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一つお聞きしても良いですか?

病院に着く頃にはすっかり暗くなって、面会時間も終了してしまっていた。

どうやって中に入ろうかと思案していると、廊下の窓から祐也が顔を出した。


「あ、結季ちゃん、戻ってきたんだ。」

「……藤堂先輩。」

「後ろの人たちが結季ちゃんの言ってた『専門の人』?」


祐也は結季の後ろについてきた春希と橘を見て目を丸くしている。神官服の橘はともかく、春希は見た目には霊能力者には見えない。


「面会時間は終わっちゃってるんだけど、ちょっと待っててね。そっちに行くよ。」


窓から祐也の姿が消える。

数分後、非常口から抜け出した祐也が結季達の目の前に立っていた。


「あ、そうだ。繭子ね、助かったよ。まだ意識は戻ってないけど、命に別状はないって。」

「そう…ですか。」


結季がほっと息をつくのを見て、祐也は笑みを深くする。


「やっぱり結季ちゃんは優しいなぁ。」

「藤堂先輩……。」


笑っている。心配していた元恋人が無事だったのだから、笑顔を見せるのは当たり前なのかもしれない。けれど結季はその笑顔に不穏なものを感じて足を止めた。


「結季ちゃんは本当に優しいよ。自分を呪った女の為にお祓い屋呼んでくるなんて。」

「……。」


祐也は笑っている。笑っているのに、それはどこか冷たく、暗い笑いだった。


「……藤堂先輩。一つお聞きしても良いですか?」

「結季ちゃんの質問なら何でも答えちゃうよ。なに?」


「……先輩は、なぜ、私に霊感がないことを知ってたのに、呪いの相談を持ちかけたんですか?」


結季の質問に祐也が一瞬目を見開く。そしてすぐに愉快そうな笑みを浮かべた。


「俺が気づいてるってよくわかったね。」

「先輩が、『繭子以外に誰がこんなことできるんだ。』と言ったので。」


結季はその祐也の言葉に違和感を覚えたのだ。


「あの言葉は、不破先輩が、人を呪う力を持っている前提で、出る言葉です。そして、私にはできないとわかっていないと、あの言葉にはなりません。」


結季の霊感少女としての噂には誰それを呪っただのという事実無根も含まれている。呪詛能力を持つ可能性があって、それを否定しているのは繭子も結季も同じなのだ。


結季は不思議と凪いだ心で祐也と向き合っていた。これも禊ぎの効果だろうか。だとしたら橘に感謝しなくてはいけない。


「……すごいね。結季ちゃんは。」

「…藤堂先輩、質問に答えて下さい。なぜ、私に不破先輩に呪われたなんて相談をしたんですか?」


結季の質問に、祐也が少し考えるようなしぐさをする。


「最初に声をかけたのは興味本位。」

「…興味…本位…。」

「そ。1年に霊感が強くてお祓いとか心霊相談とかやってる子がいるって噂だったから、どんな子かなって。」


まさか霊感ゼロとまでは思ってなかったけど。と祐也は笑う。


「繭子の話は半分本当で半分嘘。けんか別れして、『呪ってやる』って言われたのは本当だけど、実際は呪われてなかったから。」

「え…。」


頭に疑問符を浮かべる結季を視て祐也はますます愉快そうに笑う。


「正確には呪われてたけど、自力で解決してたんだ。」

「お前…呪詛を返したんだな?」


結季の隣で春希が地を這うような声を出した。冷たい双眸が眇められ、憤怒の色を見せる。


「呪詛を…返す…?」


結季は説明を求めて橘を見た。橘は困惑気味に説明をしてくれた。


「呪詛返し、言葉通り、かけられた呪いをそのまま相手に跳ね返す術よ。返された側は通常の2倍の穢れを受けるって言われてるの。」

「そう。俺、呪詛返し、得意なんだ。」


趣味特技の紹介でもするような軽さで、自慢げに話す祐也に春希の気配が益々険呑になっていく。


「てめえ、呪詛を返せばどうなるかわかっててやってんのか?!」

「そりゃ知ってるよ。でもさ、最初に呪いなんかかけてきたのは向こうだから自業自得ってやつでしょ?」


祐也はそう言って、左手を前に突き出し、手のひらを上に向けてかざした。

まるでボールか何かを持っているような仕草だが、その手はからっぽだった。


「コレ、なーんだ?」

「?…何も見えません。」


正直に答える結季の横で、春希と橘に緊張が走る。


「あは、さすがに『専門家』の人たちは視えるんだね。結季ちゃんは…視えない方がいいかな。さすがにちょっとエグイもんね。」


祐也は手の中の何かを揺らしながら笑う。結季は目線で春希に尋ねた。


「奴が持ってるのは、呪詛の塊…というか、呪詛を帯びた念の塊みたいなものだ。」

「…どんなふうに見えるんですか?」

「晴海、おまえ、蚯蚓とか蛆虫は平気か?」

「あ、なんとなく想像がつきました。もういいです。」


結季は視えなくてよかったと心から思った。


「そこの霊能力者には見えないお兄さん、正解。これはね、俺と君が仲良くしてるのを見て嫉妬した繭子が、無意識に君にかけた呪詛だよ。」

「私に…?!」

「そう。俺が君といる時にボールが飛んできたろ?あの時だよ。すぐに剥がしておいたんだ。」


祐也の言葉に結季ははっとする。禊ぎの前、春希は『呪詛の残滓』と言っていた。


「え、でも、不破先輩と話していた時に植木鉢が…。」

「それは多分、繭子ちゃん自身の穢れが招いたモノじゃないかしら。繭子ちゃんは最初にあの坊やを呪って呪詛を返されてるから、すでに呪われている状態だったわけでしょ?」


結季は言われてみれば、繭子が何かに押されるように階段を落ちた場面も見ている。あれは繭子自身の穢れが招いたことだったらしい。


橘は結季の前に出て、祐也に向き直った。幣を構えて艶然と微笑む。


「それで、ボウヤはそれを差し出して、お祓いさせてくれるのかしら?」

「そうだね、祓って貰った方がいいね。」


祐也は橘の美貌にも、風変わりな口調にも動じた様子はなく、にっこり笑って、手の中の何かを転がすように揺する。


「でもさ、このままお祓いしたら、多分繭子が死んじゃうよ。」


祐也の言葉に幣を片手に近付きかけた橘の足が止まる。


「…なんですって?」

「この呪詛の核に繭子の魂の一部が繋がってる。というより、繭子の生き霊が呪詛の核になっちゃってるんだ。」


祐也の言葉に結季は春希を振り返るが、返って来たのは無言の肯定だった。


「瀕死の重傷を負った繭子ちゃんが魂を更に損なったら…。」


橘の声が震える。このまま呪詛を祓うわけにはいかなくなった、というのが結季にも理解できた。


「本当はさ、結季ちゃんから剥がした後、すぐにこいつを繭子に返そうと思ったんだ。」


祐也が手の中のそれを更に弄びながら話す。その目は冷たく、繭子への、かつての恋人への情は欠片も感じられない。


「嫉妬も、呪いも、繭子自身の問題で、結季ちゃんを巻き込むなんて許せないな、と思った。死んでもしょうがないよな~って。」

「藤堂先輩!!」


結季の悲鳴に似た叫びが祐也の言葉を遮る。


「冗談でも、そんなこと言わないでください!!」

「……ほら、ね。」

「え…?」

「君はそうやって怒るんだろうなって思ったから、やめた。」


祐也は静かな微笑みを浮かべて、手の中のそれを転がす。目を凝らしても結季にはやはり何も見えない。


「結季ちゃんは、繭子のこと、何で許せちゃうのかな。理不尽な嫉妬で呪われて、けっこう危なかったのに。」

「不破先輩は、私を傷つけるつもりなんてないって言ってました。」

「でも、実際にはこうして君を呪ってる。」

「恨みに思うことも少しはあったのかもしれません、でもそれは不破先輩の一部でしかありません!」


寂しげな顔で謝罪する繭子の顔が浮かぶ。誰も傷つけたくはないと怯える繭子の言葉は本物だ。結季はそう信じた。


「今、藤堂先輩の手の平に、不破先輩が私を怨んで、呪った気持が乗っているとしても、私はその裏に、本当の不破先輩の気持ちが別にあるって信じてます!」

「繭子の気持ちが、この呪いの塊なんだよ。」


「それなら!それが不破先輩の気持ちなら!!」


結季は決然と祐也を見つめ、一歩前に出た。春希と橘が引き留めようと手を伸ばすが、それを避けると、一息に祐也に駆け寄った。


「何を…!?」


驚いて身を引こうとした祐也の手を、その手の上の空間ごと、結季は両手で包みこんだ。

目には見えない何かに触れたとたん、体をビリビリと電流のような感覚が突き抜ける。


「不破先輩が、私や藤堂先輩を傷つけたくないと思っていたのなら、この呪いだって、きっと、本気で私たちを傷つけるものじゃないはずです!」


結季は体が重く、しびれるような感覚の中、祐也に笑って見せる。祐也は驚愕に眼を見開き、目の前に飛び込んできた結季を見つめる。


「いくら見えないからって自分から呪詛を受けに来るなんて正気?!」

「不破先輩の呪いで、藤堂先輩が窓から落ちた時、助かったのは、不破先輩が身を呈して庇ったからです。そんな不破先輩が、本気で私や藤堂先輩を傷つけるような呪いをかけるはずありません。」


言いながらも、結季は全身を覆う圧迫感と眩暈に意識が朦朧とし始めていた。耳元で唸る怨嗟の声。


そういえば、霊感がないので、心霊現象で声のようなものを聞くのは初めてだな、と場違いな考えが頭をよぎる。


「晴海!」


春希の叫びが耳元で聞こえ、温かな腕に包まれたのを感じて、結季は意識を失った。


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