ってきた.なんとなく愛着がわいてきたので腕に抱えて背中を撫ででやると,目を細めて気持ちよさそうである.うーん,ネズミってこんなに人懐っこいか?
「ねぇ,ソーレ,この世界のネズミってこんなに人懐っこいの?」
「いえ,すっごい臆病な筈なんすけど.なんだか不思議な光景だなぁ.」
ネズミはますますリラックスして,もはや半分以上夢うつつであるようだ.不思議なこともあるもんだ.
「ともかく,リューナの属性は死霊魔術であることが分かりましたね.うーむ,死霊魔術か.この世界に唯一の存命の死霊魔術士ですよ,リューナは.他の属性なら,ソシエにも魔術を指導できる人材がいるんっすが,死霊魔術となると先生を見つけることすら不可能ときた.いやー,俺,とんでもない大物,召喚しちゃったみたいですね.」
とにっこり笑うソーレ.
「ひとまず,自分の属性が分かってほっとしました.全く魔術の才能がなかったらどうしようかとドキドキしたから.あー,でも,曰くつきの死霊魔術とはねぇ….我ながら吃驚した.それで,先生につくことは無理でも,死霊魔術について知る手段はあるのかな?」
「それなら,少し古いかもしれないけど,ソシエの国立図書館に死霊魔術の教科書があるんじゃないかと思う.一応,あらゆる属性の教科書が収拾されてるハズだから.本を借りるためにはソシエ国民である必要がある.リューナの住民登録申請書は属性が分かり次第,提出する手はずになっていたんだ.リューナはソシエの都合で召喚された人物だから,問題なくすぐ住民登録される筈だよ.」
「でも,僕,治療術士でなく,よりにもよって死霊魔術士だけど,それでも大丈夫かな?」
「そりゃーもちろん大丈夫だよ.だってドジ踏んだのは俺であって,リューナは100%何も悪くないもの.」
「でも,死霊術士が役に立つ国の組織って,何かあるかな?」
「…….きっと何かある筈だよ,国の仕事っていろいろあるもの.学がないから俺はぱっと思いつかないんだけど,きっと何かある筈だ,ウン.そういうことは,マルスやセプトがアドバイスをくれると思う.」
「マルスやセプトって?」
「マルスは2人いる元首の片割れ.政府のトップの1人だな.気さくで面白いヤツだ.セプトは凄腕の火術士で,独立戦争の英雄だったんだけど,今は魔術研究所の所長やってる.火魔術の平和的利用を日々考えているようなオッサンだから,死霊魔術の平和的利用もなんか思いつくかもしれない.まぁ,まず今日のところは,役所に申請書を出しに行って,その足でなんか食べに行こう.熱中して実験してたら,昼飯食べそこなっちゃったな.」
というわけで,その後,役所に書類を提出しに行き,1時間ほど待って無事住民登録が住んだところで図書館に赴き(役所の隣が図書館だった),無事死霊魔術の教科書を借り,寮に近い小料理屋で夕食を済ませたのち(今日はカレイのような平たい魚の炭火焼きを食べたけど,これまた美味しかった),2人で僕の部屋に戻った.部屋ではフロラさんが入れてくれたレモングラス風ハーブティーを頂きながら,明日の予定を確認した.ソーレによると,明日は先ほど話に出たマルスさんとセプトさんに会いに行く予定になっているとの
こと.お茶をもう一杯飲むと,ソーレは自分の部屋に帰っていった.フロラさんも茶器を片付けて退出していった.
部屋に一人きりになった月彦は,明かりを消して,ぼーっと月を眺めていた.腕には,昼に甦生させたネズミを抱いている.手慰みに背中を撫でまわしているけれど,全く嫌がる気配を見せない.ネズミは月彦が役所やら図書館やら小料理屋やらを巡っている間,とても大人しくしていた.何か食べるかと思って果物や木の実を与えてみたけれど,口にすることはなかった.温かくて,まるで生きているようなのに,やはり死体なのだな,とつらつらと考えた.
そして,せっかく明日,元首や魔術研究所の所長というエラい人と会うのなら,もう少し魔術について知っていた方が良いかと思い立ち,再び燭台に明かりを灯し,図書館から借りてきた本を読み始めた.
この夜,月彦の部屋の明かりが消えることはなかった.
月彦の魔術属性は,まさかの死霊魔術であった.死霊魔術士月彦は,如何にしてソシエに平和的貢献が出来るのか!第5話に続く.