informaision gathering
大切なものには最後まで気づかない、気づくのはきっと失ってからっていうのはよく聞く話。
―大切なものとそうじゃないものを分けたとしても、それが手元に残るかは別の話。
失ったものは二度と戻らないと人は言う。
―それじゃあ取り戻すことができないじゃないかと俺は言う。
まだ間に合うかもしれない。
―今更どうあがいても無駄だろう。
残されたモノができるのは、なんだろうか。
◆
あれから、慌てるメイナに詳しく話を聞こうとすると、ヒノに止められた。
どうやらすごい形相で詰め寄っているように見えたらしい。相対する少女もどこかおびえた目で見ていたことも相まって、少し間が置かれた。
聞いた話は以下の通りだ。
今日の正午金髪の少女につれられこの町を発ち、そこから今まで何の音沙汰もなかった。その中には主力であるマサトやルーもいたのは確実だということ。
そしてつい先ほど待機組の一人が、這う這うの体で茶熊亭にやって来たのだ。
彼から聞いた通りでは、途中までは善戦をしていたらしく、あと一歩のところまで追いつめていたらしい。
一度、優勢を保ったからかその隙をついたように一気に戦線は瓦解、ひとり、また一人倒れていく中、場は混沌として逃げ惑う人の中、そいつだけが町にたどり着いたという。
…何とも情けない話だと、そう思う傍らそれも仕方ないと理解してしまう自分がいた。
俺だってそこにいても何もできないと知って、自らの命の危険だとしたらなりふり構わず逃げるだろう。
でも違う、そうじゃない。あの二人は、ルーはどうした。
「―ルーちゃんとマサトは、最後まで戦ったんだって、少しでも多く逃がすために。…で、でもこの世界はゲームなんだからきっと元の世界に戻っているって!」
そういえば、この世界が仮想現実であることをついぞ忘れていたようだ。一先ずの安堵を覚える。
「それは、どうだろうか。」
そんな希望的観測を、ぶち壊すようにヒノは語る。
「確かに、この世界は、俺たちにとっての、仮想の世界だ。でも俺たちは、今ここにいる。」
「どういう意味だ、ヒノ。」
「ただでさえ、訳も分からず、連れてこられたんだ。それに、システムに、致命的なバグがある。」
こちらを指さし、断言するように言い放つ。
そうだ、此処のシステムにはバグがある。とても致命的な、ゲームとして成り立たなくするためのバグが二つも。
一つ目は、バグなのか仕様なのかはっきりしないものの最初に指定された方法でのログアウトができない、ということ。もし理由が分からずとも目的がこの世界に閉じ込めることなら死ねばログアウトできるというのは完全な的外れだろう。
もう一つ、俺とルーに関してだ、唯一俺と彼女だけがこのゲームのシステムをすべて使用することができなかった。
これが一番のバグだろう。ゲーム内のプレイヤーとして活躍するために必要なものがそろわないのだ。ただの一般人がこんなファンタジーの世界に飛ばされてもいったい何ができようか。
さらにシステムのアシストがない、ということはもし無事帰れる仕様だとしても俺たちは―
不意に足が前に出る。
「待つっす!今行ったって手遅れっすよ!というかアンタのこと見捨てた奴らのことなんかほっときゃいいっすよ!」
「あそこには、俺のことを心配してくれた奴がいるんだ。初めての友人が―」
「ツナギ、もう、無理だ」
その一言だけが、頭の中で延々と繰り返し聞こえていた。
「これは、ある意味で、不幸中の幸い、かもしれない」
「どういうことっすか?」
「少なくとも、一人は生きている。そいつから、情報を聞き出せば」
「一寸まってよ!人が死んでるんだよ!そんな―」
声が、聞こえる。
おそらく明日に向けての作戦会議だろう。
つい先ほどフードをかぶった青年が、そんな話をしていたのを聞いた気がする。
どうも、先程から現実感というものがあいまいだ。
嗚呼そうか、そういえばこの世界は仮想現実だったか。もともと本物ではなかったな。
それじゃあ、此処にいる俺たちは何なんだ。0と1の集合体か人工知能を積んだデータの塊か。
そもそもの話、もしゲームクリアしたとして帰るべき肉体なんてあるのか―
「―いい加減反応しやがれデス、この似非執事!」
突然わき腹に強い衝撃が襲う、ついでに視界の脇に三白眼で睨み付けてくる少女の姿が見て取れた。
イタイ、そもそもプログラムに痛覚なんて有るのだろうか、俺は普通に知覚しているけども、他はどうなんだろう。
こういったゲームは、大体にして痛覚遮断されるように開発されるはずで、もしそれがなかったとしたらゲームとして成り立たないだろう、そもそも仮想であって虚構ではないのかもしれないが
言葉遊びと言っていいのかわからな…むぐぐ
「ホントいい加減にしろやこの駄下僕!」
「締まってる、締まってますぅ!」
ようやく反応したことに満足したのか、それとも単にタップが聞いたのかはわからないがようやくカミュが手を放す。
そのまま躍り出るように彼女に掴み掛ろうとして、失敗した。
今この身には『隷属の腕輪』なるいわくつきの装備がつけられていて、その影響で自らの主に逆らう等の様々な行為が制限されているからだ。
何か目に見えない力に押し返されるように後ろへと吹っ飛び壁へと激突した。
「ふん、奴隷の癖に主人に危害を加えようとするからデス。」
彼女の言い分は一理ある。
そもそもそういう契約で、彼らと協力関係を結んだのだ。
だがそれを忘れてしまうほど、先程の話は衝撃的だったのだ。
「ツナギ、すまないが、そろそろ、話に戻ってくれ、」
「…わかった」
すぎたことを考えたところで何か画期的な打開策を打ち立てられるわけではない。
いまルーに対してできるのは、無事を祈りながら自らも脱出の方法を探ることだけだった。
「―これから、俺たちは、その生存者に、詳しい情報を、聞いてみようと思う。」
「素直に教えてくれるのかなあ…」
「一緒に帰ることを引き合いに出せば釣れんじゃないすかね。最悪脅せばどうにかなるっす。」
「脅すのは、最終手段、だな」
「ともかく、こんなところでだべっていても時間の無駄デス。早くいくデスヨ、ほら下僕もくるデス!」
「…かしこまりました。」
いまだに引きずる思考を無理に引き上げ、件の生存者を尋ねることにする。
生存者を見て、どう思うのかは今でもワカラナイ。
場所は移ろいここは『茶熊亭』このゲーム一般の始まりの場所である、らしい。
そこにはこの世の終わりを冠したような顔で、隅に追いやられるように一人たたずんでいる青年の姿があった。
間違いなく、彼がその人だろう。
こちらに気付いた瞬間、慌てて目をそらした、気持ち震えているようにも見える。
「すまない、話を、聞かせてくれ。」
相も変わらず、ヒノは単刀直入にバッサリとその青年に話しかけた。
当の彼は何話そうとしない、その顔は気分が優れ無いようで真っ青だった。
「アンタが唯一の生存者だって割れてるんすよ。教えてくれたら駄賃として、このゲームに出る権利をやるっす。人数指定しなかったし何人でもいいと思うんすけどね」
その言葉に、びくりと体を震わせながらも、迷うように口を開く。
ぽつり、ぽつりと当時の詳細を語りだした。
どうやら彼らも似たような経緯で、しかし別の人物から同じ内容の依頼を受理したとのこと。
そして肝心の先頭に関しては、飛行タイプの魔物だったらしく当初は敵から離陸されないように綿密な作戦の下、着実にダメージを蓄積させていったようだ。
このままいけば数刻もしないうちに堕ちる、その確信の中での出来事だったらしい。
まあ、よくある話だ。
突然拘束が外れて、天高くへと飛び立ちそこから一方的に、見るも無残に蹂躙されていったらしい。
…リーダー格というか、要は彼らの主力は少しでも多く逃がすために最後まで残ったそうだ。
本当に馬鹿だろう、勇者願望でもあったのかそれとも単に見捨てられなかっただけか、ここにたどり着いたこの青年は我武者羅に自らのことだけを考えて逃げてきたというのに。
―本当に、救えない―
唯一の生存者である、彼には何ら思うことはなかった。
いや、正確には彼には思うことはあっても、それを行動にしようとする気が起きないといったほうが正しい。
俺が彼を責めるのは自分のことを棚に上げることと同じ、いやそれよりも酷なことをしたのだから元から言える立場ではない。
―祭壇にいた輩はもとから社会不適合者だったり何かしらの事情を持っていただろう、それでも帰るべき場所があったのは間違いはない。
そんな彼らを偶然とはいえ巻き込んでしまったのだから―
これ以上は本当に拙い、此処に閉じ込められてから暗いことばかりを考えるようになった気もする。
彼に何か言ってやりたいが、それはすべて自分に跳ね返ってくるだろう。
それが、怖かった。
「聞きたい話も聞けたし帰ろうか。」
「あ、一寸下僕、勝手に帰るなデス!」
「ツナ兄、どうしたの?」
彼らの困惑した静止の声には耳を傾けず、そのまま外へと出る。
幸い、腕輪は何の反応も示さない。一定以上離れると警告、それ以上離れるとその場で転移、もしくは所持者に居場所が分かるようになっているようだった。
生存者の顔を見ることが無くなりほっとする。
彼の姿は見るに堪えない、個人的に見たくないものの一つだったから。
あとでカミュにしこたま殴られたけど、気にしないくらいに嫌だった。
◆
「おはよう、…どうしたのそんなに眠そうな顔して」
あれから、宿に帰った俺たちはできうる限りの対策を考えることにした。
したものの、物理的に血眼になりつつ最終的に出た結論と言えば、『とりあえず、飛んだら落として、あとはアドリブで』なんて作戦にもなってない行動指標だった。
その話を聞いて改めて彼等が能力者と言うことを実感させられる。
いままで、生活の中で一度も使ったことが無いからだ。
唯一それらしいといえば一番最初に出会ったころに使っていたかもしれない。
まあそれは置いといて、そもそも非戦闘要員の自分が知る必要が無いのでそのまま本番直前と相成ったわけだ。
自らは戦わないのか、という疑問に関して言うなら『yes』とだけ答えよう。復讐が何も生まないとは言わないが、それで迷惑かけるのだけは御免こうむる。
作戦としては、俺とメイナ、あとは依頼人の少女で後方支援をしつつ、異能者三人が前衛に出て一気に畳み掛けるといった陣容だ。
一つ、蛇足ではあるが異能者もすでに今いる三人しかいない。無事出てこれたものもいるかもしれないが、彼らが見てきた感じだとほとんどが突然、自分の能力が強化されたことに自我を失い、一人で飛び出して自滅していったという何ともまあお約束な終わり方をしたらしい。
その中で唯一認識の合ったこの三人が身を寄せ合って過ごしていたそうだ。
何でも、小さいころからの顔見知りらしい。
閑話休題
今は集合時間ちょうど、『茶熊亭』にて依頼人との二度目の対面だ。
なのだが、先日無駄に議論が白熱したために少し寝不足気味なものがいたりする。
メイナとリュウがそれに該当していた。
「問題ない、戦闘の際は、すぐに目を醒ます」
「そう、それじゃあ行きましょうか、魔物狩りへ」