いざ異世界へ
「おおっと、なかなかいいタイミングだ。入っていいよ。」
「お邪魔するね、言われたモノ全部用意してきたよ」
そういって後ろに屈強な、明らかにカタギじゃない配達員を待たせて、以前あった少女、五織さんが中に入ってきた。
やはり彼女も一枚かんでいたようで勝手知ったる体でこちらに荷物を運び入れた。
配達員?から荷物を受け取ると、そこまで重くはないことに気付く。
みんなの前まで持っていくと、木之元さんがそれを囲むように見れる位置まで来るように指示した。
全員が集まったのを確認するとこれまた仰々しく荷物を開いて見せた
そこには―
「服…デスカ?」
「わあ、いっぱいありますね。」
女性服から男性服、中にはどっちつかずな衣装も混在している。
女性陣はすでに興味津々といった具合にそれぞれ手に取り物色を始めていた。
「そう、服ね。さすがにそのままの恰好で冒険すると悪目立ちするもんね。だから、そこのイオリちゃんと今は来てないもう一人に協力してもらって、異世界に見合ったカッコ可愛い服を作ってもらったわけ。これがカミュちゃんで、これがルーちゃんね。そして…これがナカアキ君の分」
なぜか最後、俺の分の時だけやけに含みを持っていたのが気になったものの素直に受け取ることにする。
「一応、君たちの個性に合わせて作ったものだからなじむと思うしカッコイイと思うから一寸試着してみてよ。」
◆
とりあえず、言われたとおりに試着はしてみた、だがこれはかっこいいのか?可愛いではないのはわかるが、その…没個性にしか思えてならない。
すでに試着室の外では互いに見せあって楽しんでいる声が聞こえる。
その声から、彼らの衣装はなかなか個性的で堂に入っていることは察せる。
いや、俺も個人的には、悲しいことに似合っているんだけど…
「ナカアキ君も早く出てきなよー、せっかくだからみんなに見てもらわないと。」
あ、これは確実に確信だな。若干笑うのをこらえているかのように聞こえたから確実だ。
まあでもここで足踏みしていても仕方ない。
意を決して外へと一歩踏み出した。
「やっと来たんデスカ…あー、その似あってはいマスヨ?」
「ああ、ありがとう…」
最後だけ疑問形で称賛したカミュの衣装だが暗殺者然とした上着に、よく動くために配慮された長ズボン
そしてチャームポイントなのか青いマフラーがまかれていた。
うん、可愛いというよりは凛々しさが増してカッコよさが際立った。
「そっちも似合ってるよ、でも厚くないのか?」
「ふふん、無駄に最先端と最古の技術を駆使したからそこは気にしなくても大丈夫。春夏秋冬いつでも着れるよ。まあ夏服も用意してあるけど」
疑問点はすぐに木之元さんによって解消される、がホントに無駄な技術だな…。
どうやら異能者3人組はペアルック?そんな感じの色違いの衣装を着ている。彼らはそれで大変満足しているようで五織さんにお礼を述べていた。
「ど、ドウイタシマシテ…」
カミュはやけにしおらしい態度でお礼を言ってくる。
なんというかいつもと違った雰囲気なので少し戸惑ってしまった。
気を取り直してルーのほうを振り返るとさすがに異世界人、ということも合ってかなかなかこちらも似合っている服装をしていた。
コンセプト的には理知的で物静かなエルフの少女、といった感じだ。
「それと、ルーも似合ってる。もうほんとにエルフみたいだな。」
「みたいじゃなくて、エルフそのものなんですけど…」
おっと、失言だったみたいだ。軽く詫びを入れて早速木之本さんに本題に入ってもらう。
「ところで木之本さん」
「なんだいナカアキ君」
「なんで、俺の服装だけ、没個性なんですかね?」
さっきから周りがどう反応したらいいのか判断に困っているような顔でこちらを見てくるんだ。
いやあの、気づかいは嬉しいんだが一寸今の間だけは、気にしないでくれると嬉しいのだが。
だが木之元さんは、それはもうイイ笑顔で言い切って見せた。
「似合ってるじゃん、村人Aの服。」
「そりゃにあうだろうさ、標準服だもの!」
さっきまでわざとぼかしていったのに、わざわざ没個性感出すために記号までつけるとは、木之元、恐ろしい子…!
地味なのベストにその下には長袖のシャツ、そして地味目なズボンと劇でよく見る村人A、Bの服だった。
ああそうですか、私に個性なんて無いんですかそうですか…
そのあとフォローするように五織さんがその服の利便性を語った。
何でも通気性、通風性ともに抜群で日常生活にはもってこいだしさっと洗えてすぐ乾くから洗濯も楽だとか…完全に一般市民服じゃないですかやだー。
そしてもう一つ思い出したかのように付け足す
「あ、あとね。君たちの任務にも最適だと思うよ?市民に紛れて敵情視察…うんなかなかかっこいいんじゃないかな?」
「-まあ、確かにあまり奇抜な格好だと溶け込みづらいか、それはともかくありがとう五織さん」
ひとまず納得はできたのでお礼を言っておく。
ここまで用意するのは苦労しただろうに、それでも彼女は役に立てたことが嬉しそうに笑って返礼してきた。
◆
それぞれが出立の準備をしていると木之元さんに呼び出される。
「どうした、まだ何かあるのか?」
「うん。君に自衛用の装備一式与えとかないとね。えっと―」
そう言って自らの研究所内をくまなく荒らすように探している。
どうやらどこに置いたのか忘れてしまったようだった。
時間がかかりそうだと、ため息ひとつ吐きながら周囲を見渡してみる。自衛ということだから何かしらの小型の武器であることはわかってはいるが、この部屋の内装に明るくない俺では見つからないかもしれない。
ただ物珍しさもあってぐるりと見渡していると、一部分、うず高く積まれているガラクタ置き場のような場所でチカチカと光っているのを発見した。
それがなぜかどうしても気になった。
「なあ、あそこ光ってるんだけど何かあるのか?」
なんとなしに聞いてみただけだが、それを耳にした瞬間「それだ!!」と叫んでガラクタ置き場へ急行する。
そしてようやくお目当てのモノ見つけたようで携帯端末のようなものと何か別の機械が入っている袋を取り出した。
「まずはこれね。君の主要武器」
気軽にひょいっと投げ渡される。
慌てて、何とか取りこぼさないようにつかむが危険物をそんな軽々しく投げないでもらいたかった。
「危ないだろう、武器投げたら。」
「ああ、ゴメンゴメン。一応耐衝撃性上げてあるから大丈夫なんだけどつい癖で。それはいいから開けてみなよ」
言われるがままに投げ渡された袋を開けると、そこには―
「…?なんですか?この棒状の機械は。」
「…木之元さん、まさかスタンガン片手に突っ込めって言うんじゃないだろうな?」
それはもう立派な一物。かと思えばごスマートでお手軽なフォルムのスタンガンである。
スライドするケースにベルトのようなものが取り付けられており、腕に巻きつけることができそうだ。
だが木之元さんは本日に二度目の良い笑顔で。しかも右手を挙げて親指立てて言ってのけた。
「Exactly!」
聞きたくなかった…!確かにモンスターと積極的に戦うわけではないからそれで事足りるとは思うが、いささか装備として見劣りする。
未だによくわかっていないようなので軽くルーに説明をするとおどろいた顔で、スタンガンを羨望の眼差しで見ていた。
「こんな小さいのに雷の魔法を使えるんですか!?」
「しかも人間から大型生物までボタン一つで調整ができて護身のためならこれ一本!あ、でも最高出力でやるとその分消耗も激しいからそのつもりで」
「それはいいとして近距離武器の多い中世でこれ一本で潜り抜けろってのがおかしいだろ!?」
その道の一人者が多いであろう世界で至近距離で挑もうだなんて無茶すぎる。
せめてもっとリーチの長い得物か防具が欲しいと頼んでみたが、木之本さんは話を聞いてくれない。
「あのね、ナカアキ君。リーチが長かろうが一発で戦闘不能にしなきゃその隙にバッサリだよ。遠距離用武器だって訓練してない一般人が使えないでしょうに、一番威力が高くて、かつ奴さんの動きを止めることができる優れものなんだよ?しかもホラ、腕に巻きつけてシャツで隠せば…バッチリ!」
「それはそうだが…てかこれどうやって使うんだ?」
隠せることはいいが、コンパクトなものだから手のひらにまで到達していない、スライド版があるものの固定されているようにびくりとも動かなかった。
その後親指と小指を合わせるよう指示を受けてその通りにすると、シュッと音を立ててスタンガンが袖の中から顔を出した。
「仕掛けとしては、生体電流を感じ取って飛び出る仕組みなんだけど、戻すときは手動でやってね」
「また無駄に、最先端すぎる技術を使って…みんなの分はないのか?」
「下手に持っていってなくされたら困るからね、あまり数を用意できないの。しかも認証機能付きで君しか使えない一品ものさ!」
「金欠けるところが違うような…、ところでもう一つのそれは?」
なんだか異様に気になったそれも一緒に持ってきたのだから何か大事な機器だとは思うのだが
「これは…君の秘密兵器かな?肌身離さず持っててね」
そう言って木之本さんはわらうだけだった。
◆
「さてと、みんな準備は整ったかな?じゃあ最後に今後の方針をいって終わりにしようか。」
そういって木之本さんはわざとらしくせき込み話をつづけた。
「今回は、最初に訪れた街を拠点にして二日間、ようは土日を過ごして欲しいの。もちろんその間にできる限り情報収集してもらいながらね。」
「そういえば、帰るときはどうすればいいんですか?」
「最初の町に転送用のポートが置いてあるの、そこからこの研究所に帰れるってわけ」
つまり、最初の町まで戻らないと帰る手段がないことだ。そうなると当然また一つの疑問が生まれてくる。
「そうなると、町から離れたところにはいけないことになるよな、どうするんだ?」
個人的には当然の疑問を投げかけただけではあるが、目の前の少女はそっぽを向いてどこかぎこちなく口を動かす。
「それに関しては、今はどうすることもできないんだよねぇ。転送ポートの軽量化も進んではいるけど…デザインがなかなか…」
最後の部分がやけに小声で話していたためか聞き取れなかったものの、口ぶりから実現までそう遠くはないだろうと判断する。
…それに日給だし、やることは少ないほうがいい。
「そ、そんな話は置いといて、そろそろ出発してもらおうか、時間も押していることだしね。」
木之本さんが話を切り上げてなにがしかの装置をいじり始めると、目の前に黒い渦が生まれる。
そして居残り組は隅のほうに集まり、こちらを激励してくるのだった。
「ささ、入っちゃって。ダイジョブダイジョブ。怖くないよー」
「みんな頑張れ、とりあえず応援してる」
「あまり無茶しないでね、仲秋君、みんなのことよろしく」
それぞれが思いを言葉に乗せて、俺たちを見送る。俺たちもそれにこたえて少しの間の別れの挨拶を澄ました。
…ん?
「あれ、クーさん来ないのか?てっきりまたサポートしてくれると思ったんだけど…」
「ああ、クーちゃんはこっちでやることがあってね。君たちだけでいってもらうんだ」
「フーン」
いったい何をやるのかはわからない。
ただ下手に機密に触れそうなので、深追いはしないほうがよさそうだと判断して話を切った。
そして、意を決して黒い渦へと足を進めていった。
◆
「…いっちゃったね」
「彼らなら大丈夫。実力も申し分ないし」
「それとこれとはまた別だよ、どんなに強くても心配になることはあるもん」
「…そういうものかな?私は彼のことなら絶対大丈夫だって自信はあるよ?」
「それだけ自信をもって信じられるのもすごいよねクーちゃんの彼氏。どんな人なのかなぁ?」
「多分、伊織の思い人とは真逆の性格だと思う」
「ななな、なんの話かな?さっぱり意味が分からないよ」
「ふふ…」
冒険者たちが異世界へと旅立った研究所では、自分の目の前で甘酸っぱいガールズトークが繰り広げられている。
正直、勘弁願いたいぞこのリア充ども、とモノ申したい気分なのだが完全にひがみなのでそっと胸にしまっておく。
うらやましいなんて、思ってはいない。ぜったいだ。
「さてさてお二人さん?お話もいいけどそろそろ仕事に戻ろうか?ね。」
その言葉でようやく現実に戻ってきたイオリと既に準備をすましているクーちゃんにてきぱきと指示を与えていく。
こちらでもやることは山積みなのだ。
「クーちゃん、今度はこの場所に向かって。また、奴さんが暴れているみたい。今回はあいつより格段に危険度は低いやつだけど油断はしないでね?」
「わかった。二人ともサポート宜しく」
「クーも、気を付けてね?」
「ん」
そう言ってクーちゃんは研究所を去っていく。
本当に休む暇さえ与えてくれないこの現状にいら立ちを隠せない。
でも、ここは譲れないせっかく友人も頑張ってくれているのだ。
絶対に、私たちの日常を侵させはしない。