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講堂を後にして、入り口付近で待っているであろうルーエを探してあたりを見回す。
彼女を見つけるのに時間はそれほどかからないはずだ。服装は今では日本でよく見られるものに着替えているものの銀髪色白といった容姿はここ日本ではそうそう見かけないだろう。
そう思っていた時期が俺にもあった。
「いたいた。おーい!ルー…?」
名前を呼びかけたとき、ようやく気付く。彼女にしてはやけに髪が短い。それに服装も違っていた。
そんな少女と視線がばっちりと合ったため、そのまま黙るわけにはいかないのわかる。分かるのだが言葉が出なかった。恥ずかしいというのもあるが、何よりその容姿がすぐれていた、思わず息を呑む。
もしかして芸能学部の生徒だろうか。
そんな少女はルーとは似つかない落ち着きのある、クールな態度で答えた。
「残念だけどわたしはルーなんて名前じゃない、少しおしいけど。それといまどきそのナンパははやらない。」
どうやらナンパと勘違いされたようだ。
「ご、ゴメン。知り合いと間違えたのは本当なんだ。ナンパじゃないから。」
「自分で言うのもなんだけど、そうはいないと思う、こんな髪の子。…まあでも支障は無さそうだね」
少女はそれだけを言うと、興味を失ったように手元の端末を操作し始めた。
最後、自分の身を案じられた気がしたが、話しがたい雰囲気を少女は作っていたのでそのまま去ることにする。そろそろルーも待ちくたびれているかもしれない。
それから間もなく目的の少女を見つけた。いくら場所を指定されていたとしてもいまだに人でごったがえる場所では見つけるのは難しくなる。
今度からはもう少し待ち合わせ場所についても考えるべきかと悩んだが、一先ず後回しにして彼女に話しかける。
「ルー、おまたせ。」
「いえ、そこまで待っていませんから。この後はどうするんですか?」
「この後は…ガイダンスに行ってそれが終わったらもう帰宅だな。帰りにどこか寄ろうか。」
そんな話をしながら、歩みを進めていった。今はみんな浮かれているおかげで誰も気にした素振りを見せない。
落ち着いた頃には何かしらの策を講じなければ彼女とおちおち話もできないが、そこもすでに準備済みだから心配はない、はずだ。
人間万事塞翁が馬、なるようにしかならないのは今までの人生でもわかっていたことだし、深く考えても意味のないことだと、潔くいまを楽しむことにするのだ。
「わぁ…!もしかしてここにいる人たちみんな医者なんですか?」
「正確には医者の卵、だな。」
「こんなに居るなんて…きっとこの国中の学徒がここに集まっているんですね、そんなところで勉強ができるなんてすごいですツナギさん!」
彼女の言う国中、とはおそらく文字通りの意味だろう。確かに医者を志す学生たちがここには何百人単位で集まっている。だがそれは、この大学に限ったことではなかった。
「別に、他の町にも大学はある。どれもがそれぞれ異なったものに特化しているんだ」
それは単純に偏差値による入りやすさの違いから、多岐にわたる学問を専門的に取り上げたりなとだと俺は思っている。それにいい大学に入ったからといって、これからの人生がイージーモードになるなんてことはない。結局そこで何をしたかが問われる。
まあ、そんなこと今言うのは無粋か、彼女はその言葉に衝撃を受けたようだ。…よほど田舎から来たんだな。
「と、ということは、この他にも医者になる人はたくさんいるんですか?この小さな島国に?」
「なれるかどうかは、そいつの努力と、根気次第だな。なれてもその後がきついってよく言われているし」
「医者というのは、なれたらそれだけで一生が安泰する職業だと聞いたのですが違うのですか?」
「給料とか需要といった面じゃそうなんだけど、何分人の命を預かる仕事だから、それに耐えられない人も出てくるんだよなぁ。」
無論、俺はそうやすやすとあきらめたりしないが。それでも万が一というものはある。うつ病がざらにある世界なのだ医学界とは。
「まあ、それは置いといてどこか席を探さなきゃな。―あそこがいいか」
そう言って一番手前の席に座る。ここならよほどのことが無い限りすべてが埋まることが無いからルーも遠慮なく座れるだろう。
「わ、いいんですか?一番前なんて勝手に座っちゃっても」
「大丈夫、実際こんな人いても前には人が来ないだろ?」
そこまで言ってようやく納得したのか席に座るのだった。
さすがに自由を訴える校風だけあって、いろいろな授業を選べてかつ専門的なことにも挑戦しやすい措置がなされていた。
ほかの学部の授業もいくらが受けることもできるし、合同の授業もある。何でも広い視野で物事を見る目を養うため、だそうだ。
これなら、彼女にもいろいろと知ってもらうこともできそうだ。そこらへんも考えながら時間割を決めてもいいかもしれない。
ほどなくしてガイダンスが終わり、生徒たちは自らのペースで帰り始めた。
さて俺たちも帰ろうかと、ルーに声をかけてそのまま部屋を後にする。
「チョット、そこのあなた。そこで一人にやけて帰ろうしてるあなたよ!話聞いてる?」
今日はなんだか、突然人に話しかけられることが多い。というかそこまで情けない顔していただろうか。まあ、今はおそらく今までの人生の中で最高の一時を過ごしているんだ、無理はない。
「人の話を、聞けぇえ!」
「うわ!?すいませんちゃんと聞こえてます!」
如何やら、待たせすぎたようだ。鬼のような形相で少女がこちらに迫ってくる。
となりでルーも、否後ろで俺を盾にするように震えながら身構えていた。
「聞こえているなら、最初から反応しなさいよ。」
「ごめんなさい。次からは気を付けます」
なかなか高圧的な態度だが、どこか様になっている感じもしなくない金髪の少女。
最近になって外国人と知り合う機会が増えたな、なんて考えが浮かぶが、すぐに切り替える。
「それで、なんのようだ?」
「あなたに会いたいって人がいるのよ。場所は教えるから一人で来てだって。」
俺に?何故?自慢でも何でもないが、この大学の知り合いなんて、今日初めて連絡先を好感した音羽ぐらいだ。それ以外でいったい何の用だろうか。
「詳しくは聞いてないけど、とっても大事な話だから遅れないようにだって、これがそのメモね。全く確かに暇だからって使いっぱしりするなんて、図太い神経してるわあの子。それじゃねちゃんと伝えたから。」
そう言って用はすんだとばかりに颯爽と帰って行った。
後には不可解なお誘いを受けて固まった自分と、それを心配そうに見ているルーの二人だけが残るのだった。
「それで、結局どうするんですか?」
「うーん、今日はこのまま一緒に帰る予定だったけど、スマン。先に帰ってくれ一人でってことだし」
分かりました、とそれだけ残してルーは先に家へと帰る。こちらも時間に遅れないようにメモを確認しながら向かうことした。
メモの通りに道を進んでいくと、いつの間にか大通りから外れてひっそりとした雰囲気の漂う裏通りへと差し掛かった。ただ治安が悪い感じではなく。落ち着いた感じのシックな雰囲気の店が点々と散在するところだ。
その中で、『エンクエントロ』という名の喫茶店が目に入る。メモの通りだとここで間違いないはずだが…
こうしていても意味がないのはわかっているので。さっさと中に入って違ったらすぐに謝って出ようとそう考えてドアを開けた。
「いらっしゃい。アンタが仲秋かい?」
「え、ええそうですけど。どうして名前を」
中に入った途端店のマスターに名前を中られ、驚く。だがマスターは何でもないことのように答え合わせをした。
「何、常連から今日そういう名前の奴が来るからよろしくって聞いただけさ。あいにくそこまで繁盛してないんでね。」
そこまで言うと、マスターは待ち人がいる席まで案内してくれる。と言っても店自体が広いわけではなく囲いもしているわけでもないので、すぐに済んだ。
「や、仲秋君、久しぶり。いやさっきぶりだね」
そこには、先程壇上に立っていた木之元さんが気安げに挨拶をしてきた。
「あ、嗚呼。よく覚えてたな。一、二回あったくらいだろ、俺ら。」
まさか、こんな早くしかも場所と時間を指定してまで会いに来るとは思わなかったため少し、焦った。その焦りには入学式の時聞かされた彼女の実力についても多分に含まれている。
「いやー、その二回がなかなか濃厚な出会いだったじゃないの、てそんな話しに来たわけじゃないんだ」
いけないけないと舌を出しながら悪びれた様子もなく言う彼女を見て、目の前の少女が難関大学の学年主席だといわれても、正直予想がつかないだろう。
さて、いったい自分はなぜ呼ばれたのか。改めて考えはしたがやはり検討はつかなかった。
そして彼女の口から言葉が紡がれる
「ねぇ。異世界って信じる?」
「―は?」
いきなりつれて来られたかと思えば、突拍子もないこと語りだした。これは帰ってもいいかもしれない。
「ま、そうゆう反応するよね、普通は。」
彼女も、からかい交じりで言ったのか人懐っこい、小馬鹿にしたような笑みでこちらを見ていた。偶然にも席を立とうとしたときに話しかけられたので、機先をとられたように動きがとめられた。
「はあ、からかうのもいい加減にしてくれ。それでいったい何の用なんだ?」
「ゴメンゴメン。…まあでも、ホントはあの子も来てくれたほうがよかったんだけど、今回はあきらめようか。」
あの子とは、いったい誰のことだろうか。聞いてみたくもあるが藪蛇のような気がしなくもないので黙っておこう。待たせてる分、今日は早めに帰りたいのだ。
「君さ、以前私が落とした書類のせいで入院する羽目になっちゃったじゃない?だから一寸したお詫びってことで、割のいい仕事紹介しようかなって。今、カツカツなんでしょ?」
「是非お願いします。」
変わり身が早いといわれようが、男が軽々しく女に頭を下げるなと罵られようが気にしない。金銭関連は即答即決が信条なのだ。…そこまで追い込まれているともいえる。
以前のバイトは半強制的に辞めさせられてしまい、またバイト代自体もそこまでいいものじゃなかったのも一つの理由だ。
「ふふ、いい返事だね。気に入ったよ。一応、あっちで審査もあるんだけど君ならきっと大丈夫。」
そう言って出された紅茶を一口すすって、おもむろに封筒を取り出すおそらくそのバイトに関する書類が入っているのだろう。
それをありがたく頂戴して自分も何か注文することにした。
さすがに何も頼まないのはマナー違反だろうし。
「さてと、正直さっきのがここに呼んだ理由なんだけどもう済んじゃったなあ。もう少し時間がかかると思ったんだけど、…ところで。最近変わったこととかなかった?」
「変わったこと…ねえ?」
正直、その連続だったのは言いようのない事実、なのだが。しかし言っても信じられないようなものばかりでそれを話すのは憚られた。
「毎日が夢のようだと思ってるよ。人によって何がおかしいとかは変わるわけだから」
「フーンま、いいか。じゃあ、そろそろお暇させてもらうとするよ。あ、そうだ。わたしい此処によく来るんだけどさ、またここでお茶しようよ。こっちも何人か連れてくるから。そっちも誰か連れてきてさ、たとえば銀髪の彼女さんとかね。」
「な!?かかか、彼女じゃねーし!」
彼女はそれだけを残し風のように去って行った。しかしなぜみんな同じことを言うのだろうかルーとはそんな仲じゃ…
「―ん?なんであいつ、ルーの髪が銀色だって知ってたんだ?」