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華京女学院~闇に咲く乙女たち~  作者: 神崎美柚
第參話 裏切っていく、人々
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髭 清水茜──七月十四日

 最近、女学院内では目まぐるしく関係が動いている。雫石家の跡取り娘であり、商人達の娘が絶対逆らえない存在。そんな葵が花桜家から離れた為に雫石家と親しい商人の家の娘達は次々と乗り換えていった。しかもややこしいことに雫石家の当主は人望の厚い成瀬家の息子のため、それに伴って花桜家派は減っていった。楓様の思い通りになった。

 親が動けば子も動かなければならないのが、悲しい事だ。離れたくないのに離れなくてはならない。何人も泣いていた。

 それは例外とも言える商人の家の娘である私にはあまり関係のない事だと俯瞰していたが、悲劇は起きた。起きてしまったのだ。

 清水家の応接間に仲の悪い兄妹全員が久しぶりに集められた。そこには、新しくやってきた母親とその子供らもいた。私はほとんど会ったことがないが、仲良くはなれないと思う。

 お父さんが重い足取りでやってきた。


「今日は報告がある。──湊と離婚することにした」

「え、それはないだろ!? 母さんとの離婚で反省したって言っていたのに、何でだよ! 」

「落ち着けよ、兄さん……」


 離婚、という言葉に長兄はすかさず激怒した。私達の本当のお母さんがいなくなった時も必死に捜していたぐらいだから、離婚は嫌なのだろう。──ああ、当然だよね。人の運命を簡単に狂わせるのだから。しかもそれを間近で長兄は見たのだから。

 それに、新しい母親、湊さんはかなり立派なお家の人だ。離婚だなんて、そうそう簡単に決めていいものではない。六歳と三歳の子供を抱えているし、今も妊娠していると聞いたけれども……。

 次に口を開いた湊さんの顔は沈むどころか、無表情だった。これは怒っている顔。父親が怒られていたのを見たことがある。


「私は怒っているのです。この人の身勝手さに。──前の奥さんとはまだ離婚していないと聞いたときには本当に激怒しましたよ。しかも、その人、自殺したんですってね? だから、私はけじめをつけるべきだと言ったのです」

「──はあ? おい、父さん、真面目になるって、嘘だったのかよ」

「あ、嫌、その」

「俺は出て行くからな! こんなのやってられねえ! 」


 湊さんの言葉としどろもどろな父親に長兄は怒って出て行ってしまった。その後、次兄が何やらぼそぼそと呟いて出て行った。

 すると当然、父親の目は私に向けられる。


「──茜はどうするんだ? 」


 私は冷め切った目つきで父親を見た。多分、この洋服屋は継母の家により潰されてしまうだろう。ならば、血は繋がっていないが、継母の家にお世話になるべきだろう。ここにいるよりかは良い暮らしが出来るはず。


「湊さんについていくわ。ここに居たって、いいことはないもの」

「茜……」

「あなたにはそれなりにお金を払ってもらうわ。ほら、茜、あなたもおいで」


 無表情だった湊さんはそれを崩して、優しいまなざしで私を見てくれた。私はあまり話したことはないが、意外と良い人なのだろう。

 外で馬車を待つ間、ほんの少しお喋りをする事にした。彼女は私のことが知りたいみたいだし、私だっていくら調べても素性不明な湊さんの事はしりたい。


「あまりあなたとは話したことがなかったわね。私は成瀬三姉妹の長女──つまり、雫石家の当主は私の弟なの。あなたは成瀬茜になるわけよ」

「え、あの成瀬三姉妹の──」


 敵に回すと怖い成瀬家だが、人望は厚い。そして貴族の中では珍しく子沢山で、三姉妹と三兄弟がいる。

 男共の内、きちんと今も立派にやっているのは一人だけ。一人は亡くなり、もう一人は追い出された。

 ほとんど使い物にならない男共よりも強いのが女共だ。跡取りは次女だが、三姉妹共女学院ではなく、立派な共学に行った。その為なのか、三姉妹はかなり怖いと噂がある。

 成瀬家の怖いところは、貴族なのに生まれた子供を公には明かさず、ひっそりと育てるところだ。そのため、共学に通えるわけだ。しかし念のため、偽名でずっと生きていたという。──だから、成瀬家の女とは知らずに私の父親は気軽に触れてしまったのだ。


「さっすが噂好きなだけあるわね。今、本家には次女とその家族と私の両親しかいないわ。余裕で余っているはずよ」


 褒められているのに、かなり複雑だ。成瀬家三姉妹の次女は次女で栗崎家に嫁いでいる。気に入らない店があれば潰す、名塚地区の管理役をつとめている気性の激しい家に。

 幸せを手に入れるのはいいけれども、少し怖いな……。成瀬家の今の立場は完璧に楓様寄りだ。そこから久遠家の娘である空を裏切ることになりそうで心配だな……。

 そこに全身を黒でまとめた女性が現れた。


「あ、来た来た。遅いじゃないの、乃愛」

「お姉様、やはり離婚なされたのですね。栗崎家の計画には関わりたくないとか散々言っていたのに」

「気が変わったのよ。前の奥さんが家出の形でいなくなったから気になって調べてみたわ。直接会ってお話して決意したわよ。あんな男には価値がないって」

「お姉様の目が覚めてとても嬉しいです。乃愛はこれ以上無い幸せを感じております」

「そう。──ごめんね、四人も連れて帰る事になって」

「いえ。お母様は大変喜んでおりました。『ミナトにも子供が四人出来たわ! しかも、一人はあの男から奪取しただなんて! 素晴らしいことだわ! 』──と」

「あら、そう。乃愛、子供達を乗せてくれる? 」

「はい」


 当主のような冷酷さを持つ乃愛さん。声もほとんど感情が無い。

 しかし、先ほどの会話は噂を超える酷さだった。栗崎家は計画を立て、気に入らない店を潰している──。例え、栗崎家関係者がそのお店に関係していても、容赦しないだなんて怖すぎる。

 六歳の子、湊さん(四歳の子を膝に乗せている)、その横に私、更にその隣に乃愛さんが座った。つまり、成瀬家のお二人に挟まれた。


「前から清水家はターゲットにしていたのよ。現当主の女癖の悪さ、洋服屋はほとんど息子に任せきり。気にくわないわ」

「茜、あなたはあの男がどれくらいの女性と付き合っていたか知ってる? 」

「酔っ払って帰ってきた時に聞きました。五人と付き合っていて子供はお前ら以外にもいる、と」

「──乃愛、あの男殺したいわ」

「──お姉様、私もです」


 二人は殺意のこもった目でどこかを見ている。

 ……冷静に考えたら、成瀬家って雫石家と親しいわね。じゃあ、私……本当に……。


「あの、葵の事はご存じですか、乃愛さん」

「葵? ──昔、会ったことがあります。とても利口で賢いお嬢様ですよね。私はいつか目覚めてくれると信じていました」

「最近はどうなのでしょうか」

「私にもお仕事があります。それに、葵の年頃は少々扱いが難しいもので会うのはやめています」

「……そうですか」


 葵のことは昔から羨ましいと思っていた。従姉妹がたくさんいて、その上、華京地区の管理者である花桜家と仲良し。正直、私もその立場にいたかった。

 乃愛さんの言葉からして、花桜家にも欠点はあるのだろう。いや、それどころではないかもしれないけれど。


「本当は、次兄を婿にやって乗っ取るつもりでした。花桜家の長女は成瀬家のお話にきちんと耳を傾け、了承してくれました。少し疲れたような顔をしていましたが……何はともあれ、それで全ては上手くいくと思っていたのです。──でも、花桜家の長女は無惨にも殺害され、長兄はしばらくして精神を病み、亡くなりました。だから今回りくどい事をしているのですよ。茜さんもいつか利用されるかもしれないのを覚悟してくださいね」

「──はい」

「それにしても、あの男も私の演技によく騙されたわね」

「ええ。前の奥様の素性を知ろうともせずに死んだことに驚いてましたね」


 前の奥様? 私の母親は、確か……。あれ、名字は……?


「──この近辺ではかなり名を知られている情報屋。彼女は娘には名字を伏せて欲しい、と」

「お姉様、着きました」


 厳かな雰囲気の花桜家とは違い、和洋折衷という言葉が相応しい屋敷だ。昔ながらの和風のお屋敷が手前にあるが、奥には栗崎家用のものと思われる洋風のお屋敷が見える。

 和風のお屋敷の前では、当主が笑顔で待っていた。


「ミナト、一時はお前に失望したけど、やはり戻ってきたのね。お前は大事な長女なのだから、もう二度と騙されないでおくれ」

「分かっているわ。一応、私妊婦だからお部屋に行くわ。3人の事は任せたわよ、お母様」

「ああ、そうしておくれ」


 当主は噂に聞いているほど、冷酷でもなければ無表情でもない。先ほどからころころ表情を変える、少し変わったお方だ。

 先に湊さんを入らせ、付き添いで乃愛さんも行ってしまった。つまり、ここには私の義理の妹と弟、義理の祖母と私しかいない。


「ええと、マリ、壹宮。それから茜。あなた達はこの成瀬家のお屋敷の三階を使いなさい。それぞれにお部屋をあげるわ。もちろん、皆同じ広さのお部屋よ。私は差別をしないもの。優しい優しい祖母ですから」

「わあ、ありがとう、おばあさま」


 マリ、イチミヤ。漢字は分からないけれど、それが湊さんの子供の名前なのか……。

 二人をひとしきり抱きしめたり、撫でたりしたあと私をぎゅっと抱きしめた。私はただただ驚いた。


「やはり、あなたの父親は愛情が分からない人間なのね。昔から変わらないわね……本当に」

「……確かに、私の父親はこんなに抱きしめてくれなかった」


 やっと、私は長兄と次兄のことを理解できた気がした。長兄も次兄も、自分の父親の異常さについて気づいていたから反抗したのだ。決して、父親が嫌いだからとか呆れたからとかじゃない。父親が好きだからこそ、元に戻そうと反抗してみたのだ。今回、家を出たのも父親に引き留めて欲しいと思っているからだ。

 ──でも、父親は気づかない。お金儲けと女性に貢ぐこと。それが父親の趣味。必死に貢いで手に入れた女性の子供ならば、眼中にあるかもしれないが、半ば強制的に結婚したという私の母親や湊さんの子供は眼中にないのだろう。

 しばらく抱きしめてもらった後、離れる。私は本当の笑顔で二人の義理の弟妹に向き合う。


「じゃあ、一緒に遊ぼう」

「うん、おねーさま」

「もちろん、遊ぶわ、おねえさま」


 私はやっと、やっと、普通になれる──。それがたまらなく嬉しい。もう、噂をきっかけにいろんな人と仲良くしないでもいいんだ。こうやって、弟妹と遊ぶことも許されるのね。

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