写真ください。
翌日、いつものように各務や奈美と昼食を食べた後、結季は一人で2年の教室がある階へと来ていた。
「…そういえば藤堂先輩って何組だっけ?」
過去2回の遭遇はいずれも向こうから接近してきたので、うっかりしていた。
ついでに言えばどうやって写真を手に入れるかも考えていなかった。
「いきなり写真くださいって言うのはどう考えても変よね。」
ここまで来てから気づいてしまった結季はどうしたものかと考え込んだ。
その様子は空中の一点を集中して見つめ、聞き取れないくらいの小声でブツブツ呪文を唱えているようにしか見えない。
通りすがりの2年生がぎょっとした様子で避けて行ったことにも結季は気づいていなかった。
「どちらにしてもまず藤堂先輩を見つけないと…。」
「俺がどうかした~?」
突然肩に手を置かれて、結季は驚かされた猫のように体をはねさせてその場を飛びのいた。
振り返ると祐也が悪戯が成功した子供のような顔で笑って立っていた。
「結季ちゃんてば廊下で空中見ながら真言唱えてたら流石にちょっと怖いよ?何?お祓い中?」
「唱えてませんしお祓いもしてません。藤堂先輩いつからそこに?」
「ついさっき。『どちらにしても~』くらいから。俺の名前が聞こえたけど、まさか俺に会いに来てくれたとか?」
そのまさかなのだが、用件をどう伝えたものかと結季は答えに詰まる。
「あ…えっと、その…。と、藤堂先輩は数学、得意ですか?」
「数学?うん、まあ得意な方だよ。あ、結季ちゃんって、数学カワちゃん先生でしょ?俺、去年あの先生だったから過去問持ってるよ。いる?」
とっさに出た言葉を祐也は都合よく解釈してくれたらしい。結季はほっと息をつく。
「あ、ぜひください。」
「いいよ。あ、でもせっかくだから、交換条件。」
「え?」
いいことを思いついたというように祐也は人差し指を立てる。
「結季ちゃんのケー番とアドレス、教えて?」
「…交換条件なのに2対1になってますよ。」
「え~、それじゃあ他に何か結季ちゃんにあげるもの…。」
「あ、じゃあ藤堂先輩の写真ください。」
結季の口からとっさに出てしまった言葉に祐也がきょとんとする。
「結季ちゃん、俺の写真欲しがるほど俺のことを…?うっれし~なあ!いいよ!あげるあげる!ついでに俺も結季ちゃんの写メ撮らせてね!」
祐也のはしゃいだ様子に、結季は自分があからさまに誤解を招く言い方をしてしまったことに気づいた。
「あ、いえ、そういうわけでは!着信アイコンを登録してる人ごとに設定しているので、それに使おうと…。あの、違うんですよ。」
「ツンデレっぽいところも可愛いね!それじゃあ携帯貸して、赤外線でピピッと…。はい、それじゃ俺の写真ね、今撮ってもいい?」
祐也は結季の言い訳をあまり聞いてない様子で手早く携帯を操作する。
「はい、結季ちゃんあっち向いて。」
「え?あ、はい。」
言われるままに祐也に背を向けた結季の背中を温かな熱が包み込んだ。
「え?!」
気がつけば祐也に背中から抱きしめられるような格好で、目の前に自撮りモードの祐也の携帯が構えられて、シャッター音が響いていた。
「はい、結季ちゃんの写真ゲット!あ、俺の写真はメールで送っておくね。過去問は明日持ってくるから昼休み俺のクラス来てね。3組だから。」
なかば茫然としている結季の横で祐也はニコニコと携帯片手にはしゃいでいる。直後に結季の携帯からメール着信を告げる音がした。
「……藤堂先輩。」
「あ、ケー番とアドレスと結季ちゃんの写メで俺の方が得しちゃったから、明日数学のほかにも過去問持ってきてあげるよ。確か古文が杉野先生だよね。」
抗議しようとした結季の声を遮るように更に交換条件を出されて、結季はため息をつくしかなかった。
周囲に人がいなかったのがせめてもの救いだ。
「………ありがとうございます。それでは今日は失礼します。」
「うん、また明日。会いに来てね。」
結季は祐也にしてやられた感を引きずりつつ、貰ったメールを確認する。
「ん?先輩、今撮った写真を送ってくれたんじゃないんですか?」
結季の携帯に送られたのはいかにもアイコン用といった祐也一人で写った自撮り写真だ。
「このツーショは俺の宝物にするので、結季ちゃんといえど見せてあげない。」
「私の肖像権は無視ですか。」
突っ込みはしたものの、先刻のツーショットを貰っても、人には見せにくかったので、この写真で良しとすることにした。
「宝物でもなんでもいいですけど、人に見せたりしないでくださいね。」
一応、それだけは、とお願いすると祐也はあっさり頷いた。
「もちろん、俺と結季ちゃんの秘密パートツーだね。」
「……一つ目はもう本人にばれましたけどね。」
先輩じゃなかったら物理的に攻撃していたかもしれない。結季はこめかみを軽く押さえながら、絶対に人に見せたりしないよう念を押し、その場を後にした。
貰った写真を春希にメールで送ったところ、夜に返信が届いた。
『見たところ、呪われてる痕跡は視えない。ストレスをためるタイプにも見えないが、体調不良やその他の不幸も偶然じゃないかと思う。』
簡潔な文章での返事に結季はほっと息をつく。
「偶然か…よかった。」
呟いた時、手の中の携帯がメールの着信を告げた。画面を見ると設定したばかりの祐也のアイコンが表示された。
『やっほー、お勉強ははかどってる?明日過去問渡す約束なんだけど、せっかくだからお昼ごはん一緒に食べない?』
キラキラとデコられたメールは春希の簡素な文面とは対照的だ。
「ご飯はいつも美月さん達と食べるし…。申し訳ないけどお断りしておこう。」
機嫌を損ねると過去問を貰えないかもしれないが、当初の目的は果たしたので、結季はすっきりとした気持ちで返信をつづった。
「え?!晴海ちゃん今何て??!」
「はい、ですからこの後、藤堂先輩に古文と数学の過去問を貰いに行ってきます。佐原君と美月さんにもコピーしてあげますね。と」
「あら、結季は結局藤堂先輩とお付き合いすることにしたの?」
「いえ、過去問をくださるというのでいただくだけですけど。」
教室でお弁当を食べながら、昨日の話をすると、奈美は面白そうに目を細め、各務は顔をこわばらせた。
「また変な噂になるといけないから、僕、ついて行こうか?」
「大丈夫ですよ。過去問を先輩に貰う後輩なんて他にもいっぱいいますよ。」
「そうよね。藤堂先輩なんだかんだで成績いいらしいからノートのコピーとかも2年の間で出回ってるらしいし。」
結局、結季は昼食後、3人で2年3組の教室まで来ていた。各務は何故だか結季を心配して、奈美は完全に面白がっている。
教室の入り口にいた生徒に祐也への取り次ぎを頼んでいると窓際の席に座っていた祐也が気づいてやってきた。
「結季ちゃんいらっしゃい。あれ?そっちは??」
「クラスメートの佐原君と美月さんです。過去問、コピーして彼女たちにも渡していいですか?」
「いいよ~。俺、藤堂祐也。よろしくね。」
「はじめまして、美月奈美です。」
「…佐原各務です。」
結季と祐也の間に立ちふさがるようにして自己紹介する各務を祐也は面白そうに眺めている。
「ふ~ん、仲いいんだね。あ、はいコレ約束の過去問。これもコピーだからいくらでもコピーしちゃっていいよ。」
「ありがとうございました。それでは先輩もテスト頑張ってください。」
男子二人の雰囲気には気づかず結季は礼を言って問題のプリントを受け取った。
「ありがとうございました。ほら、各務、威嚇してないで帰るわよ。」
奈美が各務の襟首を引っ張って教室から連れ出している間、結季はふと視線を感じたような気がして廊下を振り返った。
「……気のせいかな?」
廊下にはそれらしい人物の姿はなかった。祐也や各務、奈美のように目立つ容姿の人間が集まっていたから通りすがりの人目を引いてしまったのだろう。
「それじゃあ私たちはこれで失礼します。」
ぺこりと祐也に頭を下げ、結季たちは2年の教室を後にした。