乙ゲーヒロインがリアルで選んだ結末は
色とりどりの夏薔薇としゃんと背の伸びた向日葵が咲く、何これこんなん日本にあんのかよと突っ込みたくなるような優雅で典雅な庭園の片隅、平たく言うと校舎裏さらに正確にはごみすて場で、ひとりの少女が追い込まれていた。
ちょっと日本人としてその顔立ちおかしくね? リアル天然物ですか? もう芸能界行けよとしか思えない、小麦色の髪に青みがかった黒い瞳は潤んで輝き、真っ白な頬は庭園の薔薇のように上気して、大きめの袖から覗く両手を握り合わせている。萌え袖である。彼女は混乱を表すように細かく震え、自分を取り囲むものたちを信じられないように見渡している。
「エリカ……あなたは、誰を選ぶのですか」
せつなげな美声が何かをこらえるように彼女に向かって注がれる。その声の甘さに、エリカと呼ばれた少女はぴくりと肩を揺らした。
彼女を取り囲むのはとびきり美麗な数人の男たち。髪の色は赤、青、紫、緑とどうやったら東洋人の遺伝子からそんな色生み出せるんだ! おかしいだろ! という派手さ。それは彼らの瞳の色にも言えた。女の子のように可愛い顔立ちのものもいれば、いかにも生真面目な長身の男、どこか人を食ったような色気溢れるホスト崩——いや、伊達男、唯我独尊を体現した不遜な態度のもの、熱血漢然とした暑苦し、いや真剣な眼差しをした少年、様々な特徴を有し、同じ制服に身を包んだその男たちは、同じ感情を剥き出しに、同じように甘くエリカを見つめていた。最初に声を発した金髪の男は、切なさの中にどことなく病んだ空気を孕み、乞うようにまた、彼女の名を呼んだ。それに触発されたらしい、他のものたちも一様にエリカに求める。必死である。当のエリカは彼らの剣幕に後ずさり、もっと頬を染めていく。
「うそ——あ、麻月くん、まで? みんな、ほ、本当に……えっと、わ、わたしの、こと……」
「さっきから何度も言って言ってんじゃねえか! 俺らは、おまえが好きなんだ!」
「そうだぞ、エリカ。分かったら、俺を選べ?」
「ちょっとお、会長何アホ言ってんのおー? 強制するなんてサイテー」
「選ぶのはエリカだ」
「……え、エリカ、ちゃん……は、誰が、好き、なの……?」
「ちょお待て灰森、おまえ近付き過ぎ」
「あーもう! エリカが喋れないでしょ! ちょっと黙ったらぁ」
「チビのくせに……」
一番背の低い少年の不機嫌そうな言葉に、今まで喚き散らしていた彼らはしぶしぶといった様子で黙り込む。しん、と張りつめた沈黙が落ちた。エリカは真っ赤になったまま、喘ぐように息をする。
「あ、の——ごめん、わ、たし……」
「エリカ?」
穏やかで優しい声が、安心させるように彼女に向かう。それはエリカの幼馴染みの声だった。彼の目にも恋情は溢れているが、それを完全には理解できていないエリカは、ほっとしたように強ばった頬を緩める。そして、聞き慣れた声に背を押されたのか、決意を込めた表情に変わった。
「みんな、ありがとう。すごく——嬉しい。でも、わ、わたし……好き……だと思う、ひと、いる、の」
ま、まだはっきりとは分かんないけど……と消え入るような最後の囁きに場は騒然となった。
「エリカ、それは誰だ!?」
「エリちゃん、誰が好きなの? 他のやつらに遠慮しないで選んでよ」
「エリカ!」
悲愴な叫びにエリカは弱った顔をする。
「え、そ、それは……」
わたしの片思いだし、言えない、とぽそぽそ呟くが、男たちには聞こえていない。はっきりしない彼女に彼らは次々と疑問の声を上げては詰め寄っていく。彼らも必死なのだろうが、エリカもどんどん泣きそうになっていった。この勢いで相手がばれたらおそらく相手に迷惑をかけてしまう、という考えが無意識のうちに働いていたのもあってか、なかなかその相手の名前を出せない。その態度に彼らはさらに頭に血がのぼる、という悪循環だった。ついにエリカの頬を一筋の涙が伝ったそのとき————
「おい、好きな子によってたかって言いたくないこと白状させるとか最低だろ」
呆れたような声が、ぽんと騒動の真ん中に落とされた。
その場にいたもの全員が声の主に注目する。眉をひそめて彼らを見つめる少年は片手にゴミ箱を抱えていた。どうやらごみすて当番でやってきたらしい。男たちと違い、ごくごくふつうの、どちらかと言えば薄味というか醤油顔というか、どうひいき目に見てもイケメンとは言えない、中肉中背の少年だった。しかし、その少年の顔を見たときのエリカといえば、目をまん丸くして、ひどく驚いた顔を先ほど以上に赤く染めあげていた。明らかにアレしてるアレな顔だったが、幸か不幸か、そのときは誰も彼女のことを見ていなかった。
集団の中のひとりが、冷たく言う。
「あなたには関係ありません。口出ししないでいただきたい」
「いや、俺だってひとさまの色恋沙汰なんか関わりたくないけどさ……リア充爆発しろって感じだし……」
後半の恨みがましい言葉は聞こえなかったのか、はっきり言え、と誰かが苛立たしげに怒鳴った。ムッとしたらしい少年は、だからさあ、と目尻を吊り上げる。
「やりすぎだろっつってんの。泣きそうになってるしさあ。可哀想じゃん、むりやり言わせるとか。あんたらがその子のこと好きだからって、その子が自分の好きなひとのこと言うか言わないかは自由だろ? 片思いならなおさら、言いたくないだろーし」
「エリカのことを好きにならない男などいるものか!」
「え、いや、彼女持ちとかは、ならないんじゃない……? てかそれ、良いの……?」
イケメンってわかんねー、と少年は頭を掻いた。エリカはそんな彼をじっと見つめている。
「えーっと、とにかく、やめてあげたら?」
「……何も知らない奴に言われるのはすっごーく不愉快だけどお、正論だね。これじゃあボクたち悪者みたい。で? キミはー、何しにきたの? アリガターイ忠告終わったんなら、さっさと消えてよ」
「いや、何しにきたって、ゴミ捨てだけど。つか、ゴミ捨て場なんかでこんなことすんなよ……」
俺だって早く捨てて帰りたかったのに……と少年はぶつぶつぼやきながら、改めて美形勢揃いにおののきつつ、焼却炉の横の大きなポリバケツにゴミ箱の中身を流し込む。ほとんどエリカを見ていなかった彼は気づかなかったが、彼女の目は、かなりはっきり、ハートマークに変わっていた。
秋塚くん、と呟く彼女は、どこからどう見ても恋する乙女なのだった。
「エンダアアアアアアアアアァア! すげええええダークホース! 秋塚ナイスダークホース! ゲーム補正もイケメン補正もまったくないのに中身ナチュラルイケメンとかレベルたけえええ!! 萌え! ほのぼのカップル萌え! イイ! 秋エリいい!!」
はあはあはあと気持ち悪いくらい興奮しながらごみすて場を双眼鏡で覗き見る少女が、ひとり。
いや、正確には、男女が一組、である。
今にも涎が出そうな少女の横で、ドン引きした様子の少年が壁に背を預けた姿勢で溜息を吐いた。
「温田、きもい」
「ひどい! 事実でもひどい!」
「自覚してんじゃねえか」
「桐谷が言うと掛け値なく本気に聞こえて胸に刺さるからほんとやめてくださいわたしチキンハート」
「いや掛け値なしに本気だから。ストーカーの上に変態とかまじでないから」
「やめてください!」
半泣きで少女、温田八重は少年を振り返った。そしてその補正されまくった美貌を睨む。桐谷はふわふわの羊みたいな髪と、何にも関心薄そうな眠たげな垂れ目に整った鼻梁、そしてちょっと意地の悪そうな皮肉っぽい微笑の似合う、明らかなイケメンだった。
「なん、で、あんたはエリカに惚れないわけ!? イベントことごとく無視りやがってええ。わたし桐エリ好きだったのに!」
「またそのモーソーか。なんで俺が庄司に惚れなきゃいけないのかイチから説明してくだサーイ」
「むっかつくー! 何度も言ったじゃん! ここが! 乙ゲーの世界っつーか舞台だって!」
「おまえの電波なところ、面白くてイイと思うよ」
「優しい声出すなむかつく! くっそ堀やんの声無駄遣いしやがって……うっときめく……」
「よくわからんがきもい」
「酷い!」
馬鹿にするような眼差しから逃れるようにして両手を地につき、唇を噛み締める。本当なのに。
八重は知っている。
学園恋愛シミュレーションゲーム『永久に恋う薔薇〜綺羅月学園恋日記〜』が、今の八重の生きる世界の土台であることを。
八重は生まれ変わるたび、いつもうっすらと前世の記憶を持っている。たとえば中世イギリス、たとえば明治日本、たとえば北欧の森、たとえば——今とほとんど変わらない、現代日本。記憶といっても微かなもので、そのときの情景がひとときばかりだったり、強烈に抱いた感情だったり、誰かと交わした言葉だったりと、ときどきいる『胎児の頃に母親にかけられた言葉を覚えている』人並に曖昧だ。転生するたびに前世の前世の前世の記憶たちは擦り切れていくし、ひとつ前の記憶もなんとなく愉快な人生だったナーというくらいしかない。だから八重、温田八重として生きてきた中学一年生まで、いつものことだと深いこと考えていなかった。また現代とかわたしの魂の時系列どうなってんの? くらいは思っていたけれど。
けれども、彼が現れた。
桐谷誠一郎。『永久に恋う薔薇』の攻略対象のひとりである。
彼と出会ったのは中学の入学式の翌日、クラスメイトとしてだった。よろしく、とぶっきらぼうに話しかけられたときの強烈な違和感。三次元にこんなイケメンいんのかまじでうっそありえねえ怖ッ、と思ったその日は、けれどまだ、気づいていなかった。
だが、しかし。
そもそも八重は、自分の入学した学校名に、まず、違和感を覚えるべきだったのだ、と半月後、生徒会長の姿を遠目に目撃したときに頭を抱えた。
そこから一気に奔流するが如く記憶は甦り、ここがゲームの世界だと気づいたのだった。
これは夢を見ているのか、それとも今までが夢だったのか、それともこの記憶はただの既視感で、錯覚しているだけもしくはなんかのゲームと混同しているだけなのか、それとも予知能力などというファンタジーなのか、と色々悩んだが、悩み過ぎた結果真っ白に燃え尽きたのですぐに考えを改めた。
夢か現か妄想か、とにもかくにも我はある! 我思えば我在れり! コギト・エルゴ・スム! ドント・シンク・フィール!
つまり投げたのである。
ゲームの中でもどうやら世界は前世と変わらず宇宙まで広がり、八重の愛した漫画もアニメも変わらず存在する。不思議なことに『永久に恋う薔薇』は売っていなかったが。だから八重は構わず二度目のヲタク人生を突っ走り、高等部に上がるのを待っていた。『永久に恋う薔薇』は外部生として主人公庄司エリカが入学してくるところから始まるのである。
つまり! 我が嫁! エリカたんが!
三次元に降臨なされる!
その事実に思い当たったときの八重のテンションの上がりようときたら、その頃漫画友達になっていた無感動無関心無愛想の権化桐谷をして、病の心配をされるほどであった。
「はあはあまじエリカたんかわえええ……やっばい……超美少女……握手券ほしい……」
「おい正気に戻れ」
ゴッ、と容赦なく頭を殴られ我に返る。涙目で睨ねつけても桐谷は気にも留めない。この男、ぜったいに八重のことを女と思っていない。……べつに良いけど。
ほう、と溜息をついて、ごみすて場に視線を戻す。八重はもともと、攻略対象単体より、主人公との組み合わせで萌えたぎるタイプだった。カプ厨である。もちろん単体でも好きになれるが、それでいうと、むしろ主人公が最愛。エリカたんくっそ可愛い。エリカ総受けが信条だった。そしてこのゲームでいうと、この、隣で漫画を読んでいる桐谷誠一郎か、ちょっと毒舌なショタ奥武島豊、どもり癖のある灰森和紀がベストだった。灰エリはほんと神。いや天使。可愛過ぎる。
でも、と現実のエリカを観察する。
どうやら、彼女はゲームとまったく関係ない、ある意味現実の人間を選んだらしい。叶うかどうかは、だからこそ未知数だけれど。
エリカが幸せになるといいな、と思う。八重は、このゲームにはまったく関係していない。名前が出ない生徒Aですらない。ごみすてにいった秋塚と同じく、『ある意味現実の人間』だ。嬉しいことにクラスは一緒だったが、ごくふつうに挨拶を交わす程度の仲だ。友達にすらなれていない。まあ嫁は平面だからこそハアハアできるので、これで良いのだ。べ、べつに悔しくなんてない!
「しっかし、秋塚はほんとチートだよねー。さりげなくイケメンなことをさらっとやって自覚ないとこがさらに。かといって顔もふつうだし、この塩梅すげえ。まっさかエリカがルート外のひとを好きになるなんて予想外だったけど、現実なら、確かに誰に恋するかなんて自由だもんねえ」
「おまえそれ俺にも言ってほしいんだけど」
「いやちょっと桐谷には未練が! 桐エリルートに未練が!」
「まじうぜえ」
チッと舌打ちされた。歪みない男である。
「ごめんてば。……うん、でも、秋塚はめちゃくちゃいいやつだし。予想外だけど、これはこれで萌える。わたしもイケメンよりこっちの方がときめくかも……初々しい、派手じゃないけど糖度爆弾の恋愛……少女漫画みたい……うふ、うふふふ。秋エリ、イイ。ときめく」
「だからきもいっつーの。あとおまえの好みとか関係ねえだろ」
「うっ、そうだけど……」
「だいたいあんだけ美形に涎垂らしといて何がイケメンよりこっちのいい、だよ」
「うーん、ぶっちゃけ三次元の男は薄い顔のが好きなんだよねー。あのひとたちは、ゲーム補正あるからときめくけど。わたしは二次元が好きだからさあ」
「…………は?」
あははー、と笑うと、傍らからものすごく不機嫌な、低い声が落ちた。
えっ、と固まる。な、なんでこいつこんなに苛ついてんの。
「つまり、俺の顔も、そんなに、好きじゃないって?」
「え? いや、まあ……嫌いじゃないけど……。どっちかというと声が好きです鼻血出ます」
「……あっそ」
ふいとそっぽを向かれてしまった。なんなんだ。珍しく罵声がこなくて調子が狂う。いやマゾじゃないですけども。まさかついに飽きられてしまったか。
桐谷に八重の脳内に最高潮の不審を持たれ、問いつめられたとき、とうとう白旗を上げた彼女が彼に最初に聞いたのは「ギャルゲーってやる?」だった。いや、それは……と否定しかけた彼だったが、じゃあ無理かなあとがっかりした八重の姿に「いややってる。女の子落としてる」と正直な答えを返した。そこで、証明はできないんだけど、と『永久に恋う薔薇』とこの世界の関連性を話したのだ。未だに微妙に信じてはもらえていないようだが、そのときは嘘つけとぶった切りはしなかった。かといって全面的に信じてもくれなかったけれど、その中立的な姿勢にほっとしたのも事実だ。もし八重が間違っていたとき、きっと彼が指摘してくれるのではないかという、甘えも生まれた気がする。
しかし誤算だったのは、主人公の名前を明かさなかったというのに結局桐谷はエリカに惚れなかったということだ。フラグクラッシャーを地で行っていた。あんなに! イベントは! 忠実に! 発生したというのに! むしろルート無視してまで発生したのに!
そしてこの男、やきもきする八重に言ったのだ。おまえの妄想の主人公って、庄司だろ、と。
これだから頭の良い男というのは! ばかやろう! エリカに惚れて悶々するあんたが見たかったのに!
桐エリが見られないことが確定した瞬間、八重はかなり落ち込んだ。白状しなきゃ良かったと本気で思った。
桐谷のむかつくほどきれいな顔を覗き込んで、あーあと眉を下げる。まあ、秋塚も、意外性あっていいんだけどねえ。
八重の気持ちを読んだのか、桐谷が呆れたようにぼそっと洩らす。
「たぶん、秋塚は庄司に惚れねえぞ」
「え! 何で!?」
「何でって……あいつは攻略対象でもなんでもないんだろ? じゃあ無理にときめくこともない」
「いや、でも、エリカは良い子だし、ふつうに好きになることだって……」
「まー、あいつに、好きなやつがいなけりゃ、ねえ……」
え!? と八重は叫んだ。慌てて口を覆い、ちらっとエリカたちを一瞥してから桐谷に詰め寄る。
「ちょちょちょちょ待って! 何それ! マジですか!? 秋塚のくせに!」
「失礼過ぎだろ」
「あ、いや、そそそそう、だね、ごめん。ちょっと動揺して……まあ、そ、う、だよね……彼には、彼の、感情が……うん……」
うわーうわーと頭を抱えて小さく唸る。混乱している八重は、桐谷が「秋塚、おまえもまったく気づかれてないぞ……不憫なやつ……」と遠い目をしていることには気づかなかった。
だんだん事態を飲み込めた八重はぶわっと両目を潤ませた。その様に桐谷がぎょっとする。無表情を動かして彼女の肩にやんわりと触れた。
「お、おい、どうしたんだよ」
「だ、だって……エリカが、エリカが……エリカが振られるなんて……エリカ泣いちゃうよ……」
「いやいやいや待て。ゲームだと、庄司はけっこう肝の座った強い女なんだろ? 大丈夫だって」
「で、でも、でもいろいろ、ゲームとずれすぎてるし……」
そう、そうなのだ。
ゲームと現実とでは、少しずつズレている。そりゃあ現実に生きているのだから、当たり前といえばそうなのだが、そのズレに八重はものすごく違和感を覚える。その最たるものが登場人物の性格。その筆頭が桐谷誠一郎だ。この男、ゲームでは描かれなかった設定なのか、そもそもそんな設定ないのか判別がつかないが、八重を見放さずそれなりについていける程度にはヲタクである。とくにRPGと料理漫画が大好きなのである。ラノベも読む。少女漫画ですら、八重が薦めれば読む。この前大河ものにハマっていた。
無の三冠王であるところの孤高の少年のはずが、意外と友達も多い。八重もそのうちのひとりだ。そして主人公だけに意地の悪い愛情のこもった笑みを向けることでファンを沸かせた彼は、わりとふつうに笑う。
こいつ、ほんとに桐谷誠一郎か? 同姓同名の別人じゃね? と思ったがおい立ちはまんま『桐谷誠一郎 CV. 堀山恭弥』だった。ひそめた声がちょっと掠れてかなりときめく。
そういう相違点を発見するたびに、これはなんなのだろう、と八重は奇妙な気持ちになる。これはゲームの中ではなく、パラレルワールドなのだろうか。この学園とエリカたちを見た誰かが、どこかの世界で八重のように記憶を持って生まれ、いやもしかしたら違う八重が生まれて『永久に恋う薔薇』を作る。それで遊んだ八重がまたこの世界に——いや、また違う『この世界』に生まれる?
おびただしい数の糸が絡まり合い、その糸と同じほど生まれるいつかどこかで相似点ができ、八重のように既視感を覚える人間がいる?
それともすべて夢で、起きたら現在とは違う八重がいるのだろうか。
ああ——駄目だ! やっぱりいくら考えても分からない! 大事なのは我思うこと! 意思よ存在せよ!
こうやって何度も悩んではその思考を無駄だと悟る。きっと永遠に出ない答えを求めても仕方ない。分かっているのに気になってしまう。成長しないおのれが憎い。
「温田、またアホなこと考えてんだろ」
「う……いや……べつに……」
「もう今日のストーキングは良いだろ。俺この前買ったシュバルツレーン2やりたいんだよ。対戦しようぜ」
「えっ、はっや! 先週出たばっかじゃん!」
「出るの待ってたからな」
桐谷がにやにやしている。嬉しそうだ。そのたぐい稀なる美貌に少し胸が騒ぐ。これは、そうだ、美形だからだ。美形が美麗に笑っているからだ。出たばかりのゲームができることに興奮しているからだ。まったくおかしなことではない、と八重は思い込む。手首を引っ張ってくる桐谷の手が、包み込むように大きくて熱いのは、そう、萌えポイントなのだ。わたしは今、桐谷誠一郎に萌えている、とそこまで考えてなんだかこの思考はさすがに変態くさいなとしょんぼりする。八重は一応、ぎりぎり自分は変態ではないと信じている。
「ま、庄司のことはこれでエンドにきたんだろ」
「そう、なのかなあ」
「エンディングは流れないけどな」
「エンドロールもね」
「現実は分かりにくい」
微笑みを含んだ声だった。八重は瞬き、そうだね、と頷く。
「もしかしたら、秋塚の次に、あの中の誰かに恋するかも、しれないしね」
「そりゃあ、壮大に遠回りルートだな」
「もしかしたら、桐谷にくるかもよ?」
冗談半分、期待半分で言ってみると、桐谷が自信たっぷりに見下ろしてくる。ぐいと腕を引かれ、額が触れ合いそうなほど顔が近付く。わずかに上がった口角がとんでもなく甘ったるく、そのうえ少年キャラのくせにくらくらするくらい色っぽくて、ぶわっと体温が上がってしまう。ああまったく、なんておきれいな顔なんだろう! 三次元に浮気しそうだ。
「それは、ない。あっても、俺は応えない」
やけに力強く告げられる。なぜだ。なぜそんな冷たいことを言いやがるのだ。怪訝げになるわたしを睥睨して彼は言う。
「もう庄司のことから解放されたんなら、俺も自由にさせてもらうからな」
「…………はあ……?」
何を言っているのだこの男は。
自由にするも何も、もともと常に我が道を往く自由人のくせに。
「あーわかんなくていい。おまえ、アホだし、期待してなかった。してなかったとも」
「おいまてこら失礼ではないか君ィ」
「いいから行くぞ。あんまりこの場にいるとばれるんじゃねえの」
「あ! う、うん。喜代原が気配に聡いから!」
「副会長か……」
桐谷に手を引かれながら、最後に一目、とそっと振り向く。攻略対象相手にはついぞ見られなかった恋するエリカの、花開くような幸せそうな表情が目に入り、八重はうっと喉を詰まらせた。
「うぅっわエリカたんまじ天使!! やっばいときめく!」
「チョーキモーイ」
「うるっさい! なんで桐谷にあの可愛さが分からんのか意味分からん!! あーもほんとやばい可愛い可愛過ぎる————うっ、ときめきすぎて気持ち悪くなってきた。吐く」
「吐くな馬鹿!」
永久に恋う薔薇の世界は、なんだかんだで今日も舞台裏まで平和に満ちているのだった。
アホみたいに軽いものが書きたい!という欲求と相まってなんかぱっと思い浮かんだので書いてみました。最近はやりの乙ゲー転生ものが、人それぞれの解釈で面白いなー、実際これの原理ってどうなってんだろうなー、とかもやもや考えていたらなぜかこうなりました残念!! たぶんおたくが現代に転生したらまたおたく人生やり直すと思うんだ……だって見たことない漫画出てるかもしれないんだぜ……? でも逆に好きだったマイナーな作品がなかったら絶望。
少女漫画にするか少女小説にするか乙ゲーにするかで迷ったんですけど、少女小説だと最近はわりとハードなファンタジー世界が多いし、少女漫画だと意外と逆ハーは少ないし、なんだかんだで学園ものも多い乙ゲーに落ち着きました。秋塚くんは一途な不憫要員です。八重の名前が某大河ドラマとかぶりすぎてて冷や汗だったんですけどでも一発変換で出ちゃったし日本人名難しいしもう思いつかないしでなんかいろいろアレがアレですみません!!でした!!
ここまでおつきあいくださりありがとうございました。