參 清水茜 ──失踪事件から六十五日
桐朋砂納が辞め、教室からは緊張感が大分なくなったみたいだ。彼女は居るだけで、迷惑だった。彼女に自ら関わったらどうなるやら。
実際、初等部の時に彼女に関わった女子はいた。でも、その子は翌日から来なくなった。ただ単に家の都合だったのだけれど、幼かった私達には理解できない。それから彼女は悪魔と呼ばれている。大人達も悪魔と呼び出した。
私が良い噂を流せば、ほんの少し状況は変わるかもしれないけれど、私は犠牲になりたくない。商人の間では彼女は悪魔なのだから。大人が決めたことには逆らえない。
そんな悪魔と友達だった澪がやってきた。何やら絵を持っている。──ああ、これは。
「茜……こんな人に会ったんだけど」
「え? 」
「茜なら何か知らない? 高価な傘も貰ってしまって……」
それならきっと、あの人だろう。
でも、友達でもない彼女に教えるわけにはいかない。あの人の事が広く知れ渡ったらどうなることやら。
「見たこともないし、聞いたこともないわ。私なら何か知っている、だなんて思わないでよ」
「あ、うん。ごめんなさい、自分で捜してみるわ」
少しきつめに言うと、澪は怯んでしまった。そして、あっさりといなくなった。
澪がいなくなると、空がくすくす笑いながらやってきた。空はあの人の事を知る数少ない仲間である。
「誰の味方でもあるあの人が澪にどう接したのかしら。気になるわ」
「そうね。放課後にでも電話してみるわ」
それよりも、あの人は澪になぜ接したのか。あまり他人に見られたくないというあの人が自ら近づくのだろうか。
放課後。空のお家に寄り、電話をしてみた。
「こんにちは」
『あらあら、茜じゃないの。どうしたの? 』
「あの、澪にどう接したのですか? 」
『ああ、あの子。ん、そうだねえ。面白そうだから近づいてみただけで、別に何ともないから』
「……」
『おやおや? 抜け出したのにどうしてこっちに来なかったのか、って? 気まぐれだよ、気まぐれ。それに、昨日は雨だったからねえ。笹本家の場所にしか行けなかったのさ』
あの人──陸様はけらけら笑う。時折抜け出し、私や空に会いに来るのだが、昨日は来ると言いながら来なかった。私は少し怒っていた。
でも、陸様の気まぐれは今に始まったことではない。
『おおっと、そろそろ切るよ。今日もお見合いだから、忙しいんだ』
「もうそろそろご結婚されてはいかがですか? 」
『あっはっはっは、それじゃあ、今の仕事を続けられないじゃあないか。茜は私に生き甲斐でもあるお仕事を辞めろと? 』
「──ご両親にいつか」
『発覚はしないさ。じゃあね、茜』
電話を切られた。
陸、というのは偽名だ。家は四家よりも凄い貴族で、四家はもちろん、この辺りに住む人は誰も逆らえない。陸様は有名すぎる自分の名前が嫌いらしく、わざわざ陸という偽名でお仕事をしている。偽名だと周りの人も気を使わずに接してくれる、と話していた。
近くにいた空が私に久遠の美味しい和菓子をくれた。お茶も置いてあったので、お茶にすることにした。
「それで、陸様は? 」
「気まぐれみたいよ。雨が降っていたから、笹本家の領地辺りにしか行けなかったみたいだわ」
「そう。もう何人とお見合いをしているのかしらね、陸様は」
「話に聞く限り、十七名としているみたいだわ」
「よく両親は諦めないわよね……」
「仕方ないわよ、雲雀丘五大貴族の娘なのだから」
陸様は一人娘だ。陸様はそのことに関して、両親を憎んでいる。どうして私は一人っ子なのか、と。確かに、貴族で一人っ子なのはおかしい。ちなみに例外なのが三石家と笹本家。三石家は当主の意向、笹本家は夫人が病弱だからと表向きには言っている。
そこへ、薫がやってきた。どうやら店番の休憩らしい。
「私もお茶、貰ってもいい? 」
「もちろんよ。その代わり、後でお勉強教えてくれないかしら? 」
「分かった分かった」
この二人は仲良しだが、華京地区に引っ越す際、両親の判断により、空だけが学校に残ることとなった。薫の母親は病弱で、もう亡くなっている。父親は後妻と空だけを愛しているらしい。それ故に、頭がよい薫を学校には置かず、自分達の愛している空を学校に残した。立派で美人な娘にするために。
「お姉ちゃん、本当にごめんね。私が代わりに勉強したいぐらい」
「私の方こそ、二人に強く言えなかったのは悪かったと思っているわ」
「……二人ともがよくその話をするから聞き飽きたわ」
「だって……」
「……」
まあ普通の貴族や商人ならば、何人か子供がいたら美形の方を学校に通わせる。そちらの方が結婚させるのに有利だからだ。ちなみに、久遠家は美人姉妹だ。
だが、久遠家は現在、片方はお店、片方は勉強という分け方をしている。しかし将来、空が卒業したら結婚をして正式に跡を継ぐ。薫はそれまでの代わりなのだ。空が卒業すれば、とっとと家を追い出されてしまう。
「薫、早くお店に戻ってね。お母様に怒られたら私達はもうここにいれないわ」
「分かった。……そろそろお店に戻る」
薫と空。二人が仲良くしているところを見れる人は中々いない。陸様に一度、誰にもバレないように二人を遊ばせたい、と依頼したが、んなこと出来るか馬鹿、と怒られてしまった。それは誰でも想定できる、当たり前の返事だった。
私はそろそろお暇しようと立ち上がると、電話が鳴った。
「私が出るわ。茜はもう帰っていいから。またね」
私はにやりと笑う。あの慌て方。空には男の子のお友達がいるのか。
久遠家のやたら広いお家を出て、私はのんびりと華京地区の中央を散策する。家に戻れば、跡継ぎである長兄が私をまた殴る。それは出来るだけ避けたかった。彼が店に出ている十八時頃に帰宅するのが最も好ましいのだ。
それまで何をしようかと毎朝早くに家を出て悩み、結局、毎日学院にいる。その事で両親に褒められるが、長兄はあまり気に食わないらしい。私が両親に媚びを売っているとでも考えているのだろうけれど、生まれた時から決まっていた運命を今更変えようだなんて思わない。そんなの馬鹿馬鹿しい。
──気づいたら私は、古い屋敷の前にいた。私は結局、ここにたどり着いてしまう。毎日、同じ事の繰り返し。だからと言って空以外の女子と仲良くしようだなんて、思わない。それなら死ぬ方がましだ。それに、ここは──。
「あら、あなたは──」
そこには私が二度と会いたくないと思っていた人がいた。
──私と、二人の兄の本当の母親だ。
「お久しぶり。寂しくなったのかしら」
実に五年ぶりの再会。私は、こみ上げてくる気持ちが整理できなかった。
突然いなくなった人。
長兄がおかしくなる原因を作った人。
次兄が引きこもる原因を作った人。
「とっくに、死んでいるのかと思ったわ」
私は母親だった女に微笑みかけた。
私は彼女が憎い。一人で自由になり、私達を捨てた。もう、母親ではない。
「──最後にあなたと会えて良かった」
女はその一言を残し、私の元から去った。最後? どういうことだろう?




