始まるキャンパスライフ
第二章、始まります。
「あ、あの本当に大丈夫でしょうか…?」
「大丈夫だって、もし咎められたら、素直に謝ればいい」
今、俺たちは東都技術総合大学と呼ばれる。大学の入学式に来ていた。
ようやく今日をもって晴れて大学生と相成ったのである。
これから始まる夢と希望にあふれる予定のキャンパスライフに心をはせつつ、無駄に心配しているルーをなだめる。
ただこれから新入生とその他一般でわかれるため少し心配ではあった。
「ちゃんと、携帯の使い方は覚えたよな?」
「は、はい。大丈夫です。読み書きもできるようになりました。ツナギさんのおかげです。」
そう言って彼女は微笑う。
その手には新しく契約した携帯に、画面には日本語で『ありがとうございます』と記されている。
ひとまずは彼女との連絡手段が必要だという結論に至ったので、残った春休みのうちに契約したものだ。最近だと恋人割りとかいう、いかにも独身や異性仲間のいないものを小馬鹿にするようなキャンペーンがあったので、そちらに乗り換えた。
別にルーとはそういったこ洒落た関係ではないが、少しでも経費削減したいがための苦肉の策である。決して深い意味はない。
ただここで、もう一つの問題が生まれた。文字が読めないことを忘れていた。料理のレシピを教える際にもわざわざこちらで訳していることに後から気づいた。
会話はできるのになぜ読めないのかはわからないが、ともかくこのままではに生活に異常をきたす。急いで教材やら古本屋で買い込み猛勉強と相成った。
まさかここで外国語を教える教師の苦労を味わうとは思わなかったとは後に語る。
やっとこさ形になったということで目先の課題はクリア、そこから今度は携帯やその他の電子機器の詳しい使い方を説明するのに残った春休みのほとんどを使った。
そのおかげで、いまでは操作にもたつくことはあっても危なげなく使えるようになった。…一度、ワンクリック詐欺にあったのもいい薬になったのだと思いたい。
「バッチリだな。じゃあいったん別れるけど。何かあったらそれで連絡くれよ?」
「はい。それでは、また。」
お互いにいったん別れを告げながら、その場で解散の流れになった。
…それにしても、眠い。
「よぉ、お隣さん。お前だよお前。近くになったのも何かの縁だ。仲良くしようぜ。」
席について、すぐに声どこからか声を聴いたので、何事かとあたりを見回すと、隣の新入生が手を後頭部に回して気楽そうなかんじでこちらを見ている。
「もしかして、俺のことか?」
まさか自分に話しかけられたとは夢にも思わなく、つい聞き返してしまう。
「そーそー。いや、耳が遠いのかと思ったぜ。おっと、先に自己紹介だ。音羽ってんだ芸能学部な。お前は?」
「仲秋だ。一応、医学部に所属している。」
ヤバい。緊張して無駄に硬い喋り方になってる。これじゃ、ルーのこと人も知りなんて言えないぞ。
それでも、音羽は気にした素振りを見せることない。それどころか、目を輝かせてこちらを見ている。
「スゲー!此処の医学部って、超難関だって聞いたぞ。てことはエリートってことだ。うらやましいぜ」
「それを言ったらそっちも芸能学部じゃないか。確か技術試験以外や一般試験以外にも世論審査とか容姿審査なんかもあるって聞いたぞ。」
彼が専攻することになる芸能学部というのは、いわゆるアイドルだったり歌手だったりの音楽やテレビに顔を出す職業を専門にしている。
そのためかやはり目の前の彼も少し軽薄そうな印象はあるが全体的に容姿が整っているといえた。軽薄と言ってもどちらかというと小悪魔系とか、子供の無邪気さを感じさせるものだ。つまり様になっている。
「いやあー、でもよかったぜ。これでわからん課題があってもすぐに終わらせ、おっと。」
「おい。 なんて言おうとした。」
明らかに利用する気満々だったものの、まあそれぐらいならいいかとすぐに考え直す。一応釘はさしておくが。
「落ち着けって、ここは持ちつ持たれつだ。いつか合コンにでも誘ってやるから。」
それでいいのか芸能学部。
「一応まだ芸能界入りしてないからモーマンタイだ。それより、そろそろ始まるぜ。」
始まる、というのは入学式のことだろう。壇上にやけに太った年配の男性が立つ。
『あー、みなさん静粛に。新入生のみんなもはやる気持ちは抑えて少し落ち着こうか。OK。それじゃあ始めよう』
壇上に立つ男性が開会のあいさつを述べると、盛大な拍手が会場を覆う。さすがに東大に続く超有名校は格が違うなと、改めて実感した。高校生活三年間丸ごと勉学に費やした甲斐があったというものだ。
今頃、ルーの奴は周りの人たちに合わせて手をたたいているだろうか。いやもしかしたらあまりの盛大さに呆気にとられているかもしれないな。
『みなさんありがとう。これから各種挨拶となるわけですが、何分こういった場では長くなりがちです。ですので飲み物片手に、ごゆるりとご覧ください。わたしもコーラ片手に見守ることにします。』
本日二度目のそれでいいのか。先生方の席のほうから、学園長自重してください校長なだけに、と声が漏れ出た。というか学園長だったのか。それとそのダジャレは寒いです。
『ハハハ。お叱りも受けたのでここまでにしようか。わたしから最後に一つだけ、この学校は自由の校風を第一にしているが、何事も限度というものがある。それをわきまえて行動すること。諸君らの旅路に幸があらんことを。』
そう言って一礼をもって話が終わる。また盛大な拍手に包まれ、学園長は壇上を後にした。
唐突に、わき腹を小突かれる。、見ると音羽がこちらに顔を向けて、手で前の人に見えないように口を隠すように当てていた。
「なあなあ。この大学、なかなか面白そうじゃないか。教師もユーモアあふれる人だったし、自由な校風だからいろいろと試せるしな。」
「そうだな。まぁでも節制しないと、あとが怖いぞ。どこまで許容の範囲内か自分で探れって言ってるようなもんだし。」
「失敗を恐れちゃ、何もできないぜ。何事も攻めの姿勢で行かなきゃな。」
確かに音羽の言い分も理解できる、福井さんも似たようなことを言っていたな。
「とそれより、次は学年主席による挨拶だそうだ。いったいどんなインテリ眼鏡だろううな。」
「学歴優秀者が眼鏡かけてるかはわからないだろ?最近はコンタクトもあるんだ。」
まぁでも、目に異物を入れるというのは抵抗があるものだけど。それでも少しでも見た目をよくするためにコンタクトをする人や、逆にファッションとして眼鏡を着用している人もいるから、一概には言えない。眼鏡ゲーとかあるくらいだし。
「それもそうか、目の前にも一人いるしな。ただ女子がいいなあ。綺麗系の」
「欲望に忠実だな、ほら、もう始まるぞ。」
そうこうするうちに壇上に一人の少女が上がった。
それを見て音羽はヒュウ、と口笛を吹く。どうやらお眼鏡にかなったようだ。
ただ、一つ気にになるのは、壇上に上がった少女に見覚えがある、ということだ。
遠めなので、今一確信が持てないのだが、つい最近あった気がする。あんなはきはきと人の良い笑顔をするやつではなかったが、あの今では珍しい髪型は―。
『―それでは最後にみなさん、本日は私たちのためにお集まりいただきありがとうございました。これをもちまして新入生代表挨拶を締めくくらせていただきます。―東都技術総合大学普通科、木之元雅紀菜』
「ぶ!?」
「うおッと!?どうしたよ、飲み物が気管にでも入ったか?」
「い、いや。一寸知り合いに顔が似ていただけだ。そうに違いない。」
似ていた、ではなく完全に本人だろう。ただ、あの気怠そうにしていたり、人を小馬鹿にしていた態度をとっていた彼女が、ああもすらすらと歯に衣かせたような言葉を使う姿を見ると、複雑な気分になる。ネコを被るという言葉があれほど似合う少女もいないだろう。
「そうか、その話は後でじっくり聞こう…じっくりとな。にしてもまさか普通科から選ばれるとは。確かアソコ一番敷居が低いんじゃなかったか?」
「確か、普通科、医学部、芸能芸術ときて、あとは機械工学、だったか。その中でも確かに一番低かったはずだ。」
試験のレベルが低いというわけではなく、普通科だけは他の学科にある特別試験が実施されない、というのがある。その試験があったとしても通常試験のレベルが下がるというわけではなく、モノによってはさらに上がるものもある先ほど述べた機械工学と医学がそれに該当した。
「わざわざ『専門大学』って呼ばれるところに普通科で行く奴はいないから例年なら鳴かず飛ばずだって聞いたけど今年はそれだけ優秀な奴がそろってるってことだろう。」
まあ、音羽の学科にそこまで影響はないだろう。あるとしたらうちの学科が対抗心を燃やすかもしれないぐらいだ。
「それより知ってるか?この学校に幻の学科があるらしいって噂。」
「なんだそれ?」
噂、というくらいだから、よくある都市伝説と一緒だろう。学校には一つつきものである話だ。たとえば、ある部屋を割り振られた教授と生徒は早期に亡くなってしまうとか、そんな法螺話。
「いやさ、この学校、何でも裏で屈強な兵士を育成しているって話が上がっててさ。どの学科でもスポーツとして格闘技一つを専攻する必要があるから。その影響で他の学科から選抜して移籍されるっていう噂。面白そうじゃね?」
「面白そう、てせっかく苦労して入ったのに無理やり方向転換されるとかどんな罰ゲームだよ…」
さすがに、それはないだろう。そんな制度があったら非難の雨あられ、暴風雨にでもなりかねない。だからこその噂話だ。
「それもそうか、とそろそろ閉会か、確かこれから学科ごとに分かれてのレクリェーションだっけか。じゃここでお別れだな。これ終わったら先に連絡先交換しとこうぜ。」
「ああ、じゃあまたな」
「おうよ!」
そして何事もなく式は終わり、連絡先も交換し終えた俺は、その足でルーを探しに行くのだった。
それにしても、入学早々すでに一目の友人候補が見つけることができたのは幸いだった。さすが大学多種多様な、コミュニケーション能力にたけた人が良く集まるだけはある。
笑いをこらえきれず、顔に出ていたようでゆるみきった表情をたくさんの人に見られたが、今は気にする必要がないくらい心に余裕が生まれている。
「そんなこと考えてる場合じゃないな。早く見つけないと。」
気持ちを切り替え、ルーの携帯に電話を掛ける。これが彼女を見つけるための唯一の手段で、人ごみに紛れてはぐれてしまったら、いくら彼女が特徴的な容姿をしていても見つけることは無理に等しい。俺にしか姿が見えないからなおさらだった。
ショートカットに入れておいた彼女の電話番号にかけ、応答が返ってくるのを待つ。3コール目でコール音が鳴りやんだ。
『は、はいもしもし!ルーエです。どちらさまでしょうか!?』
どうもテンパっていたようで、スピーカーで拡張された大きな声が返ってくる。おもわず耳元から話してしまうほどの声だったから、周りもどうしたのかとこちらの様子をうかがっていた。
「落ち着けよルー。俺だ、ツナギだ。今どこにいる?」
『あ、ツナギさんでしたか。今、ですか?ええと今日入ってきた。大きい講堂の入り口のあたり、だと思います。』
ツナギさんでしたかって、そもそもその番号には俺ぐらいしかかけないだろうに、まぁ場所はわかった。
「わかった。今すぐ行くからそこで待ってろ。」
それだけを残して、一旦通話を切る。場所さえわかれば後はどうとでもなるだろう。もしわからなかったら多少料金がかかっても通話しながら探せば見つかるはずだ。
でも彼女は先ほど言ったように特徴的な容姿をしているからそう時間はかからないだろう。早く彼女と合流して、ガイダンスに向かおう。
それだけ考えて講堂を後にした。
投稿ペースの割には展開が緩やかですが楽しんでいただければ幸いです。