ご相談はWEBでお願いします。
「ねえ、君が噂の霊感少女ちゃん?」
昼休みの廊下、飲み物を買いに購買へと向かっていた結季はそう声をかけられた。
茶髪のアシンメトリな髪型で、制服を軽く着崩した長身の男がニコニコと笑顔で結季に手を振っている。
甘い顔立ちは女性に人気がありそうだ。
襟章の色から2年生だと分かるが、知り合いではない。
結季の表情に警戒の色が浮かんだのがわかったのか、その上級生はさらに愛想よく笑いかけながら近づいてきた。
「ごめんね、急に。君、ネットで心霊相談とかしてるって聞いたんだけど?」
「ご相談でしたらWEBにて承ります。学校にいる間はお受けしてないんです。」
春希のもとに相談を寄せる人間の多くが同年代の少女が中心なので、結季が表向きの霊能力者として立っていればいずれ同じ学校の人間にも知られるだろうと予測はしていた。
結季は落ち着いて、用意していた言い訳を口にする。
学校は霊道が通りやすいので校内で相談を受けたら余計なモノを呼び寄せるから、と言っておけと春希からも言われていた。
「そうなんだ?サイト見たことあるけど、アレちょっと俺みたいな野郎は入りにくいよね。なんてーの?ケーキバイキングに男一人で入る気分?」
「………そうですね。」
春希が心霊相談を受け付けているブログ『HALの心霊相談室』はパステルカラー基調のやたらとかわいらしいデザインやロゴで飾られており、管理人のアイコンに至ってはテディベアの写真である。
相談者のほとんどが結季の同年代女子ばかりになるのはきっとそのせいだろう。
春希の顔に似合わぬファンシー趣味なサイトデザインについて、今一度改めるよう説得してみよう、と結季は心に決めた。
「まあ、相談て言うかさ、君ってさ、お祓いとかもやるの?」
「…必要があれば…。」
実際に祓うのは春希だが。
「ふうん、じゃあさ、呪いとかも解除っていうかお祓いっていうか、呪い返しって言うの?できる?」
「呪い…返し…ですか?」
実際にやるとしたら春希だが、できるかどうかは知らないので答えようがない。
「先輩はどなたかに呪われてるんですか?」
呪いをかけられるほど人から恨みを買うタイプには見えない。
「ん~、どうかな、ちょっと前に別れた子に『呪ってやる!』って言われてからなんか調子が悪くてさ、まさかと思ってはいるんだけどマジだったらヤじゃん?」
どんな酷い別れ方をしたんだ、と思ったがあえて突っ込みは入れないことにした。
「体調がすぐれないのでしたらまず病院で診てもらった方がいいと思います。」
「霊感少女の割に現実的だね~。ま、そっか。じゃ、ほんとに呪いっぽかったら相談のってよ。」
「……善処します。」
本当に呪いっぽかった場合、解決策を提案できるのは結季ではない。
春希の能力を疑う気持ちはないが、安請け合いはできない。
「君って面白いね。ま、いざとなったらよろしく!あ、俺、藤堂祐也。」
「…晴海結季です。」
「結季ちゃんね。じゃあまたね~。」
ひらひらと手を振って去っていく祐也に結季は後輩らしくぺこりと軽くお辞儀をして踵を返した。
「呪いか……鷹見さんに聞いてみよう。」
『呪いか…。簡単なお清めくらいはできるが、本格的なのになると色々ややこしいんだよな。』
「そうなんですか?」
その日の夜、結季は春希に電話をかけた。呪いの解除やお祓いは可能なのかという問いかけに春希の答えは芳しくなかった。
『呪いの術は色々種類があるからな。専門的な術者に祓ってもらった方が確実だ。』
「呪いの専門家がいらっしゃるんですか?」
『呪う方じゃなくて祓う方の専門家な。呪詛系の祓いが得意な知り合いならいるぞ。』
「知り合い」のところで春希の声に嫌そうな響きが滲んだような気がするが気のせいだろう。
『ついでに言うと、俺は地縛霊みたいな一か所に留まってる霊の祓いは得意だが、浮遊してたり、人間に憑いてるやつの対処はあまり得意じゃない。』
「その得意不得意の違いって何ですか?」
電話の向こうの鷹見はちょっと考えるように沈黙した。霊というものが全く見えない結季には地縛霊も人に憑く霊も変わらないように思えた。
『そうだな…例えて言うなら、物や場所に憑いてる霊を祓うのは掃除や洗濯みたいなもんで、人に憑いてる霊は、手術で病巣を切除する医者の技術みたいなもんだと言えばわかるか?』
「…そんなに次元が違うものなんですか?」
『人間に憑いてるっていうのはそいつの魂に悪霊が絡みつくようになっている。言うなれば心臓に貼りついたがん細胞みたいなもんだ。』
「うまく祓わないとその人が危ないってことですか?」
「そうだ。俺みたいな我流の祓い屋じゃかなり苦戦する。」
「浮遊してる霊が苦手だと言うのは?」
『浮遊霊が苦手なのは、単純に逃げられる可能性が高いって話だ。だから陣を張ってそこにおびき寄せて一時的に地縛した状態にしてから祓う。』
「なるほど、鷹見さんは浄霊も大雑把なんですね。」
結季のずれた感心に電話の向こうで春希が盛大にため息をつく。
『もってなんだ?!もって!!?』
「じゃあもし呪いをかけられてるから解いて欲しいとか依頼された場合はどうこたえるんですか?」
『無視するなよ…ったく、霊視してみて、本当に呪われてるならそういうのが得意な知り合いに紹介してやる。』
「先ほど言われていた専門の方ですか?」
先刻の春希の口調からはそんな協力関係にあるようには聞こえなかったが。
『そうだ。そいつの場合は仕事でやってるから有料にはなるが、比較的安く引き受けてるから高校生でも何とかなるだろ。』
「お仕事…。」
『神社の神職に就いてるやつだ。ちょっと変な奴だが腕は確かだ。もし誰かに呪い関係の相談を持ちかけられたらそいつを紹介するって言っとけ。』
「わかりました。」
とりあえずあの上級生がまた何か言ってくるようだったらそう言おう。
「夜分遅くにすみませんでした。ありがとうございます。」
『相変わらず馬鹿丁寧な奴だな。俺でよけりゃいつでもかけてくれ。仕事中以外はなるべく出る。それじゃあ、テスト頑張れよ。』
耳元をくすぐるような低い声はいつも結季の頭を撫でる時の口調で、結季はちょっと照れてしまう。
「はい。がんばります。それじゃあおやすみなさい。」
胸の奥が暖まったような気分で電話を切ってから、気づいた。
「…あ、そういえば、今日の先輩のこと、話してなかった。」
呪いについて普通に質問から始めてしまったので、そのきっかけとなった上級生のことを春希に告げるのをすっかり忘れていた。
「…テスト明けに改めて相談すればいいか。」
先刻のいまで再び電話をかけるのはさすがに憚られ、結季は携帯を充電器に挿すとテストに向けて参考書を拡げた。