參 久遠空──七月十三日
私はここ最近、とある貴族と仲良くしている。茜の情報も確かに役に立つけれども、やはり正確なものが欲しい。
私は薫ととても仲良しだった。なのに、両親はそれを引き裂き、薫とその母親を嫌うお嬢様になるよう指示したのだ。憎くてたまらないが、いつまでも両親にそのような感情を抱きたくない。だから、茜以外の情報が欲しかった、というのもあったりする。
女学院にはかなり連続して通ったので、お休みすることは許された。だから私は雲雀丘に無事行くことが出来たのだ。
「凄いお屋敷……」
雲雀丘の貴族は洋装なので、私も洋装をした。両親は不思議そうな顔をしていたけれども、多分大丈夫。会う相手は羊羹が好きだと告げたら、喜んで羊羹をくれた。──お金を払わないといけなかったけれど。
たどり着いたお屋敷は華京の貴族とは比べものにならない大きさ。西洋風のお城みたいだ。
私が眺めていると、使用人が出てきた。
「空様ですね」
「はい」
「こちらへ」
使用人もかなり可愛らしい服を着ている。私も着てみたい。……なぜ、花桜家の大爺様はこういう洋装を嫌がるのかしら。
──案内された部屋には、洋装のお嬢様がいた。私が会おうとした相手だ。
私は久遠和菓子屋の羊羹を渡す。
「あの、初めまして」
「いらっしゃい、久遠の可哀想なお嬢様」
「……え? 」
「ねえ、そこのメイド。早く羊羹を切ってくれない? あと、羊羹に合うお茶も」
「かしこまりました、お嬢様」
「私、久遠の羊羹が大好きなのよ。ありがとうね、羊羹」
箕作真莉愛。ここの当主の夫人だが、子供はいない。そのためなのか、メイドも彼女の事を奥様ではなくお嬢様と呼ぶ。
本人も子供のようにはしゃぐ事が多いのは有名な話だ。私もそこから気軽に話せそうと思い、会おうと考えたのだ。
「あ、そういえば周りには内緒にしておいてほしい、とはどういうことなのでしょうか? 」
「私はなるべく誰にも会いたくないの。だって、私は誇り高い五大貴族の中でもトップの当主夫人なの。そうそう会っていいものではないわ」
「え? 」
「私があなたに会いたいと思ったのはね、決して羊羹目当てではないの。あなたの現状を直接知らせたいと思ったのよ。とてもとても、危険だから」
「……! 」
そこへ、羊羹とお茶が運ばれてきた。中々高そうな本格的な和風の器と皿。羊羹好きは本当らしい。
すると、彼女は目を輝かせ、羊羹を口に入れた。笑顔で食べている。
「わざわざ夫に頼んでいつも久遠の和菓子を食べていたけれども、やっぱり格別だわ」
「……それは、とても光栄ですわ」
「あ、じゃあ、話すわね。そもそも薫のお母さんとあなたのお父さんはとても仲良しだったの。二人で久遠和菓子屋を細々と経営しながらの暮らしは端から見てもとても幸せそうだったらしいわ」
「それでは、お父様は何故すぐ再婚を? 」
「落ち込んでいた彼に歩み寄った女がいたのよ。その女が彼を励まそうと親友を紹介したわけ。まあ、その女の親友かは分からないけれども」
「でも、歩み寄ってきても拒めばいい話ですよね」
「最愛の人を失って何もする気が起きないのよ? 周りは全く見えていない。しかも、薫の母親の両親はちっとも励まそうとしなかったのだから」
「それで、お父様は──」
「あれよあれよと結婚話は進んで薫を連れて再婚。しかも、新しい奥さんは女学院ではなく、共学の経済部を卒業しているわ。久遠和菓子屋はいつの間にか乗っ取られてしまったわけ」
唖然としてしまった。私のお母様はかなりの高学歴だとは聞いていたけれども、とりあえずある程度出席すれば良い女学院よりも凄い学校とは……。
真莉愛さんは平然と羊羹をパクパクと食べ、時々お茶をすする。
「今の久遠家の方針はあなたの母親が決めているのよ。母親は低学歴な薫の母親が大嫌い。だから、薫の存在も許せない。せめて空には女学院以外を通わせたい。──あなたも高等部を卒業したら覚悟しなさい」
「あの、反抗は、出来ないのですか? 」
「もちろん、出来るわ。いくら計算高い彼女でも娘の反抗までも計算は出来ないわ。今度は薫を連れてきなさい。たまには彼女にも遊びを教えてあげるから」
「お嬢様! そう人数を簡単に増やされては困ります! しかも華京地区の者で──」
「貴族ではないのだから良かろう? そもそも、それがお前の意見ではなかったか」
「っ──。分かりました」
「メイド数人を久遠和菓子屋で働かせたいのだけれども、どうかしら」
「ええ、もちろん。薫が働いているのですから、手は足りていません。ああ、でも、給料が──」
「給料はいらないわ。それならば、いいかしら」
「はい」
ご機嫌良さげな真莉愛さんは、いつの間にか羊羹を平らげていた。
使用人に対して怒るときは何だか、華京地区の貴族みたいな口調になっていた。彼女はそこからここに嫁いだのだろうか。
「私の素性が気になるかしら? でも、ダメ。今は教えられないわ。彼女がいなくなるまでダメ」
「あの、彼女、とは──」
「元、親友よ」
「……」
茜の知る情報は、私達同世代の情報が精一杯で、それより上となると噂話の方が多くなる。清水洋服店の常連さんが長兄と会話をすることがあるからそれを盗み聞きしてるわ、と茜は言っていた。
もちろん、それ以外にも情報収集する場所はあるらしい。茜は箕作家について、奥様にはかなり重い過去があるらしい、とだけ話していた。つまり、奥様の過去は聞いてはならない、触れてはならない、禁断のものなのだろう。
「ねえねえ、少しお話しましょう? 」
「え? 」
「小泉家、知っているかしら? 」
「確か、約20年前に四家から没落した貴族ですよね? 跡継ぎが居なくなって、その全ての財産を今の四家の一員、彩龍慈家が引き受けたという」
「へえ。誰から聞いたの? 」
「ええと、その……物知りなお姉さんに聞きました」
「そう。そうなのね」
少し寂しそうな顔をした後、ソファの上にある紙を手に取り、私にくれた。──そこには、貴族の個人情報がびっしりと載っていた。
貴族でもない私が見ても大丈夫なのか心配になった。ふと、真莉愛さんを見ると、にこにこ笑っていた。あ、見ても大丈夫なのね。
「それにしても凄い量ですね……」
「華京地区の貴族ならばみんな載っているわ。それ、あげるから役立てなさい」
少しめくると、消滅した貴族もいくつかあった。今はもうない貴族まで。
なぜ、これが載っているのだろうか。