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華京女学院~闇に咲く乙女たち~  作者: 神崎美柚
第貳話 変わっていく、状況
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髭 雫石葵──失踪事件から六十七日

 私は三日振りに登校した。早速八重に話しかける。


「おはよう、八重」

「あ、おはよう。葵、もう大丈夫なの? 」

「ええ。すっかり元気よ、八重は? 」

「あ、うん……」


 八重はどうやら悪魔がいなくなって寂しいようだ。まあ、そうでしょうね。

 私は八重を励ますためにお話をした。八重の大好きな楽しい楽しいお話を。


 私は放課後、四階に行った。八重も心配だが、私は楓様に会おうと考えていた。

 四階に上がると、廊下に楓様がいた。


「あら、葵」

「こんにちは、楓様。悪魔はどうなりましたか」

「さっさと辞めたわ。家からもいなくなったみたいだから感謝されたわ」


 ふと見渡すと、四階は楓様のお部屋以外閉まっていた。それも南京錠でしっかりと、丁寧に。楓様が廊下にいたのは閉めるためだろう。

 ──楓様以外いなくなるのだろう、きっと。


「驚いたかしら? 繰祢は卒業までに回復するか分からないみたいだから閉めたの。他の二人もそうよ」

「当然のことです。三人は──」


 私は思わず身を乗り出して言ってしまった。途中で口をつぐむ。これではまるで、桔梗様も含めた三人の不幸を願っているみたいだ。二人はともかく、八重の姉である桔梗様の不幸は願ってはならない。


「あの、楓様は桔梗様が戻ってくるわけがないと思っているのでしょうか」

「戻ってきてほしいわ。でもね、学院が決めたことなの。学院長様が閉めなさいって。待ち人は現れないはず、と」

「……良かった、それなら納得です」

「家は敵対していても、娘同士は仲良くするわよ。親が決めた事に普段は従わなければいけないけれど」


 楓様は悲しそうな顔になった。やはり、四大貴族は仲が悪いのだろう。大人達の決め事に従い、動くだけの楓様はどのような思いでいるのだろう。

 楓様はすぐに笑顔になり、私を部屋へと案内した。楓様派の数名の先輩達が先に紅茶を用意して待っていた。


「今日はここにいる人達でお茶会をしましょう」

「はい、楓様」


 私はその先輩達に睨まれたような気がしたが、楓様に促され、お茶会に参加した。


 お茶会はとても楽しいものだった。桔梗様が死んだという確たる証拠が出れば、即座に楓様派に移りたいぐらいだった。

 先輩達と共に部屋から出る。四階から降りている際に、その先輩達の一人が私を押した。危うく転げ落ちるところだったが、無事だった。

 それを見て、先輩の一人が笑う。


「あら、残念。腕の骨を折ってくれれば私はとても嬉しかったのだけれど」

「どういうつもりですか? 」

「花桜家に媚びを売ってお店の規模を大きくしている雫石家が気に食わないのよ! あんたも花桜家側でしょう? いつも花桜八重と一緒にいるわよねえ。なのに楓様の側に居ようだなんて、許さないから」

「──私が、桔梗様派から完全に離れていないからですか? 」

「例え離れたって許さないから」

「そうよ。雫石家と花桜家は私達楓様派にとっては敵なのだから、許しはしないわ」

「まあまあ、二人とも、楓様に聞こえたら危ないわよ。ほら、行きましょう」

「──許さない」


 二人の二年生と一人の三年生。雫石家の在り方が気に食わないみたいだけれど、どうしてなのだろう。お母様は雫石家については口を噤んでいるし、どうしようもない。

 なぜ、部外者が、雫石家の事をそこまで悪く評価しているの?

 ──私がぼうっと立っていると、八重がやってきた。手には大量の本。おそらく、桔梗様の事を未だに調べているのだろう。無駄なのに。


「葵も残っていたのね。あの、本、持って欲しいのだけれど………」

「いいわよ」


 持った本には『詩の書き方』、『乙女の教養~詩~』。──ああ、そういえば桔梗様は詩をこっそりと書いていたわね。まあ、行方不明になる際にほぼ全て持ち出したみたいだけれど。


「お姉さまの残した詩がよく分からないの。だから表現方法を調べて、ついでに私も詩のお勉強しようかなあって」

「そう。分かるといいわね」

「ええ」


 八重にはおそらく無理だろう。昔から感受性豊かに育てられた桔梗様と違い、全てにおいて制限されてきた八重。おそらく、理解出来ない事だらけだろう。今も授業は個別で受けているし。

 今だって私の考えている事なんてさっぱりだろう。幼なじみだからほんの少し意志疎通はできるが、他の人達とまともに会話が成り立った事はあるのだろうか。──あ、そもそも会わないようにしているのか。

 本を持って歩き出す。一階まで降りた所で、八重が急に立ち止まった。


「ねえ、葵。試しにお姉さまの詩を読んでみてくれない? 」

「持っているの? 」

「ええ。お母様はこういうのが嫌いみたいなの。家に置いていたらきっと捨てられてしまうわ。お姉さまも詩とか絵を持ち歩いていたみたいなの」

「へえ。それなら、教室で一回座って読もうか」


 八重はうん、と頷いた。

 八重に渡された紙は中々上質な物。この辺りに住む貴族が好んで使う華京和紙だ。その事にまず驚いたが、きっと、お屋敷の中にたくさんあるのをこっそりと拝借したのだろう。

──『自由に、空を飛んでゆきたい

私はまるで囚われの姫君 いつになったら自由に飛んでゆけるの?

牢番は私に関しては文句は言わない それならなぜ私を縛るの?

王様は私と会おうともしない

 それならなぜ私を牢屋に入れたの?

誰か 私を』

 これはよくある比喩表現だろう。文字の授業で習った。王様はきっと大爺様。あれ、牢番は誰なのだろう?

 しかし、八重が悩んでいるのはその前だった。


「さっぱりなの。なぜ、お姉さまが囚われの姫君だと言っているのか分からないの。それに、牢番、とか王様、とかなあに? 誰のこと? それに、私達はお空を飛べないわ」

「……簡潔に言ったらね、あなたのお姉さまは助けを求めているの。苦しい、助けて、って」

「でも、お姉さまは私みたいに窮屈な暮らしはしていないわ。お姉さまはいつも自由で、ほんわかしていて私の憧れだもの」

「──理由は私からは言わないわ。それは自分で見つけて」

「えー」


 きっと言ったら私はここにいられないだろう。先ほどから寒気がするのだ。ここまでべらべらと喋っている時点で私は危ない。

 桔梗様の本心は明かさない方が八重にとっても、周りにとっても幸せなのだ。私はそう自分に言い聞かせ、和紙を八重に返す。


「早く帰ろう。今の時間なら八重のお母様と大爺様はいないわ」

「そうね。あ、でも、この本は葵が持っていてくれないかしら? 私の名義では本が借りられないから葵の名義で借りたの。見つかったら怒られてしまうわ」

「それなら、私のお家に寄ってからにしようか」


 とは言え、私の父親はこういうのには苦い顔をする。男性ならば誰しもそういう反応をするだろう。ひどいお家では本を燃やされるらしい。

 ──そうだ、あのお家ならば。


「お母様の実家に置きましょう。お母様はお父様に見つかりたくないものを置いているの。お母様もそこに住んでいるし安全よ」

「わあ、ありがとう」


 先ほどの先輩達の言葉を借りるのならば、この状況ですら花桜家に媚びを売る雫石家、にしか見えないのだろう。私は楓様派になりたいのか、それとも、今までどおりでいたいのか。決めかねている。

 でもそろそろ、決断をするべきなのだろう。


 私にとってはほとんど記憶のない曾祖父が始めた小さな仕立屋。曾祖母と結婚をしてからは更にお客様との交流を何より大事にしたという。私のお母様にはお勉強よりもお客様との交流の大切さを教えたらしい。お母様はこの辺りの商人の娘にしては珍しく、女学院には通っていないのだ。その方針が馬鹿らしい、と思ったのか、お母様の妹はさっさと家を出た。

 しかし、小さな仕立屋は曾祖父が亡くなると、祖父が急に大きくした。いままで曾祖父がお母様の為に貯めたお金を使い果たして。お母様は憤慨し、一時期別居したらしい。今でもお母様はそこで寝起きしている。


「ここだよ。小さいけど、いいかしら? 」

「絵本で見た秘密基地みたいで素敵だわ」


 空想のお話が多く、現実味のない絵本だけは読むのが許されているのだろう。そんな絵本をたくさん読んできた八重はまるで幼い子供の様に、小さな元仕立屋を眺めている。

 私はそそくさと本を持って二階に上がる。今日はお母様はお休みなのか、二階にいた。


「あら、どうしたの? 」

「この本を借りたのだけれど、お父様はこういうの嫌いだからここに置こうと思って」

「ふふ、そうね。あの人、私が書いた詩を見てその紙を破ったのよ。せっかく高級な紙を買って書いたのに。まあ今となっては淡い思い出だけれどね」

「……数日したらまた取りに来るわ」

「分かったわ」


 私はお父様とお母様がいつ離婚してもおかしくないということをよく分かっている。しかし、離婚をすればお互いにとって不利になってしまうため、絶対しないのだ。

 だからこそ、私はお母様と接するときはとても気をつけている。


 八重から残りの本も受け取り、八重を見送った。八重はこの小さな仕立屋が気になったみたいだが、私は詳しくは言わなかった。──寒気がする。

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