my own reality
バイトが終わった。今日はいつもより足取りが軽い、気がする。バッグには結局押しに負けて買ってしまったアクセサリーがラッピングされて大事にしまわれていた。
「とりあえず、病院に顔を出してみようか、まだそこにいるかもしれない。」
そうと決まれば『善は急げ』だ。駆け足で町病院まで急ぐことにするのだった。
「なんだ…これ、」
いま、目の前に移るのは、まるでテレビでよく見るような、事件現場を思わせるかのような、否、事件現場そのもの、陰惨とした病院の姿だった。
窓ガラスはところどころ割れ、扉は何度も強くたたかれたかのごとくひしゃげているものもあった。
現場にはまだ警官の姿も見られ、周りにはまばらにではあるが野次馬も何人かいるではないか。
一先ず、そのうちの一人に事情を聴いてみることにする。
「すいません、何があったんですか?」
いきなり話しかけられたからか、一瞬怪訝な顔をしたものの、何でもないように事情を話してくれた。
「いやさね、この病院に強盗が入ったんだってさ。又聞きだけど、確か昨日の夕方あたりだったかねぇ」
その言葉を聞いて、いやな予感で体に怖気が走る。
確か彼らが帰ったのは夕刻、しかも自宅からそこまで時間がかからないはず。巻き込まれた可能性も、ある。
「ルーエは、ここの先生は無事なんですか!?」
必死の形相で、今にも掴み掛らん勢いで、野次馬の主婦に詰め寄る。
その勢いに圧されて一歩退きながらも女性は答えてくれた。
「あ、ああ、先生なら…」
「先生!!無事ですか!?」
「おおう!?なかなか早かったね、けども少し、ボリューム抑えようか」
町にあるもう一つの大きな大学病院、その一室に先生は横になっていた。
担当医に無理を言って容体を聞いてみると、入院こそしているものの、そこまで大した怪我ではなく一週間大事をとって休ませているようだ。
確かに、彼の様子を見る限り、重体といった体ではなく気楽に話しかけられたのを見て一息つく。
と、そこで周りから咎めるような視線で見られていたのに気付く。
「す、すいません…。でもよかったです。先生が無事で。」
「完全に、というわけにはいかないけどね。」
そういって大げさに体を動かそうとして「アイタタ」と半ば大げさに痛がる様子を見せた。
そこで、ふと気づく。
「ルーエは、彼女はどうしたんですか?」
彼女の姿がどこにも見えないのだ。てっきり流されながらも彼と一緒に行動を共にしていると思ったのだが…
ルーエの話題を出すと、彼は鎮痛な面持ちで、言葉を選ぶようにあの後の顛末を語った。
「ここに来たってことは、大体の事情を聴いたのだと思うけど、あの後、病院に戻った時に何者かに襲われてね、後ろから後頭部を一発、それで気絶したみたいで気づいたらここにいたんだ。もともと姿が見えなかったからわからなかったけど、君が言うんならそうなんだろうね。」
「そうなんだろうね、てそれじゃどこにいるかわからないってことですか?」
「そうなる。すまない、こんなことになるとは」
申し訳なく頭を下げる彼を尻目に、今回の顛末の原因について考えることにする。
―そういえばルーエは、匿ってほしいといっていた。つまり本当に狙われる立場にいた、ということか?
「先生、もしかしたら彼女、攫われたのかもしれません。」
「どういうことだい?」
疑問符を浮かべる彼に、自分の推察を話してみる。
「ふむ、確かにあのまま現場に残ったり、一人でどこかに行ったりするよりは可能性はあるね。でも、残念だけどあれは彼女を狙ったものではないよ。」
「どうしてそう思うんですか。」
「まず、彼女のことが見えるのは今のところ君1人だ。探せば他にもいるかもしれないけど。あともう一つわざわざ僕を襲って拉致する意味がない、君の家に一人でいる間に誘拐するだけで済む話だし。」
それにと続けて彼は一番の理由を語った。
「もともとの目的は僕の知り合いへの腹いせだろう。…なにぶん破天荒な友人でね人の恨みを買いやすい上に転々と移動するから居所がつかめない。それで僕のところに来たんだろう、と思ってる。」
「じゃあ、アイツはいったいどこに行ったんですか。」
意地悪な質問だとは思う。そんなの、すぐに気絶してしまった彼にわかるはずがないのだ。
でも、彼は何かを必死に隠そうとしている、そんなふうに見えてしまい、もしかしたらと思ってしまうのだ。
しかしかれは頑として口を割ろうとしない。
そんな時だった
「少なくとも、その犯人に拉致られた可能性は高いんじゃない?」
扉口のあたりから声をかけられる。どこかで聞いたような声音だ。
「木之元くんか、いったいどうしたんだい?」
「ご無事で何よりですセンセ。いやそういえば、昨日のバイト代もらい損ねたっけなと思いまして」
以前病院で受付にいた、おかっぱ頭の木之元さんがそこにはいた。
「や。ナカアキ君、久しぶりだね。元気してた?」
何故だろうか、親しげにこちらに挨拶してくる。
「あ、嗚呼。というか、さっきの話を聞いてたのか?」
「もち。君の彼女さんがいなくなったって話だよね。」
だから彼女じゃないって…まだ。
そんなこと露とも知らず「これは単純な考察なんだけどさ。」木之元さんが続けて語る。
「もしも、あんな事件があったら今の日本なら見つけた瞬間すぐ通報ものだけど、発覚までに結構な時間がたってる。というのが一つ」
「もし現場に残っていて、無事だった場合警察のほうで保護している、でもそんな話は聞いてない、これが二つ」
「で、これが最後なんだけどあんな事件の後は誰かにすがりたくなる、おもに知り合いにね。でもあんたのところにいないどころか連絡もつかない。これくらいかなあげられるのは。スプラッタな現場に一人残ってるとは思えないしね。」
「しかしだね。」
木之元さんが説明し終えると同時に先生が口をはさむ。
「仮に拉致だとしても、いったいどこに連れてかれたというんだい?それが分からなければどうしようもないだろう。ここからはもう警察の本分だ。」
「まぁ、そうですねセンセ。」
先生の言葉に何が面白いのか、くすくすと笑う木之元さん。
「その考察はありがたいけど、今日は帰ってくれないか、あまり人には言えない話なんだ。先生と二人きりで話したい。」
「仲がいいんだね、お二人さん。別に深い意味はないけどさ、と。もう一つあるんですよ。実はレポートと間違っていくつか書類を持ち帰ってしまいまして、それを返しに来たんですよ。」
そういいながらいくつかの紙の束を手渡そうとする。
ひらりと。一枚の紙が床に落ちたので拾い上げてみた。
そこには―
「悪徳新興宗教による連続誘拐拉致事件の考察…?先生、これなんですか。」
「な!?木之元くんなぜそれがここに!?」
「ああ、一枚紛れ込んでいたみたいで、ちらっと見てみましたがなかなか面白かったですよ。特に動機や手口、誘拐した人の隔離場所なんか事細かに推察したうえで資料みたいなのも十分にそろって―」
そこまで聞いたら、あとはもう体勝手に動いた。何故かはわからない。けれどおそらくそこにアイツがいる、確証がなかったが、予感めいたものはひしひしと感じた。
先生がとめる声が聞こえた気もしたが。それを振り切って病院を後にする。
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「待ちなさい!仲秋君!…聞いてない…か」
一人が風のように去り、この場に残された二人。そのうちの1人である青年は頭を抱えて、もう一人の少女はただただ面白そうに、この場を去った一人の少年の後を見つめていた。
「いやまさか。あそこまで直情的に動くとは思いませんでしたよ。そんなに大事な子なんですねぇ。」
そう言って窓から全力疾走している少年を未だに興味深げに眺めている。視界から外れたところでようやく目線を青年へと移した。
「あ、心配しないでください。あれには隔離場所しか書かれていませんでしたから。いやー破天荒な友人を持つと苦労しますね。」
茶化すような声音で青年に話すその姿は年相応、もしくはそれより若く感じさせたが、それがなぜか青年には異様に見えた。
「君はいったい、何が目的なんだい。わざとなんだろう?書類を持ち出したのも、わざと一枚取り落としたのも。」
「目的、ね」
少し間を待たせて、もったいぶったように彼女は話をつづけた。
「探偵もどきの町医者には関係のない話だよ、センセ。」
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「はぁっハァッ。ここか…」
都心部の裏路地にひっそりと立つ3階建てのビルディングの前にまでつくと、両ひざに手を突き息を整える。この情報と勘が正しければ、ここで間違いないはず…。
―ついここまで来たけど、俺に何ができるんだ―
腕っぷしにはそこそこ自信はあるけど、多人数相手にはさすがに無理がある。それに武器も用意してあるだろう。
一応、ここに来るまでに警察に連絡を入れてみたが、別件ですぐには動けないという。人質がいた場合はそれに限らないらしいが。そもそもこの国の住民じゃない上に自分以外に見えない人間をわざわざ優先することはないだろう。
警察は当分頼みにならない。だからと言って、他に頼れる伝手はない。
―爺さん、婆さん、今をどうお過ごしでしょうか。もしかしたらすぐにそちらに向かうかもしれません。
―最近になってまた、幻視やら幻聴やらに振り回されるようになりました。
―でも、それでもいいかと思っている自分がいます。夢幻かも知れない惚れた女の子のために命を張る馬鹿な孫ですけど、どうか見守っていてください。
―だってそれが、俺にとっての大切な友達ー現実だから。
自分の頬を勢いよく叩き活を入れる。
いざ向かうは、ビルの最上階だ。
次話で第一章は簡潔になります
…ええ、これプロローグなんです展開遅くてすいませんです、ハイ。(汗)