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良い子の死霊魔術  作者: 手のりかいつぶり
月彦とソーレ
3/60

1-3 女の子じゃないとダメなんですか?

[女の子じゃないとダメなんですか?]



その後,暫くヒュントさんは取り乱していたが,昼食を持ってきてくれたフロラさんの存在によって我に返った.そして,取り乱したことやら急に抱き着いたことやらを月彦に幾度も詫び,月彦を丁重に椅子の上に座らせた後に,自身も椅子に戻り,再びうなだれた.さっきまで,耳をピンと立てて,尻尾をブンブン振っていた犬のようだったのに,今は,耳を倒し,尻尾を足の間に挟んだ犬の如しである.もしや,ヒュントさんは20代前半なのではないか,と思案する月彦.げ,もしかして,僕よりも10歳近く若いの…?!



2人の男がもだもだと沈思黙考しているのを見かねて,フロラさんが昼食をとるよう勧めてくれた.お昼ご飯はハムのようなものをバゲットに挟んだサンドイッチだった.ハムは豚というよりは七面鳥に似た味がした.ターキーは月彦の密やかな好物である.すこぶる美味な昼食に,月彦の機嫌は急上昇した.フロラさんが食後に入れてくれた赤いお茶も大変美味であった.甘酸っぱくて苺のような味だった.突然良く分からないところに連れてこられたけど,食事がおいしい世界で良かったなーと月彦は暢気にニコニコしていた.



だが,ヒュントはお茶を飲み終わっても復活しなかった.食事も心ここにあらず状態で機械的に食べていたようだし,お茶を全部飲み終わっても手にカップを持ったままである.おいおい,大丈夫かよ.

月彦は立ち上がって,優しくカップを手から取り上げソーサーに戻し,ヒュントが再び興奮しても茶器が壊れないよう,フロラが傍らに置いていったカートにティーセットを避難させた.その後ヒュントに問いかけた.

「ヒュントさん,ダイジョーブですか?」

ヒュントは顔をあげたが,まだ目の焦点があってないようだ.

しょうがないので,もう一度話しかける.

「ねえ,ヒュントさん,僕,男で,ついでに言うと28歳なんだけど,何か問題があるのかな?」

ヒュントは目を見開いた.どうやら再起動したようだ.

「えぇぇぇぇぇ,リューナさま,28歳なんですか!!!」

そっちデスカ….まぁ,いつも10代に間違われるからしょーがないですけど….

月彦が些かトゲトゲとした気分になっていると,ヒュントが約2時間ぶりに状況説明を再開してくれた.




「ゴホン.リューナさま,28歳男性の方だったのですね.てっきり10代半ばのお嬢様だと思っておりました.でも,まぁ,お話していると確かに少女というか,あー,少年というよりは,大人の男性という感じですものね….申し訳ございませんでした,あまりにも可愛らしい容姿でらしたので,てっきり俺,勘違いをしてしまいました.でも,リューナさまのカッコよさ,というか漢気に惚れたのはホントの話ですよ.改めて,よろしくお願いいたしますね.因みに俺は26歳です.俺の方が年下だったんですね.」

うー,なんか恥ずかしい.また,赤面してるだろうなぁ….ヒュントさん,ニコニコしてる.うー.




でも,ヒュントさんの表情がさっと曇った.まだ,何か問題があるのだろうか?

月彦が怪訝そうな顔をしているのに気づいて,ヒュントさんは説明を続けた.

「ただ,リューナさまが男性であるとなると,少し困ったことが生じるのです.あー,リューナさま側の非は全くないです.悪いのは俺です,俺の召喚術の腕に問題があったんです.」

ヒュントさんはここで言葉を切って,ちょっともじもじした.そして,意を決して,言葉を継いだ.

「あの,簡単に魔術の属性の話をさせてください.この世界では,1人1つ先天的に特異な魔術の属性を持っています.たとえば,俺は召喚術です.属性には,一般的に,人体に影響を及ぼすもの,自然界に影響を及ぼすもの,生物に影響を及ぼすものがあります.人体に影響を及ぼすものには,身体強化や変身のようなものがあります.自然界に影響を及ぼすものは,火・水・土・風・光・闇のような現象のどれか1つを操る魔術,そして,特定の鉱物を加工するような魔術です.そして,生物に影響を及ぼすものには,植物の成長を促したり,動物を意のままに操ったりする技術があります.全ての物事を魔術で済ませることは出来ませんが,便利なものではあります.生まれつき才能を持った魔術以外のものを習得することも,難しいことではありますが可能です.

そして,こういう一般的な属性に加えて,特殊な属性が存在します.これは,生まれつき才能を持った人しか使えません.このような属性は3種類ありまして,召喚術,治療術,死霊魔術があります.これらの才能を持って生まれる人物は稀です.俺の召喚術も珍しい属性で,ソシエには召喚士は俺しかいないはずです.もっと人口が多いレギアにも3人ぐらいしかいないんじゃないかな.死霊魔術士は更に珍しいはずです.ソシエにもレギアにもいません.もしかしたら他の国にもいないかも.

治療術士は,これらの魔術士よりは珍しくないです.ソシエにも30人はいます.しかし,これでもまだまだ数が足りないんですね.

午前中にも少し触れましたが,ソシエはレギアから分離独立して間もないんです.戦争で傷ついた人たちがたくさんいます.加えて,ソシエの中心街を流れる川がしばしば氾濫しまして,疫病が起こりやすいんです.水術士や土術士,金属加工術士なんかが頑張ってはいるんですが,なかなかうまくいかず,出来るだけ治療術士を増やしたいとソシエ政府は考えているんです.そこで,若輩者の俺が引っ張り出されて召喚術を行ったんですが,このザマです.リューナさまのような立派な人物の人生を狂わしてしまうなんて,あーもー...」

また,ヒュントさんは鬱モードに入りつつある.が,なんで僕が治療術を使えないって分かるんでしょうか?

と,顔に出ていたようで,ヒュントさん,話を続けてくれました.




「えーとですね,治療術士はですね,召喚術士やら死霊魔術士やらより数はずっと多いんっすけど,あー,全て女性なんですよ.しかも,黒髪の女性じゃないとダメなんです.ここいら,すなわちディギト半島にあるソシエやらレギアでは,大抵の人は茶色い髪で茶色い瞳をしてるんです.俺も赤茶色だし,フロラさんも金茶色でしょ.黒に近い焦げ茶色から白に近い茶色まで茶色い髪ならいろんな色合いの人がいます.でも,茶色以外の髪や瞳は珍しいんです.瞳なら青や紫や真っ黒,髪なら金や銀や真っ黒なんてのはほとんど見ることないです.そこで,俺がソシエの依頼を受けて,『治療術を使える可能性が極めて高い黒髪の女性』を召喚することになったんですが,リューナさまのような黒髪茶目の可愛らしい方を召喚しちゃったんです.あー,俺も修行が足らないですね.本当に恥ずかしい.」

ヒュントさんは,またうつむいてしまった.

あー,また慰めたほうが良いでしょうか.

しかし,月彦が葛藤している間に,ヒュントさんはうつむいたままぼそぼそと話し出した.

「でも,リューナさまのような,ちょっと長めの黒髪で薄茶色の瞳でちっちゃくて柔らかな人,俺すごく好みなんです…」

ん?ヒュントさんがなんか不穏なことを呟いているような….確かに,ここ最近髪を切ってなかったから2か月前に切った方が良かったようなベロンとした髪をしているし,瞳も日本人としてはかなり明るい茶色だ.不本意ながら背も低いし,肉感的でもある….えーと,召喚術というのはイメージというのが大切なのだろうか….よくよく見るとヒュントさんの髪から覗いた耳が赤い.うーんと,ヒュントさんも自身の煩悩によって術が失敗したのが恥ずかしくて不本意だということなのだろうか.そりゃそうだよね,理想のタイプの女性と思いきや,残念ながらアラサーの男だったんだから.でも,僕もなんか不本意で,もやもやする.女の子に言われたら嬉しかっただろうか….いやー,それでもあまり嬉しくないというか….でも,まあ,こんなだから28歳童貞だと思えば,たとえ男の人といえども,僕のことをタイプだと言ってくれる人に出会えたのは行幸かもしれない,うん,すごいかも…,ということにしておきたい.




そんなこんなで,男どもがもやもやしている間に,また,夕食の時間と相成った.

フロラさんが配膳してくれたスズキ的な白身魚のムニエルも,食後のレモングラスのようなさっぱりとしたお茶もとても美味しかった.ヒュントさんとフロラさんが親切そうな人で,おまけに食事もおいしいというのは,前途に暗雲が垂れ込めている僕にとって,すこぶる幸運なことだと強く強く思う,ホントに.

あー,でも,治療術士になれないとなると,僕はどうしたらよいのだろうかー.

悶々としていると,ヒュントさんが上目づかいでおずおずと聞いてきた.

「リューナさま,ソシエは人材難なんです.たとえ治療術士でなくともリューナさまのような漢気溢れる方は大歓迎なんです.どうか我々と共にソシエのために働いてはいただけませんでしょうか?」

「なんと!それは願ったりかなったりです.僕でよければいくらでも働きます.…というか,むしろ働かせていただけるととてもとても嬉しいです.ヒュントさんに,ソシエに見離されちゃったら,僕はもう路頭に迷ってしまうので,むしろ僕がお願いしなければならない立場であると思うのですが…」



おお,ヒュントさんが起ち上って,僕の手を両手で握ってブンブン振りだした.両手握手ですか.

「リューナさま!俺は,リューナさまと一緒に働けて本当に嬉しいです.今日はもう遅くなってしまいましたので,明日早速,リューナさまの属性をチェックいたしましょう!そして,相応しい職業を探しましょう.この世界についてのお話もいたします.あー,魔術の基礎についての説明も必要ですね!

明日もまた,リューナさまのお為に誠心誠意頑張ります,よろしくお願いいたしますね!!!」

どうやらヒュントさん完全復活した模様.ヒュントさんがしょぼんとしてしまうと僕も良心の呵責を感じてしまうので,是非ヒュントさんにはニコニコしていてほしいと月彦は思った.

「明日もよろしくお願いいたしますね.あー,でも,ヒュントさんのお仕事は大丈夫なのですか,あー,もちろんヒュントさんに一緒にいてもらえるととても心強いんですけど…」

月彦がヒュントを見上げておずおずと尋ねると,ヒュントの頬が赤くなった.

「も,も,もちろんです.むしろ俺の失態の被害者たるリューナさまに尽くすことこそが,お,俺の仕事ですから.明日からも,どうぞよろしくお願いいたします,ハイ…」

「そう言っていただけると,僕もとても嬉しいです.では,明日からもよろしくお願いいたしますね.あー,そうだ.リューナさまって言われるとちょっとくすぐったいんですよね.ほとんど年も違わないですし,リューナと呼び捨てていただいて構いませんよ.出来れば,ヒュントさんとは長く友達付き合い出来たら嬉しいなー,なんて.」

「えっ,よろしいのですか.それでは俺のこともソーレと呼んでください.ヒュントが姓で,ソーレが名前なんですよ.」

「では,そうさせていただきますね,ソーレ.僕の名前だと,月彦が名前で闇夜が姓になります.闇夜は暗い夜のこと,月彦は午前中にも言った通り月のことです.僕が生まれた時,美しい満月が空で輝いていたんだとか.名前の由来を聞いたとき,我が親ながらなんてロマンチストなんだろうかと羞恥に悶えました.」

「ツキヒコ,リューナが月なら,俺のソーレは太陽を意味しているんです.俺が生まれた時は,天頂で夏の太陽が輝いていたそうです.それで,ソーレ.月と太陽,名前の由来となっているものは対照的だけど,なんだか親近感を感じますね.リューナ,本当に俺,とんでもないことしでかしてしまったけど,リューナに出会うことが出来たのは,俺,ホント嬉しいです.どうぞ末永くよろしくお願いいたします.」

こう言って,ヒュントさんは,いやソーレは赤面したまま退出していった.

まだまだ前途多難であるけれど,というよりこれからのことが全く決まっていないけれど,ソーレと仲良くなれたことで少し不安が払しょくされたような気がする.

日本最後の夜は,発熱するほどの肉体的・精神的疲労を感じ,かつかなり落ち込んでいたけれど,なんかまた頑張れそうな気がしてきた.

ソシエのために,そしてソーレのために自分が出来ることを精一杯やりたいと思えるようになった.

新たな決意を胸に,入浴(ソシエにも入浴の習慣があってよかった),着替え(女の子っぽいひらひらで水色の寝巻が準備されていた,恥ずかしいけど仕方ないから着たけど…)を済ませ,床に就いた.

あー,でも,運命って興味深いというか,残酷だよね.更なる衝撃の事実が明日発覚するとは,僕も,きっとソーレも予想だにしていなかった.



月彦が誤召喚されてしまった理由とともに,イケメン男児ソーレさんの「女性の」タイプも明らかに.男の友情も深まりました.次回,月彦の魔術属性が発覚.第4話に続く.

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