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もう大丈夫なので放して下さい。

それからしばらくは何事もなく、結季はテスト勉強に集中した。


「呪いは誤解だったし、過去問は貰えたし、よかった。」


もともと真面目な結季は学年でも成績は上の中くらいをキープしている。


「テストが終わったら鷹見さんにも心配かけたお詫びをしなくちゃ。」


結季は鼻歌でも歌いそうな勢いでノートにペンを走らせた。




テスト前日、明日から3日間の期末テストが終われば夏休みである。

身代りの心霊相談も再開できるし、夏休みには奈美たちと遊ぶ予定もある。


結季は早くテストが終わらないかな、と考えながら自習となった時間を図書室で勉強すべく廊下を歩いていた。


「あ~結季ちゃんだ~。」


前方から祐也が歩いてくる。どうやら彼も自習時間らしい。


「今から図書室?一緒に行く?」

「さきに佐原君たちが行っているので、私は忘れ物をしてしまって取りに戻ってました。」

「あ~、じゃあ遠慮した方がいいかな~。あの各務君って子、俺のこと超睨んでたもんね~。」

「そうでしたっけ?」


各務の様子に気づいていなかった結季は首をかしげる。


「結季ちゃん鈍くて可愛いなぁ。じゃあ、途中まで一緒に行こうか。」

「そう言えば先輩は逆方向から歩いてきましたけど、本当に図書室に行くつもりだったんですか?」

「いや、屋上でサボろうと思ってました~。」


でも結季ちゃんいるなら図書室行くよ。と笑う祐也に結季は苦笑するしかなかった。


「それなのに成績がいいなんて、藤堂先輩が羨ましいです。」

「そう?でも結季ちゃんだって成績いいって聞いたよ~。」

「そんなことないですよ。私は要領が良くないので…。」


照れながら結季は祐也から目をそらし、窓の外を見た。その視界に何か白い物が飛んでくるのが映った。


「危ない!」


結季の視線を追ってその飛来するものに気づいた祐也が結季を抱き込むようにして庇った。

その飛んできたものはガラスを突き破り、廊下の壁に派手な衝撃音を立ててぶつかった。


見ると野球の硬球である。傍の教室から生徒が飛び出してきて、廊下は騒然となった。

散乱するガラス、窓の外からは謝罪の叫びをあげている男子生徒らしき声がする。体育の授業中だったようだ。


「っぶねーなぁ…。結季ちゃん、怪我はない?」

「…え?あ、はい。藤堂先輩が庇ってくれたおかげで、先輩こそお怪我はありませんか?」


祐也に抱き込まれた格好のまま、半ばショックで呆然とする結季に祐也が気遣わしげに声をかける。


「俺もなんとかだいじょーぶ!や~結季ちゃんの視線を追ってたから気づけたけど、あのまま歩いてたら直撃だったよ。ありがとね~。」

「直…撃…。」

「うん、俺ちょっと先に歩いちゃってたからさ、結季ちゃんが黙っちゃったから何か見えんのかな?って立ち止ったわけ。そしたらボール飛んでくるの見えてさ。今のも霊感のなせる技ってやつ?」

「いえ…私は何も……。」


結季はガラスの破片が飛び散った廊下を見つめ、改めて背筋がぞっとするのを感じた。


「(本当に危なかった…。)」


心の中で呟くことでやっと自分の無事を実感する。と、同時に、今の状況を冷静に思い出す。


「藤堂先輩、もう大丈夫なので放して下さい。」


結季はまだ祐也の腕の中だった。腕を突っ張るように祐也の胸を押し返す。


「あ、もう立ち直っちゃったか。残念。」


廊下はまだ騒然としていたが、ボールを飛ばしてしまった男子生徒達が駆け込んできて、教師に怒鳴られながら掃除を始めると、辺りは落ち着きを取り戻していた。


「……?!」


ふと結季は視線を感じて振り返った。が、誰もいない。


「…(この感じ…前もどこかで…。)」

「結季ちゃんどうしたの?また幽霊でも見たの?」


祐也が振り返ったまま考え込んでしまった結季を見て、声をかけるまで、結季は廊下の向こうを見つめていた。




その後図書室で勉強している間も、結季は先ほどのことが引っ掛かっていた。


「誰かが私を見ていた…?でもなぜ…?」


視線を感じたのは祐也に過去問を貰った時と今日。どちらも共通するのは祐也と一緒にいた時だ。


「まさか不破先輩…?」


繭子の寂しそうな頬笑みを思い出す。円満に別れたと行っても繭子の方は未練がある様子だった。

そんなときに祐也が後輩の女子と一緒のところを見れば心穏やかではないだろう。

結季にはもちろんそんなつもりはないし、祐也だって言動はチャラいが本気で結季を口説いているとは思えない。


「呪いの件は誤解だったけど、厄介なことになっちゃったかも…。」




その日の帰り、結季は校舎を出たところで、足を止めた。


「今帰り?ちょっと、いいかしら?」


結季の行く手を遮るように、不破繭子が微笑んで立っていた。


「あの…不破先輩…。」


なんと言ったものか結季はわからず、立ちつくす。誤解だと説明するにしても、逆にわざとらしく聞こえてしまうかもしれない。


「ここじゃなんだから…。旧校舎の前で。ね?」


結季が入学してすぐの頃に改装工事が施された旧校舎は、木造ながら内装や設備は最新のものが取り入れられ、生徒会室や特別教室などが移設された。

入り口はテスト期間の為か閉ざされていたが、繭子は中までは入らず、入り口の段差に腰を下ろした。


「急にごめんなさいね。晴海さんは、祐也と付き合うの?」

「いえ、その予定は今のところありません。」


直球な質問に結季もストレートに返す。結季のきっぱりとした言い方に繭子の表情が少しだけ緩む。


「そうなの?祐也はかわいそうに、振られちゃうのね。」

「藤堂先輩は私のことをからかって面白がってるんだと思いますけど。」

「あら、ますますかわいそう。」


繭子はおかしくてたまらないという顔をする。


「でも、そうね。私はそれが聞きたかったのかもしれない。」


繭子はそっと目を伏せた。


「もう割り切らなきゃ、とは思ってるの。でもまだちょっと祐也が他の女の子といるのを見ると辛いの。」

「先輩…。」


結季は何も言えず、繭子を見る。綺麗で一途な繭子と言動は軽いが親切で優しい祐也はお似合いだと結季も思う。

でも、それだけでは上手くいかなかったのだ。

恋をしたことのない結季にはまだわからない。何を言えるはずもなかった。


「ごめんなさい。祐也に近づかないでなんて私には言える権利はないの。でも、あと少しだけ、時間がほしいの。」


何か言わなくては、と結季が考え込んで宙を見上げた時、旧校舎入り口真上のベランダから何かが落ちてくるのが見えた。


「先輩危ないです!!」


それは結季の鼻先をかすめ、繭子と結季の間に落ちて砕け散った。

見ると小さな鉢植えだ。


「何でこんなものが…?」


入り口上のベランダにいくつか鉢植えがあるのは知っている。だがそれらは柵の内側に置かれているのだ。


結季はうえを見上げたがベランダには人影はない。そもそもテスト期間中の今、旧校舎は鍵がかかっていて立ち入りできない。


「不破先輩、怪我はありませんか?」


繭子を見ると青褪めて絶句している。尋常でない様子に結季は首をかしげた。


「あの、不破先輩…?」

「あ…え、だい…じょうぶ。あなたこそ、怪我はない…?」

「はい。大丈夫です。」


受け答えの声も震えている。結季を気遣いながらも、心ここにあらずで、「まさか…」とか「どうして…」と呟いている。


「不破先輩、今の、何か心当たりがあるんですか?」

「知らない!私は知らないわ!」


強い否定は肯定と同じだ。結季はまっすぐに繭子を見つめた。

黒く澄んだ瞳に気圧されるように、繭子が一歩下がる。結季はただ黙って相手を見つめた。


「…ごめんなさい。今はまだ上手く話せる気がしないの。」

「不破先輩、それじゃあ…。」

「テストが終わったら、全部、話すわ。信じてもらえるか分からないけど、私、あなたを怪我させたいなんて思ってないの。本当よ。」

「…はい。」


怯えるような繭子の言葉。それでも結季はそこに悪意がないことを感じて頷いた。

ただ、繭子は何かを知っている。そして怯えている。


「先輩。今日、藤堂先輩と一緒にいる時、ボールが飛んできました。」

「…ええ、見てたわ。」

「体育の授業で、一部の男子生徒が硬球を持ちだして遊んでいたのだそうです。ノックのまねごとをしていたのに、何故か打ったボールがホームランになってしまったのだとか。」


ありえない軌道で飛んだボールは校舎を直撃し、祐也と結季をかすめたのだ。


「……。」

「…先輩の意思ではない、それだけは信じてもいいんですね。」

「ええ…。私はあなたを傷つけたいなんて思ってない…。」


結季の言葉に力なく頷く繭子に、結季はほっと息をついた。


「わかりました。テストの後、お話を聞きます。ここは私、片付けておきますから先輩はもう帰ってください。」


テスト明けには春希にも会える。春希ならば解決策を講じてくれるだろう。結季はひとまず問題を先に送ることにした。



そしてその決断を後々まで後悔することになる…。

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