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華京女学院~闇に咲く乙女たち~  作者: 神崎美柚
第貳話 変わっていく、状況
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壹 桐朋砂納 ──失踪事件から六十四日

 翌朝、無人の教室に登校するなり隣の教室から八重がやってきた。彼女は何かに怯えるように震えていた。


「砂納、一体いつ怒らせたの? 」

「え、誰を? 」

「楓様よ。先程、怒っていたみたいなの。桐朋家の悪魔はとんでもない奴、と」

「──悪魔、か。よく知っていたよねそのあだ名。まあさすが楓様というか」

「私は誰のことか分からなくて……。でも、桐朋家の子供は亡くなったお兄さん以外だとあなたともう一人しかいないから消去法で……」

「はあ。私も潮時かなあ」


 桐朋家の悪魔──。私は両親に愛情を向けられたことがない。何かあれば亡くなった兄がどれだけ優秀だったのか語り、お前は我が家に災厄をもたらす悪魔だと怒られる。

 楓様は多分、私が入学した時から気に入らないと思っていたのだろう。実際、楓様の派閥に属する子は私に近付こうともしないし、時折悪口を私の目の前で言う。その度に澪には慰めてもらった。砂納は大事な親友だよ、と──。

 八重は私のそんな心境が分からないらしく、きょとんとしていた。まあ、貴族だもの。仕方ない。


「私、よく分からないわ。潮時って? まさか、学校をやめるの? 」

「そうよ。多分、楓様が私のことをはっきりと悪口として口に出したから他の子は従うと思う。もっと露骨な苛めでも構わないって合図だから」

「あんまりだわ。どうしてそうなるの? 」

「貴族の娘と商人の娘だもの。仲良くなれないわよ」

「でも、葵は私と仲良しよ? 」

「あの家は貴族。生粋の商人じゃない」

「? 」


 ──そうだ、あの目。雫石葵はあの時私をもの凄い顔で、目で、睨んでいた。

 雫石家は私が幼い頃、華京地区に住んでいた立派なお家だ。しかし、何かあったのか突然名塚地区の大きなお屋敷に引っ越してしまった。

 すると、私達が話しているところに澪がやってきた。澪なら──。

 その時の澪の顔は、直視出来ないものだった。


「──学校やめたら近付かないでよ、悪魔」

「澪、どうしたの? 繰祢様派でしょう? 」

「楓様についた方が楽だもの。まあ、あなたには分からないでしょうけれど」


 ちくちくと刺さる澪の言葉。親友だと思っていた澪から紡がれた言葉は、裏切りの宣言だった。

 ふと横を見ると、八重がおろおろしていた。喧嘩をしたことも見たこともないのかもしれない。そういう汚れ事をいっさい見せない花桜家は本当におかしな家庭だ。


「ふ、二人とも……」

「それじゃあ失礼するわ、砂納」


 澪から呼ばれた私の名前。それは嫌味に聞こえた。「沙那」という可愛らしい名前を考えていたという両親。生まれてきたのが悪魔だったから、漢字を変えた。

 ──私は、とうとう家を出なければならないようだ。


「八重、私学院やめる」

「えっ」

「私はきっと家系図から消えると思う。でも、いつか必ず見返す」

「……寂しいけれど、頑張って。あ、そうだ。一人だと心許ないでしょう? 葵の知り合いのお姉様のお家の鍵と住所。ここに行くと良いわ」

「ありがとう、八重。優しいね」

「だって、私はいつまでも桔梗お姉様派だもの」


 ──八重の暖かい言葉に、私は安堵した。私にも、味方がいるんた。敵ばかりじゃないんだ。


「さよなら、八重。最後にあなたと友達になれて嬉しかった。いつか会えたら……」

「絶対にまた会おう! 」


 その元気な声はとても箱入りお嬢様とは思えないものだった。

 私は寂しかったけど、学院長に会おうと思った。学院長は一応平等に接してくれるため、ありがたいものだ。

 まだ朝なので、学院長は敷地内のお屋敷にいると思い、そこに向かった。案の定、学院長はダイニングにいた。優雅に紅茶を飲んでいる。


「おはようございます、学院長様」

「おはよう、桐朋砂納さん。それで、何のご用かしら」


 最近戻ってこられた学院長は車椅子に乗っていると聞いていた。私としては体調が心配だったが、どうやら問題なさそうだった。


「学院をやめようと思います」

「──理由は? 」

「華、君にも大方予想はついているだろう」

「まあ、そうだけれど本人に直接聞かないといけないわよ。仕事上、ね」


 優雅に珈琲を飲む学院長の旦那さんが会話に割り込んできた。ちなみにこの人は学院長が戻ってくるまで学院長の代理を勤めていたらしい。

 しかし、理由を知られているなんて……。余程私はこの学院の生徒に嫌われているのか。


「三石楓さんの存在に耐えきれなくなったから、でしょう? 」

「い、いえ。確かに楓様は私のことをあのあだ名で呼びましたけど」

「あらあら」

「ほう。なるほどな」

「最近そういう理由で辞めた人がいるの。あなたは違うのね」


 やはり、楓様が原因で辞めてしまう人もいるのか。一体どれほどの人が辞めているのだろう。


「お家のため、もあるのでしょうけどあなたは償う必要なんてないから明るく生きなさい」


 学院長の言葉に嬉しくなった。私は笑顔になれた。


「ありがとうございました」



 私はそそくさと家に戻り、少ない荷物をまとめる。そして、家を去るということを手紙にまとめ、立ち入ることを禁じられている両親の部屋の前に置く。両親は私が中等部に進学してからあまり会ってくれなくなった。時たまに会うと怒鳴られ、時には殴られた。

 でも、それとおさらば出来るのなら。私はただひたすらに嬉しかった。


 雲雀地区まで頑張って徒歩で行くことにした。誰も私に目を向けようとしない。花桜家の大爺様の指示なので、仕方ないことだ。

 ──八重にもらった地図を頼りに家を探すと、中々大きな屋敷があった。ここ?


「あの、失礼します」


 鍵を開け、扉を開けると玄関で髪がとても長い美人が寝ていた。髪は艶やか。お酒臭いのが少し残念。

 そうっとつつくとその人はぱちりと目を覚ました。そして、立ち上がる。私より背が低い。


「ん、だれ……」

「あの、花桜八重のと、…同級生です」

「へえ、そう」


 この人に八重と友達と言ったらどう反応されるのか怖かった。他人に自慢だなんてあまりしてこなかった私にとっては、それは自慢にしかならない気がして言うのが躊躇われた。


「私は雫石翠。とは言っても、もう雫石姓は名乗れないはぐれものだけどね、あはは」

「あなたもはぐれものなんですね。てっきり、卒業してから独立したものだと……」

「罪をなすりつけられたのよ。正義感が強くて上に立とうとする奴が同級生に居たのが気に食わなかったらしいのよ、楓は」

「──あなたも、楓様が原因で」

「ほほう。私達の原因は大体同じ、と。んじゃ、いっちょ新しい姓でも名乗る? 」

「新しい、姓。できれば名前も……」

「あはは、んじゃ、そうしちゃおう! 」


 酔いが醒めていないせいか、私の素性は聞いてこなかった。聞かれなくて安心したような、しないような。

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