壹 細波澪──七月二十日
「澪、聞いてよ。最近さ、ある場所で桔梗さんが出没するんだって。しかも亡霊みたいな姿で」
「葵。幽霊とかあり得ないよ。そもそも死んでいるのかも分からないじゃないの」
「いやいや、もう何ヶ月経っていると思うのよ」
「──確かに。そろそろ戻らなければ世間から存在は消されるわね」
「でしょう? 」
放課後の喫茶店。そこで最近私と親しく話す雫石葵の口から聞かされた桔梗様の亡霊の話。私は別の子達が話しているのを聞いていたから、うんざりしていた。
そして葵の口からは一番聞きたくなかった話でもある。葵が何かがあって八重と離れる前までは尊敬していたであろう存在の桔梗様。なのに、今では親戚のお姉さんの事を話すかのように桔梗様呼びもやめている。
葵に何があったのか知りたかったけれど、情報源の茜は最近たまにしか来ない(しかも遭遇する率はかなり低い)。こちらにも何かあったらしいというのはよく分かった。空と茜がお話しているのだって見かけない。
「ねえ、澪。桔梗さんの亡霊見たらどうする? 」
「え? 逆に聞くけど、見た子はどうしたわけ? 」
「向かってきたから、怖くて動けなかったんだって。横を通り過ぎるまで動きを止めていたらしいよ」
「それが最善策かも」
「しばらくは華京川の辺は歩かない方がいいよ。出るんだってさ」
「──へえ」
きっとそれは血染めの華京橋近くで出るというあの亡霊だろう。葵はからかわれているだけだ。何でも信じる葵に吹き込めばどんな嘘の噂話だって葵の中では真実となる。
──とりあえず信じておこう。肯定しておこう。訂正するのは面倒だ。
ここら辺で帰ろう。でないと状況が。
「葵。そろそろ私帰るね」
「うん。また明日」
葵は最近、楓様と親しい。気持ち悪いぐらいくっついている。なのに、文句一つ言われない。葵が勝手に楓様の元へ行っても八重に同情する者がいなかった時のように、葵は味方を増やしてから行動している。
私は早速、その血染めの橋へと向かった。
ここでは残酷な事件がかなり昔起きたらしい。被害者数名を殺した後、加害者が自殺した華京橋には今でも大量の血痕が残されている。雨が降っても流れない。洗おうとしてもおちない謎の橋。
木に染み込んだのではないか、という結論が出て、この橋はわたるのが禁止された。
橋を眺めていると、その近くに亡霊のような女性がいた。──髪がぼさぼさだが、桔梗様だ。
──え? 噂は、本当なの?
「──孤独は、もう」
何か呟いたその不気味な桔梗様らしき女性はふらふらとこちらに向かってきた。そして。私の真横で倒れた。
それはもう見事に、倒れてしまった。
辺りを見渡しても誰もいない。どうしよう。