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華京女学院~闇に咲く乙女たち~  作者: 神崎美柚
第伍話 消えた花桜家の娘
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參 花桜弥刀──失踪事件当日

 いつもいつも椿にはかっとなってしまう。原因は分かっているし、どうしようもない。一番優秀だったわしの娘、蘭を約20年前に椿に殺され、それ以来椿を憎いと思っているからだ。

 椿は約20年前からとても思いこみが激しかった。そんな椿はとても美人だった親友の蘭が自分の恋人を奪ったとでも思ったらしい。

もちろん、そんな事はなかった。蘭はとある立派な貴族の息子と婚約する事を決めており、本人も喜んでいた。とても幸せそうだった。

だが──蘭は椿が自分の父親など血縁者を殺すときに一緒に殺された。それも、先に刺殺されていた。その後焼かれたのだ。

 当時雇っていた諜報員達はあまりの酷さに遺体を直視できなかった、と語っていた。わしも見ることは出来なかった。婚約者の彼は体調を崩し、後を追うかのようにその一年後に亡くなった。

 椿はこの事で誰にも訴えられなかった。いや、五大貴族がわしの訴えを反故にしたことにより、誰も訴えることが出来なくなったのだ。誰もが恐れる五大貴族に、四大貴族のトップとも言える花桜家が訴えを反故にされた──それは椿に対して怒りを向けていた者達が冷めてしまうのには丁度良かった。

──だが、わしは未だに許せない。


「あ、あの、大爺様……」

「──遅いぞ」

「は、はい」


 蘭の双子の妹、お菊もまあそれなりに美人だった為、蘭の婚約者の弟と結婚することにさせた。しかし、弟は兄とは真逆で、弱々しいのだ。軟弱者なのだ。花桜家にはいらない血だ。

 そして、あの桔梗。花桜家の育て方で育てたというのに、この男と似た為か、ほわほわしてしまった。だから、わしはこの男を捨てる。


「おまえは今日限りで赤の他人だ」

「──え、なぜ、」

「お前の兄は完璧だった。あのまま蘭と結婚して子供を成していたらと思うと、非常に惜しい事だった」

「……でも、私は兄のようになろうと、兄の代わりになろうと必死に努力をしてきました。それではだめなのですか? 」

「駄目だ! 桔梗が行方不明になるかもしれないと、なぜ分からなかった? 成瀬家の息子のくせに、分からなかったのか!? 」

「──」


 成瀬家はとても優秀な家庭だ。だからこそ、わしは長男と次男をもらった。なのに、このていたらくだ。

 今も、泣きそうな顔になっている。つくづく花桜家には本当に相応しくない男だ。


「しかし、お母様の……」

「もう話してある。そしたら家には戻ってくるな、と」

「──そんな、有り得ない、な、な、ぜ」


 桔梗の件も含め、花桜家での様子を菫が成瀬家に伝えた。すると、当主は冷静に淡々と、陽宮は成瀬家の門を二度と潜るな、と言った。つまり、彼は花桜家と成瀬家、両方から捨てられるのだ。

 目の前で彼は泣き崩れた。本当に女々しい男だ。わしの末の息子以上の屑だ。


「目障りだから早く出ていけ。荷物はこちらで処分する」

「──え」

「それから、陽宮という名前も捨てろ。……馬鹿だから、業平以上の屑だから、まだ理解できないのか? お前を一族の家系図から消す」

「──」


 奴はとぼとぼと部屋を出ていった。自業自得だ。婚約を決める際にあいつは、お菊と生まれてくる子供を大事に守り抜く、と宣言した。しかし、全く守っていない。子育て中のお菊を手伝おうともしない。乳母を雇わない事について疑問を抱いたにしても、二人目の時にはこれが花桜家流の子育てなのか、と理解してくれればよかった。なのに、理解もせずに、お菊から距離を置いた。──あいつは赤ん坊の頃の八重と桔梗を何回抱き上げたのだろうか。


「うむ……あいつを追い出していたらもうこんな時間……」


 買った本を読もうと本に手を伸ばしたその時、扉を誰かがこんこん、と叩いた。


「お義父様、私です、満です」

「……ん、入れ」


 またややこしいのが来た。わしの末の息子、業平の妻で菫の母親。業平とかなり長い間つきあっており、業平には跡継ぎになる権利がないため結婚を許した。一応貴族の娘だが、かなりお金にがめつい。菫がわしのお金の使い方に厳しいのもこいつの血のせいだろう。

 現れた満は、またもや派手で高そうな着物を着ていた。結婚を許すのを少し渋ったのがこの着物が原因だったりする。花桜家は普段着ではここまで派手なのは好まないし、そもそもお金がかかる。仲良しの雫石家に頼んでも、まあそれなりに値段が張る。


「お義父様、今月のお金、少なすぎましたわ。もう少し増やしてくれませんか? 」

「五十万で少ない、だと? 一月に上げたばかりだろう? それに、今は夫婦二人だけのはずだが」

「それでも、趣味まで楽しもうと思ったら足りませんの」

「その高い着物を売れば良いだろう! やけに高いのを百着も持っているとはあきれるわい! 」

「高いだなんて、せいぜい二十万ですのよ? 」


 満はかなり金銭感覚がおかしい。業平を問いつめて聞いたところ、学生だった頃に色々買い与えたり、お金を直接あげたらしい。業平は本当に馬鹿だ。花桜家よりも下の、それもぎりぎり女学院に通っている貴族の娘が大金を手に入れたらどうなるか分かることだろう。金銭感覚がその内狂いだし、二十万の着物が普段着になってしまう。

 業平と満が結婚し、働いている業平もいるがまあ少しでも足しになればと月に十万をあげたのがそもそもの間違いだった。菫にかかるお金はほとんど花桜家が面倒を見ているので、満から菫には着物を買うだろうと思って渡した。

しかし、菫は花桜家にあった蘭やお菊のおさがり以外着ていなかった。どうしたものかと満に聞けば、十万で買えるわけないでしょう、と笑われた。(しかし、その後満は一度も菫に着物を買い与えなかった)そこからほんの少しずつ上げていき、今では月に五十万与えている。

きっちりとその値段を渡さなければ、満は癇癪を起こす。菫が十二歳の時に一度、渡し忘れた時があった。その時は菫が満に殴られたりした。──今では満は恐怖の存在だ。


「……それで、いくらなら満足するんだ」

「そうねえ……百万、とか? 」

「……お前は花桜家を何だと思っているんだ」

「でも、業平に聞いたら無限に出て来るから心配ないって言われたわ」


 馬鹿な業平らしい返答だ。そしてそれを真に受けた満も馬鹿だ。

 花桜家は四大貴族の一角だが、お菊、八重、わし、桔梗、菫の五人分の生活費もあるためかなり節約している。満にお金を今でも渡し続けている事がお菊あたりに見つかれば、満がお菊に殴られるかもしれない。それはそれで解決するが、お菊を加害者にしたくない。八重もいるのでそれは駄目だ。

 では、ここでどう返答すべきか──。いつまでも言うことを聞くわけにもいかない。満のせいで、年間五百万以上無駄にしている。ここはびしっと当主らしく断るべきだろう。


「満、お前にいつまでもお金を渡し続けるわけにはいかない」

「はあ? 何でよ、おかしいじゃない! 」

「お前に渡すお金こそが無駄遣いの象徴だ! お前にお金を渡し続ければいつか花桜家は破滅するだろう。それに、お菊も八重も菫も好きなことを我慢しているんだぞ? お前のせいで、八重を自由に育てられないんだ! 」

「意味が分からないわ、私は花桜家と何の血のつながりもないじゃない。なのに、どうして業平の姉とその娘が我慢しなくちゃならないわけ? 」

「お金の事が分からないのなら、今すぐ菫と縁を切って出ていけ! それが嫌ならば、買い物をしばらく我慢しろ」

「なっ……」


 満は買い物依存症と言ってもおかしくない。原因は業平が作ったのだが、そのせいか満は無駄なお買い物が嫌いなお菊の事を義姉とも呼ばない。満は狂っているのだ。この間、その事で業平から泣きつかれたが、無視しようと決めた。

しかし、またこうやってお金をねだりにきた。だから怒りのあまりに、はらわたが煮えくり返っている。

 そこに丁度、お菊が現れた。趣味の剣道の後なのか、剣道の服を着ている。


「お父様、どうされましたか? 」

「満の買い物依存症をどうにかしたくてな……」

「──それなら、お任せください」


 お菊が微笑み、満を連れて行く。やれやれ、だ。

 わしはようやっと落ち着き、本を読み始める。著名な詩人の詩集で、貴族にはない素朴な感覚の詩が素晴らしいのだ。

 わしはこの詩人の詩集を全て買え揃えたかったが、菫に怒られてしまった。お母様みたいにはならないでください、と。やはり娘である菫から見ても満のお金の使い方はおかしいのである。

 ──満も縁を切るべきなのだろうか。

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