closed world, meet and break up
あの一件以降、ルーは一躍人気者となった。なんせ容姿もよくしかも不思議な力を使えるうえに気取らず、誰に対しても平等に接するのだ。
何より、けがの治療ができるということが、この場においていっそう彼女を持ち上げる要因になった。
このおかげで町の外に出ることを渋っていた人たちが、こぞって彼女に言い寄った。
もしけがを負ったとしても、彼女がいればすぐに直してもらえるだろう、そういう打算と単純な好意が綯い交ぜになっているのではないだろうか。
特に男子はその容姿も相まって告白まがいのことをしてきた輩も出てきたようで、そんなことをルー自身から聞くことになった。
それを聞いて、どこか複雑な気持ちになったのは心の中にとどめておくことにした。
閑話休題
最終日ということもあってか、今回はみんな人里の外へ出てみるそうだ。そしてあわよくばゲームクリアを目指すそうだ。
―優秀な回復薬もいることだしな―
どこかすねた考え方をしてしまうのはルーを他の奴らにとられてしまいそうに思えた焦燥感からか、それとも自らと違ってみんなと馴染めているルー自身への嫉妬か。
おそらくその両方だろうと当たりをつけ、せっせと顧客の注文を取る
そう、今俺は外には出ずにオッサンの酒場の手伝いに勤しんでいるのだ。
「おいボウズゥ!こっちに酒が足りねえぇぞぉ!」
「はいただいまぁ!…店長!」
「おらもってけぇ!」
「お待たせしましたぁ!こちらビールジョッキ四つとウサギ肉のから揚げでございます!」
と、こんな感じで。なかなかに忙しない状況に陥っている。
どうやらこの店、この一帯では有名な食堂兼酒場らしくて太陽が真上に昇ったころから客が急増、喧喧囂囂とした空気がこの店には満ちるようになる。
だけどそれは、とても心地いいものではあった。
「おう、お疲れさん助かったぜ。」
「いやぁ、すごいですね。ここまでにぎわっている店はあっちでもなかなかありませんよ。」
荒っぽい客がほとんどだったが、キチンと対応していれば機嫌を良くしていろいろな話をしてくれた、やれドラゴンが現れたとか、そいつを討伐したとか。さすがファンタジーの世界をもとにしているだけあってそれ系の話が多いが、どれもがまるで見てきたかのごとく臨場感たっぷりだった。
オッサンこと店長も忙しくない時は客との話をするのを拒むどころか逆にあっちから乗っかるくらい楽しげな雰囲気を醸し出していた。
ついゲームの中だということを忘れて、給料次第ではこのまま就職してもいいかなと思ってしまうほどだといっていい。
「イヤイヤお前さんもなかなかのもんだぜ。初心者で一度も根を上げずに昼を乗り切った奴はそうはいねぇよ。」
その言葉に、フッと鼻で笑いカッコをつけながら宣言した。
「おれは、幾多もの仕事を掛け持ちしてきた、一流のバイト戦士ですよ?このくらい造作もない」
その雰囲気に圧されたのか、周りの冒険者然とした客や店長がこぞって「おお…!」と感嘆の声を上げる。先程までずっと劣等感の中で過ごしてきたものだからその称賛の声がとても気持ちいい。
「なあお前さん、うちでずっと働いてかねぇか、給料も弾むからさ。」
「うーん、それもいいですけど、もう今日中には帰る予定ですし…」
そもそも仮想現実の中だ、いつかは冷める夢。それに大学もあり夢もある、同年代の友達もできた。そちらのほうがやっぱり大切なのだ。
「なんならお前さんの用事が終わった後でもいいんだ。あっちは就職難だっt…おっと何でもねぇ忘れてくれ。」
「?はぁわかりました。」
何か言ってはいけない話だったのだろうか、即座に口を抑えて、何でもなかったかのようにふるまう。
まだ勤務中ではあるが客足もいったん途絶えたようなものなのでのんびりとした時間が時間が流れる。
その間もテーブルを拭いたり掃き掃除をしたりと動いてはいたものの、急がなくてもいいとのことなのでゆっくりとやることにする。
「ヤッホー、はかどってるねー。お兄さん!」
唐突に声をかけられびくりと体を震わせる。
声のするほうへ顔を向けると、茶髪の元気爆発してそうな少女がこちらを楽しげに見詰めていた。
「お前は…」
名前を言おうとして、言葉に詰まる。そういえば、あそこのメンバーの中で互いに自己紹介をしていたのはマサトくらいだった。つまり、彼女の名前が出てこない。
「あはは、そういえば自己紹介がまだだったね。わたしは、ふ…じゃなかったいまはメイナって呼んでね!お兄さんは?」
今、彼女が何か言いかけたのはおそらく本名だろう。ゲームらしく最初に名前を自分で決められてそこからチュートリアルがスタート、するらしい。容姿はそのままらしいが。
「あっと、そうだな。ツナギでいいや。」
「そっかよろしくね、ツナ兄!」
「よろしく、そういやメイナは一緒についていったんじゃないのか?」
確か早朝、俺以外の奴らは勇敢そうな青年に連れられ出かけて行ったはずだ。
素朴な疑問だったのだがそれを聞いた彼女は不機嫌な様子を隠そうともせず不貞腐れている。
「ついていったはいいんだけど、子供は危ないから後ろに下がっていろとか、戦闘ででしゃばるなとか言われてさ、わたし前衛職なんだよ?だから先に帰らせてもらったの。」
その話を聞いてああなるほどと納得する。確かに彼女は見かけもその振る舞いも周りと比較して幾分か幼く感じる。中学生かもしれないとさえ思ってしまうほど。
女性に歳の話は禁句なのであえて聞かないが。
「帰ってきたら帰ってきたで、やけに騒がしいからなんだろうって覗いたらツナ兄がすごいいい顔で動き回ってるのが見えたからずっと眺めてたんだ。なかなか楽しかったよ!」
そう言って、先程の宣言のマネをし始める。てそれも見てたのか、改めてみると恥ずかしいなんてものじゃなかった。
「オイ、もうやめろ、お願いだからその物まねだけはヤメテクレ」
「アハハ、やーだよ!」
無理やりにでも止めようとおさえこもうとしても、するりと抜けていった。
無邪気、といった言葉が本当に似合う少女だ。もはや内外合わせても子供を相手にしているかのようだった。
ガチャリと、店の扉が開くまた別のお客さんが来たようだ。
気を取り直して、接客を開始しよう。
「いらっしゃいませお客様!何名様でしょうか?…あ」
「その服…お前もプレイヤーか。ちょうどいい、話がある。ついて来い。」
そう言って、店の外へ案内しようとするがいったん止まってもらう。
「すいません、お客様。ただいま勤務中でして勝手に離れることはできないんです。」
「お前…ここゲームだぞ?…ハァ、店主、こいつ借りてく、構わないな。」
二つ返事で了承する店長。そのまま面白半分でついてきたメイナと一緒に先導されてついていくのだった。
「まさか、あんなことで、渋られるとは、思わなかった」
そういって、目の前の青年は呆れたようにこちらに視線を向けてくる。
「バイト漬けだった時に癖になったみたいで…スマン。」
「苦労してたんだねツナ兄。」
なぜか、二人から憐憫の眼差しで見られた、解せぬ。二人とも一人暮らしを始めたら同じ思いをするはずだ、きっと。
「まぁ、それは置いといて、何か用があって連れ出したんだろ?」
この空気に耐えられなくなったわけではないが、本題に入るようにせかす。店のほうも心配ではあるし早めに切り上げようと思ったからだ。
「ちょっとした、情報交換と、提案がある」
そう言って一呼吸置き、語り始めた。
「まずは、俺は、いやおれたちは、一番に、この世界に入った集団だ」
彼は、どこかおぼつかない言葉遣いでなおも続ける。
「仮に、攻略組としよう、そんな俺たちだが、昨日夕刻、出された課題をすべて、クリアしたんだ」
たどたどしいものの、彼から得られる情報は耳を疑うものだった。
「え、それならなんでここにいるのよ。ゲームクリアしたんでしょ?」
今の自分の本心をメイナが端的に、直接口に出す。聞いた話だとその課題をクリアすればこの世界から出られるはずだと又聞きではあるが、そう聞いた。
青年は顔をゆがませながら話を続ける。
「ああ、俺たちも、そう思っていたんだ、でも、いくら待っても、何も起きない」
青年は沈痛な面持ちで話を締めくくる。彼の話を要約すれば課題を達成してもここから出られないということだ。それから導き出せるのは―
「なあ、アンタ、今日どこかに泊まるだけの金はあるか。」
「…!ああ、一先ず、今日明日の分は、仲間の分も合わせて、残っている」
「わかった。俺はたぶんずっとあそこにいるから、そっちが落ち着いたら連絡をくれ。たぶんこっちも急がないとまずいからな」
「協力、してくれるのか?俺たちは、一度お前たちを、見限ったんだぞ」
「こんな状況で四の五の言ってられないさ。それにアンタらみたいな強いやつとなら願ったりかなったりだよ」
それだけ言うと、彼は肩の荷が下りたかのように、ゆっくりと息を吐いた。そこまで緊張していたのだろうか。
まあそれも仕方ない。自分たちがどうなるかの瀬戸際なのかもしれないのだから。
「自己紹介が遅れた。俺はヒノ、よろしくたのむ。」
「ああよろしくな、おれはツナギでいいよ。」
自己紹介を交わしながら握手を交わす。不謹慎ではあるが、これで昨日も合わせて3人知り合いができた。そのことについてはありがたい御誤算だった。
「ムゥ~~、何さ何さ!二人で熱い友情契っちゃってさ!私も混ぜろー!」
「あ、スマン素で忘れてたわ。」
「んな!?それはひどいよツナ兄!」
「ひどいついでに悪いんだが、お前の自己紹介は後にしてくれ。少し、いやかなり拙いかもしれない。」
その言葉に困惑を隠さずメイナは抗議やら質問やらを飛ばすが、構ってはいられない。
彼女の手をつかんで、ヒノに一言別れを告げてその場を後にする。
目指すは宿屋『茶熊亭』だ。
「おう、お帰りどんな話だったんだ?」
茶熊亭に着くと店長は気さくに声をかけてくる。
しかしそんな場合ではない、単刀直入に本題に入ることにした。
「店長、此の宿の部屋はまだ残っていますか?」
その問いに、店長はにやりと笑って答えた。
「もちろん残っているが、なんだ?ここで働くことにしたのか?」
「期限はわからないけど、おそらくそうなります。あとこの子の分も合わせて二つ。」
「そいつは構わねえが、金はとるぞ」
「今回のは俺の給料から差し引いてください、それでも足りないならこいつも一緒に働かせるから。女の子もいたほうが花があっていいと思いますよ?」
「ええ!?何勝手に決めてんのさ!」
「少し黙ってろ、でどうですか?」
「そうだな、別にかまわんよ。自分の食い扶持は自分で稼がなきゃな!」
ガハハと豪快に笑う店長を見て、一先ず最悪の状況は切り抜けられたと思う。
いまだに状況にながされたままなのか、目をぐるぐると回したように混乱のさなかにあるメイナ。
ついに耐えきれなくなったのか問いただしてくる。
「いったいどういうこと?わざわざ必要のない明日の分も部屋とっちゃってさ」
「必要になるかもしれないんだよ、安心して根を張れる拠点が。」
日が落ち切る前に、外へ狩りに行っていた待機組のメンバーが次々と帰還する。
その顔はどこか焦りと不安が含まれているようにも感じた。一番先頭にいる勇敢な青年も表情が優れないのが一目でわかった。
「お帰り、何かあったのか?」
「何かあったなんてものじゃない。ゲームが、終わらないんだ。」
その一言で、全てを察した。
「それはあれか、課題をクリアしたのに帰れないっていうのか?」
「ああ、そうだ。」
本当に、最悪のパターンが見えてきたかもしれない。
「ツナギさん!」
「ルー、無事だったか。良かった…。」
ひとまず彼女が無事であることを確認して安堵の息を吐く。
青年はみんなの無事が確認できたのか、口を開いた。
「みんな聞いてくれ、このままだと野宿決定だ。だからみんなでお金を出し合って大部屋を借りようと思う。それでいいか?」
反対の言葉は出なかったようで、場違いにも彼の統率力に舌を巻いてしまう。
青年に先導される形で、茶熊亭へと急ぐのだった。
「スマンが、無理だ。諦めてくれ。」
「何故!?今朝まではたくさん部屋が余っていたじゃないか!?」
「なんでって言われても、今日は盛況だったとしかいえねぇんだよなあ。」
確かに、名簿はすでにほぼ埋められており、大部屋に至っては満員状態で誰一人として入れそうにはなかった。
「運が悪かったと思ってくれ。なぁに、他にも宿屋はあるさ。がんばって探してくれ」
それだけ言って店長はせっせと中に入ろうとする。それを慌てて止める。
「待ってください店長。何とかなりませんか?たとえば、食堂のほうを使わせるとか」
「無茶言うんじゃねぇ。あそこにゃ商売道具が山ほどあるんだ。何のはずみで壊れるかわかったもんじゃねぇ」
それに、と店長はつづける。
「俺の店は金をまけられるほど裕福じゃねぇんだ。悪いが別のところを探せ、相部屋くらいはしてもいいが坊主とちみっこの許可をとるんだな」
その言葉が導火線となり、こちらに恨みのこもった視線が浴びせられる。
仕方ないんだ。大部屋を人数分予約するにはお金が足りなかったんだ。そんな目で、見ないでくれ。
「ルー、マサト。お前らぐらいなら泊められるんだ、だから」
「スマン、俺はいいわ。アイツ一人に任せられねぇし」
「ごめんなさいツナギさん、みんなを、見捨てられない。」
二人は、彼らと一緒に行ってしまうようだ。せめてもの罪滅ぼしもできはしないのか
「…わかった今日は別のところに泊まることにしよう。君たちには迷惑はかけない」
「待ってよ!!これじゃ私たちが悪者みたいじゃん!」
必死に自分たちは悪くないと、無実の証明を主張するメイナ、しかし彼等は聞く耳を持たない。誰かが呟いた、最後の一言が俺を、俺たちをどうしようもなく拒絶していた。
「…少なくとも、勝手に抜け駆けするやつは、仲間じゃねぇよ。」
ただいま少しでも見やすくなるように改行作業中、
もしこうしたら面白いとか読みやすくなるとかありましたら是非