髭 クオンメイ ──五月十一日
とおいゆうぐれどき。
貴方だけ、私の話を信じてくれた。とてもとても純粋で、鈍感な人。
でも、名前は知らない。知らなかった。
知らなくて、良かったのかもしれない──。
「お兄ちゃん、ただいま」
私は控えめに声をかける。元和菓子屋。今では、花桜家の領地に移動した。
──鈴音のお墓参りに今更行ってきたこと、怒られるかもしれないと思った。クオンにとってはやってはならないと。
「おや、メイ」
「ごめんなさい、急に……」
「いいんだよ。この時間ならうちの家族は両親以外出かけている」
「そっか……」
お兄ちゃんはここの和菓子屋が大好きだからこそ、離れたくないのかもしれない。でもそれは勘違いだと私は最近気づいた。
お兄ちゃんは、ここで起きたことを隠したいんだ。全てを。
居間に案内される。ろくに掃除がされていないせいで、埃が多い。
「お兄ちゃん、小泉家と何があったの。全部知りたい」
「──メイ、饅頭を作ったから食べようか」
やっぱり隠すんだ。小泉家が、どれほど立派だったのかは私も知っているのだから。
でもお兄ちゃんとのほっこりとした時間は過ごす。だって、それがメイの望みだから。
「やっぱりおいしいね」
「そうか、よかった」
そこに両親が現れた。どちらとも無愛想だけれども、『本当の家族』だから、ここにいたらとても嬉しい。
「ああ、メイか。久しぶりだね」
「やっと帰ってきたか」
「うん、ただいま……」
私が愛す、この家族。
それを破壊した鈴音には謝らなくて、正解だった。
お兄ちゃんの奥さんは和菓子屋の看板娘という立場にうっとりとしていた。優しい人なのかもしれないけれど、私は許せなかった。
薫を生んで退院した後、私は部屋でゆったりとしていた鈴音を殺した。このお屋敷はその時から掃除はされたのだろうか。怪しまれない程度にしかしていないのか。
鈴音が亡くなった後、お兄ちゃんは和菓子をあまり作らなくなった。申し訳なくなって、しばらくは離れていた。
何はともあれ、これで作戦は続けられる。
二つの寺が本気で手を取り合えば、理想郷はすぐに完成するだろう。




