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ある可哀想ななろう作者の日常  作者: 藍藤 唯
悪夢の始まり
2/4

Web上で同性愛者という認識が根付いてしまった、ある可哀想ななろう作者が相談相手を間違えた話。

 あの忌々しい動画が出来る、少し前の話をしよう。

 僕がいわれもない同性愛者としての扱いを受け始めたちょうどその頃の話だ。


 あの時僕は自分の作品の連載を一時期無断休止してしまったこともあり、名誉挽回をするべく懸命に作業に打ち込んでいた。

 心の中では常に「どうしてこうなった」「何故みんな信じてくれないんだ」と鬱屈としたものを抱えてはいたが、それと作品の執筆は別だ。一文字一文字丁寧にキーボードへと叩き込んで、物語を紡いでいく。

 一段落したところで、手元にあった珈琲を一口。すると装着したヘッドセットの耳当てから、若い男の声が聞こえてきた。


「……あ~。おっけ出来た。I藤どのくらい書いた?」

「今、だいたい7000文字?」

「早いね。オレまだ4000ちょいかな」


 Skylineというものを、ご存じだろうか。

 IDさえ知っている人間とならば、世界中どことでもほぼ無料で通話、チャット、データの転送が出来るPC用ネットワークサービス。

 僕は今日これを使い、仲の良いなろう作者の友人と通話を繋ぎながら作業をしていた。


 もっとも、作業中にお互いが喋ることは滅多にない。雑談は数時間に一回息抜き程度。その他の時間は、向こうから聞こえるキーボードの打鍵音をプレッシャーにすることで執筆を促すという、所謂協力プレイである。たまにやるとこれが驚くほど作業効率が良いので、ちょくちょく誘っては互いに執筆ということが多かった。


「ちょっと休憩しようか」

「ん、りょーかい」


 しかしお互いトイレやら飲み物の補充もある。時計を見れば、夜中の一時を回っていた。ヘッドセットを外して立ち上がり、珈琲の御代わりを取りに台所へと向かった。夏から秋に差し替わる時期、そろそろ靴下なしではフローリングが冷えて寒い。

 だが流石に暖房をつけるのは憚られたので、パソコンの隣に珈琲を一度置いてからいそいそと暖かい毛糸の靴下に足を通した。


「そういやこの前から、何かゲイ人みたいなことしてるんだって?」

「……まさかヘッドセット付けて初めて聞こえてくる言葉がそんなものだとは思いたくなかったよ」


 座椅子に戻ってきた僕は、開口一番の彼の台詞にため息を吐く。もう何度目になるだろうか、こうして胸の内にある重い物を吐きだそうとして行うこの仕草は。

 休憩時間ということもあってか、向こうからはぽりぽりと何かを齧る音が聞こえてくる。どうせ煎餅だろう。


 青伸(せいしん)せんべい。


 それが彼のペンネームで、僕の作品よりもランキングはずっと上に居る作者だ。とはいえ近しい年齢で、お互いに作品を読み合っていることもあり、切磋琢磨する仲として今は仲良くさせてもらっている。


 せんべいなどというふざけたペンネームよりもずっと本名の方がカッコ良かったりするので、本名の方がペンネームっぽい、と周りにもよく言われているそんな奴だ。


 生まれた年も一緒という稀有な関係もあり、今ではお互いに口調に遠慮がなかった。実はまだ会ったことはない。


「……いや実は、何故かSNSとかで同性愛者疑惑をかけられていてね」

「ほう」


 思わず吐露してしまったのは、やはり同い年という関係もあったからか。それとも深夜まで作業していて疲れていたからか。それはよく分からないが、それでも彼は相槌を打ち、時に頷き、しばらくの間僕の愚痴を聞いてくれていた。


「なるほど。うんうん、気持ち分かる」

「分かってくれるか……どうすればいいんだろう」

「そうだねぇ」


 一瞬の間。


「まぁでもほら、火の無いところに煙は立たないって言うし」

「えっ」

「普段通りにしていれば面白くていいんじゃない?」

「さてはフォローする気ねぇなテメエ!?」


 思わず声を荒げる。完全に面白がっているじゃないか。マイク越しに聞こえてんだよ笑いかみ殺してんのがよ。

 そういえばコイツはそういう奴だった。遊び半分によくハメられていたことを思い出す。なんてことをしてくれたんだろう。この前もうっかり騙されて道化の如く踊らされたばかりじゃないか。


『このサイトで紹介しているライトノベルの書き方がとっても参考になってね』

『あ、URLさんきゅー。……「アァン!? ホイホイチャーハン!?」「アッー!!」……おいせんべい』

『ぶっ……くふふ……』

『おいせんべい』


 ……思い出したら腹が立ってきた。


「ったく、お前に相談したのが間違いだったよ」

「まあそう言うなって。うーん、じゃあ疑惑の逆を行けばいいんだよ」

「疑惑の、逆?」

「そうそう。同性愛者だと思われているのなら、もっと別のものを用意すればいい。ロリババアとか、いいんじゃない?」

「それテメエの趣向じゃねえか」

「ぴゅー! ぴゅー!」


 適当な口笛を吹いて誤魔化すせんべい。本当にこの野郎どうしてくれようか。

 しかし、なるほど疑惑の逆を突くというのは悪くないかもしれない。


「ほら、きみの変態嗜好をさらけ出すんだよI藤!」

「変態嗜好ってお前な」

「インパクトが無いと読者も食いつかないよ! 普通にスル―されてなかったことにされたら、きみは謂れの無いことをずっと背負うことになるんだ! さあさあ、インパクトインパクト!」

「インパクト……ねぇ? ……幼女の眼球舐めたいとかにすれば、払拭できるかな?」

「ぶっ……同性愛者どころじゃなくなるし、いいんじゃないかな!」

「今笑わなかったか?」

「いやいやぁ。予想以上に異常だったなんて微塵も思ってないよ! うん、それならインパクトの割に間口も広い! 素晴らしいアイデアだと思うよ!!」

「そ、そうか……よし、こうしよう!」


 間口、広いのか。眼球フェチって相当アレだと思うんだが。というか僕はそんな趣味ないんだが。……でも、払拭できるとせんべいも太鼓判を押してくれているし、インパクトもあるのなら。


「やってみるよ。これで僕も何とか、払拭できる気がしてきた!」

「お、おう! が、頑張れよ!」


 なんだ、せんべいもピンチの時は助けてくれる奴じゃないか。

 彼の評価を上方修正しつつ、僕たちはその日しばらく作業をやってから、互いに明日の学生業の為に眠りについたのだった。

 明日には全て片付く。そのことが、僕の胸を高鳴らせていた。








 その時は、そう思っていた。









 翌日の夜、嬉々としてSNSを開き、僕は自分のイメージを改変するべく動き出した。

 内容は、「幼女の眼球なめたい」というもの。いや自分でも本当にどうかと思うのだが、背に腹は代えられない。やれることをやるまでだ。


「実、は、僕、は、幼女、の、眼球、を……」


 一文字ずつ打っていく度に、何故だろう自分の心を悪魔に売っているような気がしたが仕方がない。そんな風に思いながら、僕は送信ボタンを押した。

 すると思ったより早くそのコメントに反応が来る。これで何とか同性愛者疑惑は拭えたはずだと、僕は少しほっとしつつ画面に目をやった。


『I藤さんはホモの上にとんでもない変態だったんですね!』

『流石I藤さんや! 俺達には無い性癖を次々と暴露していく!』

『…… #I藤さんを白い目で見る会』


 ……あ、れ……?


 おかしい。どうしてこうなった。何故だ。払拭出来ていないじゃないか。違うんだ。僕はどっちでもないんだ。よせ、やめろ、おい……!


 そこで僕は気づいた、タイムライン上にアイツの姿もあるということに。

 助けろせんべい、状況が悪化したんだ。僕一人の力じゃどうしようもないんだ。


 そんな気持ちを込めて、僕は彼にコメントを送る。

「I藤:@seishinsenbei 僕はノンケだ、きみなら信じてくれるはずだ」と。

 祈るように待っていた、スマホのバイブレーションが鳴り響く。すかさずチェックした彼の返信コメントがスクリーンいっぱいに広がった。






「青伸せんべい:@I_fuji おや、どうされました♂ ノンケなんて単語、日常生活ではなかなか飛び出しませんよ♂ 大丈夫です♂ 信じてますから♂ I藤さん♂はきっとノーマル♂だって♂ この言葉が何よりの証拠ですホモォ」







 ……終わった。


 何もかもが、終わった。


 あの野郎最初から、また僕で遊び倒すつもりだったのだ。

突如バイブレーションが次々と押し寄せる。何かと思えばせんべいのコメントを拡散またはお気に入りに登録する動きが続出だ。

 どうしてくれるんだこの状況。もう僕に味方は居ないのか。


 ああ、エリ・エリ・レマ・サバクタニ。

 あのお菓子野郎本当によくもやってくれたどちくしょう。


 震える拳を握りしめ、僕は精一杯の力を振り絞って叫ぶ。彼への返信は、そう。

 恨み募った、突き落された地獄からの怨嗟。


「I藤:@seishinsenbei せぇんべええええええええええええええええええええええええええええい!!!」


 これがきっかけであの動画に青伸せんべいの名が載ったのは、また別の話だ。


ひとことキャラ紹介II


青伸せんべい ナチュラルな畜生

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