one day in parallel universe
目が冴えるとそこは、よく見慣れた、ではなく先週お世話になった中世の辺境を思わせるような田舎じみた街並みだった。
実は盛大なドッキリがまだ続いてました、とかそんな落ちを期待していなくもなかったが、そうは問屋が卸すはずもなかった。
「…ほら、何やってるんデスカ、時間は有限なんデスカラ」
「嗚呼、今行く!」
先発組にせかされながら、ゆっくりと大地を踏みしめ前へと進んでいく。
「いやー、でもまさかまたここに来るとは思わなかったっす。しかもこんなへんてこなメンバーで」
辛らつな言葉が口から出ているリュウだがその顔はとても晴れやかだ。
案外人と話すのが好きなのかもしれない。
「はあ…」
「どうかなされましたかカミュさん。」
「イエ、何でもないデス」
対照的にカミュの表情はすぐれなかった。
何故かこちらを睨まれている気がしなくもないが、全く持って検討がつかない。
ヒノに相談に乗ってもらったがやはり彼にも理由がわからなかったようだ。
あとで謝ったほうがいいかなぁ…
ともかく、優先度は低いとみてこれからのことを考える、考えなしに行動して倒れる結果になっては元も子もない。
医者にも無茶な過密スケジュールを窘められたこともあった。
いや一時期ホントに倒れてもいいくらいの重労働やってたの原因なんだけど。
「それで、これからどうするんだ?」
一応何をやるべきか大まかな指示は出されたものの、そこから先は完全に個人の判断で決める必要がある。
一応、そういうことに詳しそうなヒノに直接聞くことにした。
まあ、返答というか、答えは当たり前で建設的なものでつまり
「-まずは、当面の寝床と、活動資金の確保、だな」
生活拠点と資金の調達といったところだった。
泊まり込みで宿泊代と食事代は支給されないから、絶対に直面する問題なわけだ。
今よく思うと結構劣悪な環境かもしれない…その分給料もよかったからとんとんといったところだろうか。
もしかしたら、日本円をこちらのお金に換金するサービスもどこかでやっているかもしれない。そうすることも考慮してのあの羽振りの良さだとするとなかなか良くできているじゃないかとも思った。
まあ、そんなお金もないんでどこか実入りにいい日雇い業を見つけなくては…
「あ、そういえば『茶熊亭』なんてどうだ?なんてったって最初にお世話になったとこだし」
「そうだな、あそこなら、何か仕事ももらえる、はず」
そうと決まれば善を急げだ。
機先を制せばそれだけ有利になるのと同じ理屈で一同『茶熊亭』へと向かうのだった。
◆
そしてやってきました『茶熊亭』。
なにか前よりも店全体が活気に満ちているように見えた。
今は気にしてもしょうがない、中に入り店長を呼ぶことにする。
「お邪魔しまーす。店長ー、一寸相談が…」
「い、いらっしゃいませ…お客様。」
中に入り、店長を呼ぼうとしたときに真っ先に目に入ったのはウェイトレスの服を着た犬耳の少女だった。
数舜、体が硬直する。
まさか店長、一週間も見ないうちに廃業s
「おうこら坊主、なに変な誤解してんだ」
「あ、店長。やだなーそんなのしてませんってば」
ちょっとした茶目っ気のつもりなんだが、まあ男がそんなこと言っても嬉しくもなんともないわけで。
とにもかくにも本題にはいる。
目の前の少女に対しては後回しだ。
「あらためて、久しぶりです店長。一寸相談があるんですが…」
「相談っつーのはあれか?宿と仕事を提供してほしいってことだろ」
「そうですけど、やけに察しがいいですね?」
その問いに、店長はにやりと笑いかけながら自慢げに答える。
「んなもん決まってるだろ?お得意様なんだそっちのお偉方ともよ」
まあ、要はこの人もあの件には一枚も二枚もかんでいたというわけか、宿の提供もしていたくらいだし普通にあり得る話ではあった。
「それで、どうにかなりますかね。もちろん別の方法で稼げるようになるまででいいんです」
「ふむ、そうさな。」
店長は俺たちをじっくり見定めて考え込んでいる。
「ヒノ坊とお前に関しては住み込みの日雇い労働ってことで安めのにはなるが都合つけられなくもないな。他の三人は…部屋が足らんかもしれん」
「そこを、何とかならないか?食事はまた別で、部屋は二つで」
「それなら大丈夫だ。早速で悪いが昼か夜のどっちか入ってもらうが構わんよな?それとツナ坊に一寸頼みたいこともある」
「俺ができることなら構いませんけど…何をすれば?」
二つ返事で了承したら、店長は助かったといった具合で一息ついた。
はて、そこまで大したことはできないのだけど大丈夫だろうか。不安が募ってくるものの受けたものは責任をもって満了するべきだと意気込みを新たにする。
「最近買ったコイツの教育を頼みたいんだが…」
…最近買った、…まさか奴隷?
そういえば、目の前には容姿の整った犬耳の少女が…
「店長!?アンタまさかそういう趣味の紳士だったんですか!?俺でもさすがにそっちの教育はできませんよ!?」
「落ち着け誰が紳士だ!そっちの教育じゃなく給仕の心得教えてくれって言ってるんだよ!」
鉄拳が頭にクリーンヒットした、すごく痛い。
なんの教育かは聞かないでくれると嬉しい、特にいまこの話を聞いてきょとんしているルーと年少組には絶対に。世の中知らないほうがいいこともあるんやで…
頭をさすりながら、今はとりあえず店長の話をうかがうことにする。
「あつつ、それはいいんですが。奴隷なんて物騒ですね…いやこっちでは当たり前、なのか?」
まさか、初日でお目にかかるとは思わなんだ。この様子だと割と日常的に見るかもしれない。
そう思うとなんだか複雑な気持ちが芽生えるが、これはおそらく人の命がお金でやり取りをされることの嫌悪感と、ちょっとしたカルチャーショックという奴だろう。
早めに慣れとかないと苦労しそうだ。
店長はそのあたりの事情も分かる範囲で説明を入れる。
「こいつは奴隷じゃねえんだが…まあ奴隷はもうこっちの経済資本の一つだからな。そりゃ人一人の金額は高いなんてもんじゃないが、一度払っちまえばあとは最低限の食事と寝床さえあれば、ただ働きでも問題ない。お前らには一寸わからない話かもしれないがな。」
「そう、ですね。」
「で、コイツなんだが最初は普通の従業員を雇おうとしたものの、誰も訪ねて来やしねえんだ。今でも理由がわからんと来た」
その理由、というのは察しがついた。いつぞやの自転車操業の件だろう。
盛況であればその分人も集まりやすいが、まああれは正直やりすぎた感がある。
下手すれば馬車馬のごとく働かせる鬼店主、なんて噂が立っているかもしれない。
聞いた話じゃその日の収入はいつもの3倍はあったということだからそれだけ多く働いていたということになる。
納得の疲労感であった。
それは置いといて真面目に店長の話を聞こう。
「それでだな、誰も食いつかなくて途方に暮れてたんだが、ちょうど奴隷商と行き会ってな。ちょうど仕事探しているガキがいるって話があったからそのガキを預かったにすぎねぇよ。」
「奴隷商が、無償で人を預ける?」
「無償じゃねえな。情報料はきっちりむしっていきやがった。」
「それでも破格過ぎないですか?」
「いや、なんでも親からすでにお金は受け取ってるんだとよ。どうもワケアリの子らしくて集落においていくわけにいかないからというやつらしい」
詳しくは知らねえが、と最後に付け加えて店長は口を閉じる。
その詳しい理由というやつは絶対に気安く聞いちゃいけないやつだとすぐに理解して話を打ち切ろうとすると、まだ何かあったのか店長が言葉をつないだ。
「ていうか、お前もヒトのこと言えねえだろ。それ、『隷属の腕輪』だろう?」
「嗚呼、これはもう機能停止してあるはずなんで大丈夫ですよ。」
「何言ってやがる、使い物にならねえならすでに壊れて腕から自然に外れているだろが」
…ハイ?
え、嘘。そういうものなのこれ?
急いで腕にはめられている輪を取り外すようにいろいろと試行錯誤するものの、出来ない。
今度は壊すのを前提腕ごと叩きつけた。
しびれる。
ヤバイ、後ろの加速少女が相手を石化させんが如きメデューサの目で見つめてくる、なんでか知らんけど。
「あのー、つかぬことをお聞きしますが、これってどうやって外すんですか?店長」
「確かそいつぁ『一番最初にした契約が満了するまで』外れなかった気がするんだが…何を契約したんだ」
一番最初…一番最初っていえば…
-ここにいる間は命令聞いてやるよ-
「ねぇ。」
「な、なんでございましょうか。カミュサン」
「なに、壊そうとしているんデスカ?」
「えっと…」
その場に鬼子母神が降臨したとかしないとか
◆
そんな、茶番劇のあと
店長に言われた通り、けもみみ少女の指導に当たっている。
もちろんいかがわしいものではなく、ごくごく一般的な、接客中の基礎の中の基礎である。
笑顔を振りまき、元気に挨拶。あとはどれだけ効率よく動くか、それくらいである。
ただ-
「あう…すいません。うまく言えなくて…」
「あー、うんしかたないね。誰だって得手不得手はある。」
彼女、どうも口下手ならしく-口下手な奴が多すぎるだろ、ルイトモか-ゲフンゲフン、ともかく色々と試行錯誤を繰り返しながら指導に当たっている。
例えば早口言葉の練習させたりとか日常会話とメニュー表の復唱をさせたりだとかエトセトラetc
ここで、一つ不可解な点が生まれた。
普通に店長やけもみみ少女と会話できる、という点だ。
普通異郷の地に足を踏み入れれば言葉が変わる、というのは当たり前だと思う。
日本国内でさえ地方によって様々な方便があるのだ。
なのにここに来た当初から、会話ができた。
ただそれだけならご都合主義宜しく異世界転移魔法(翻訳)かといえたのだが。
どうやら今満足に会話ができるのは俺とルー、そしてヒノだけだった。
-何でもこの一週間で少しでも異世界の言語、文化を理解するためのセミナーが開かれたらしく、そこで多少は学んだようだがまだマスターしてはいないとのこと。…全然聞かされてないことのほうに驚いた。-
…道理で誰も話そうとしないわけだ。
あの時会話ができたのはSFよろしく学習装置で一時的に覚えさせたのか、それとも言語変換機なる未知の機械でもあったのか。
それがなぜ今になって使えなくなったのかはわからないし、もとよりマスターしていたらしいヒノや異世界人のルーはまだしも俺は何故普通に会話できていたのかも不明のままだ。
カミュも話を理解していたわけじゃなく、(経緯はどうあれ)自らの送った代物をぞんざいに扱われことが気に入らなかったようだ。
もともと、いわくつきの物品だったこともあってそこまでこっぴどく言われることもなかったが。
とりあえず彼女にこのことを理解してないことはわかったので伝えるか迷っている次第である。
本当にどうしよう…
「あー私も外行きたかったデス。」
「仕方ないっすよ。まだうまく会話ができないんすから」
そして今、『茶熊亭』には俺とカミュ、リュウが残り、ほか二人は情報収集へと旅立った。
この二人が残った理由としては言語の不一致で余計なトラブルに巻き揉まれないためであり、俺は前述の通りけもみみ少女にいろいろと指導している最中だ。
ついでに世間話もして仲良くなることも忘れない。
もちろん深い意味はない、単純に仕事の連携をうまくいかせるのと単純に友達100人計画のためだ。
…だからその、カミュさん?そんなナンパ男を見るような蔑んだ目で見るのは勘弁してください。
「とか言いつつ、ホントは犬耳としっぽとか触ってみたいなあとか思ってるんデスヨネ?」
「いや全然。」
「えー、ホントっすか?俺は結構興味あるんすけど、どうなってるのかな~って」
「気になったとしても軽々しく触っちゃいかんだろ?仮にも異性の身体に」
当たり前のことを言っているはずなのに不審な目で見られた。解せぬ
「昔世話になったヘルパーさんに何度も言われたんだよ『他と違う箇所があったとして、仮に気になったとしても軽々しく触れてはいけない、物理的にも話題的にも』って」
「それは何となく、別の意味に聞こえるんデスガ。どちらかというと危ないものに近づくなって意味の」
「そのあとすぐに『触るんだったら私のを存分に触ってくださいませ!』とか言ってたから多分そっちの意味だと思う」
「…いったい何を触ってたんでデスカこの変態!?」
「まだ子供のころの話でどこ触ったのかも曖mぷげら!」
全部言い切る前に威力の乗ったアッパーがが炸裂し体が宙に浮く。
あえて、あえて弁明するなら確かあの時は頭を撫でてた気がす…。
この世界の奴隷商人について
この世界の奴隷商は商品としての売買だけでなくワケアリの子供を引き取り国外へと逃がすといったこともやっている。
そういった子供は、貴族の隠し子や双子などの世間に出すとマズイ身分の子供だったり、敗戦直前の国から子供だけでも逃がそうとするなど様々。
最近になって奴隷の待遇改善を求める声が強まったのも理由の一つ、その話は次話以降にて
今回、一部分を訂正しました2015/9/15