貳 雫石葵──七月十二日
私は最近、とあることを趣味としている。
それは、刀だ。もちろんお父様に見つかればはしたない、と怒られてしまうのでそれなりに刀を持っている楓様のお家に通っている。
楓様のお祖父様にあたる基さんがどうやらかなりの刀好きで、若い頃たくさん集めたのを今でも保管しているとか。
──八重には少し申し訳ないけれど、私は花桜家を裏切ることにする。階段から突き落とされて以降、楓様派の先輩達の話題は専ら私のことだった。
「いらっしゃい、葵さん」
「お、お邪魔します」
楓様のお母様、椿様が迎え入れてくれる。とても美しい。
その後ろから楓様がひょこりと姿を見せた。今日は女学院にいる時よりも明るい色の和服を着ている。本当はこんな色が好きなのだ。
「今日は三石家秘蔵の刀を見せるわ」
「え、でもお祖父様が駄目だと言っていたから無理、と楓様は言われましたよね? 」
「よく分からないのよ、私にも。お祖父様がお部屋にいらっしゃいって言うから……」
楓様のお祖父様は奥の部屋にずっと籠もっているのに、何故? ……よく分からない人だなあ。
お部屋に着くと、刀を手にしてにこにこと笑う老人がそこに居た。車椅子に乗っており、膝掛けをしている。ただ、その膝掛けの下の膨らみは、ない。
「わしは約20年前に大火事で命からがら逃げたしたのだが、結果的に多くの親戚、そして妻、わしの足を失ったのだよ。椿だけが外傷無しで助かったけどのう……」
「お祖父様、その話はいいから。刀を見せてください」
「おお、そうであった、そうであった。ほれ」
かなり長い刀。傷が多少あるけれども、中々良さげな刀だ。
でも、何故急に私に見せてくれたのだろうか?
「そういえばお祖父様、これが玄関にあったというのは本当の話なの? 」
「ああ。ずっと行方不明だったが、丁寧に包んであったのう。少々傷と血の臭いが残っている所から見て盗んだ奴はかなりの大量殺人を起こしたんじゃろうなあ」
「呑気に言わないで。事件なのよ? 」
確かに、この刀は少々血なまぐさい。こんなので料理なんて出来やしないだろうから、殺人を……?
しかし、貴族達は毎日のように事件を起こしている為、推測は難しいだろう。──それも、全てひた隠しにされてしまっている。
「今はかなり平和だが、わしの若い頃は殺人事件が日常茶飯事じゃった。毎日のように家族ごとまとめて殺され、貴族達は弱っていた時代もあったのう」
「へえ。犯人は捕まったのですか? 」
「捕まっとらん。被害者は低級貴族ばかりじゃったからのう、上も無視を貫いたというわけなのじゃよ」
「それは……」
楓様が私の袖を引っ張る。あまり介入するな、とのことだろうか。私は言葉を止め、改めて手元の刀を見る。
この刀は、一体何人の命を奪ったのだろうか。
お祖父さんのお部屋から出て、私達は屋敷近くの喫茶店に行くことにした。ここは楓様と親しい者以外はあまり入れないらしい。
喫茶店には三石家と親しい数々の名家の娘達がいた。
矢鳥家、尼島家、栗崎家……。花桜家と親しくしていたら会うことはない貴族の名家の娘達と一緒にお茶をするなんて。あり得ないことだ。
「葵、今回は雫石家を歓迎するという事も含めて、これほどの人を呼んだのよ」
「お父様も合意されたのですか?」
「ええ。成瀬利明……知っているわよね? 彼が花桜家から追い出された事により、成瀬家は花桜家から離れる事にしたみたいなの。当主は、確かに彼は使えないけれども追い出してしまうなんて、と笑っていたわ。葵、あなたのお父様はこの件の事から三石家に味方したいと思っているらしいわ」
「なるほど、それで……」
成瀬利明。私の優秀なお父様、利秀の末の弟でありながらも中々結婚出来なかった男。やっと結婚したと思ったら相手は花桜家の娘、お菊。この事に私のお父様を含む成瀬家は大喜びしたみたいだけれど、出来た子供は両方共女の子。この事に成瀬家は失望。
その後、今から数ヶ月程前に花桜家の大爺様の逆鱗に触れ、花桜家を追い出された。成瀬家はついでに彼を追い出したが、追い出された原因について笑い、花桜家に失望した。
──と私は聞いている。
「それじゃあ、これから長い付き合いになるから自己紹介をしましょう。私は栗崎洽。この中では一番年上の二十歳。よろしくね、葵」
「私は尼島光。十八歳。よろしく、葵」
「わらわは矢鳥彩菜。十二歳じゃ。うぬの事はよく聞いておる。よろしく頼むぞ」
「は、はい」
私はとても緊張してしまった。こんなに格上の相手……。
すると楓様は真顔になり、とあることを話し始めた。
それは、驚愕の事実だった。