ごめんなさい。
気が付くと、病院のベッドに寝かされていた。
起き上がるとまだ多少頭がガンガンするが、呪詛に触れた時ほどの痺れや重さはない。
「……?」
起き上がり、首をひねっていると、カーテンを開いて、橘が顔を出した。
「気が付いた?」
「あの…狩野屋さん、呪いはどうなったんですか?」
結季の疑問に橘は呆れとも怒りともつかないため息をついた。
「誰かさんの無茶のおかげで、繭子ちゃんは無事よ。あなたが呪詛を受け入れたあと、何故か判らないけど、呪いに込められてた怨念が弱まって、アタシでも祓える状態になったから、きちんとお祓いして、今は心身ともに回復に向かってるわよ。」
「…良かった…。」
結季が思わずつぶやいたとたん、強烈なデコピンをお見舞いされた。
「ちっとも良くないわよ!下手したら死ぬところだったんだから!!」
「うう…ごめんなさい…。」
頭を押さえて呻きつつ、結季は平謝りに謝る。無茶をした自覚はある。繭子を信じてはいたが、呪いの怖さも、実態も知らないで、自分から呪いに掛かりに行ったのだ。怒られるのも無理はない。
「アタシよりも、大激怒してる奴がいるから覚悟した方がいいわよ。」
「う…。」
結季は病室のドアの外からでも感じられそうな怒気を放つ存在に、呪い以上に恐怖した。
「鷹見さん…怒ってますよね…。」
「あれで怒らない人間がいたら、とんでもない冷血漢ね。」
見た目だけなら冷血漢なので怒らないでくれないかなとも思ったが、それは無理だろうなとも思った。
病室のドアが開く。カーテンを引いて現れた春希は無表情で、顔立ちが冷たく整っている分、怖い。
「あの…鷹見さん…心配かけて、すみませんでしっ??!」
怒られるより先に謝罪しようと口を開いた結季の言葉は途中で強制終了させられた。
無言の春希に、抱きしめられ、ぎゅうぎゅうに締めあげられたからだ。痛みに悲鳴をあげかけた結季は、春希の腕も、全身も震えているのに気づいて、口をつぐんだ。
「……馬鹿野郎。」
「…はい。」
絞り出された声も震えていて、結季は今度こそ心から申し訳なく思った。
「…鷹見さん、ごめんなさ…。」
「起きたばかりの病人抱きつぶすなんてひどくない?」
震える背中をなだめるように手を回そうとした時、割り込んできた声に結季は我に返った。
「藤堂…先輩…?」
春希の腕が緩んだので、そっと離れて視線を巡らせると、春希の後から入ってきたのだろう、祐也がニコニコと手を振っていた。
「やほ、無事でよかったね。まさか突っ込んでくるなんて思わなかったよ。」
「お前が言うな。」
結季を背に庇うように立つ春希が低い声で唸れば、橘も呆れたように頷いて祐也の頭を幣で殴っている。
「そもそもあんな危険なものになる前に繭子ちゃんを君が止めてれば良かったのよ。」
「いたた…厳しいなぁ。俺としても人死にだけは回避したいなぁとは思ってたんだよ?でも正直俺の手には余るっていうか、どうしたもんかな~って思ってるうちに繭子はどんどん呪詛との繋がりが深くなっちゃうしさ。」
「…それで私のところに相談に来たんですか?」
「そうだよ。でも肝心の霊感少女は霊感ゼロで、正直諦めるしかないのかな~とか思ってた。」
そう言うと祐也は結季の腕をとって引き寄せた。
「…助けてくれて、ありがとう。」
耳元で結季にだけ聞こえるように囁かれた言葉は、誰を、とも言ってはいなかったが、確かにこの人も助けを求めていたのだ、と結季にはわかった。
「…はい。不破先輩とも本当に、ちゃんと話し合ってくださいね。」
「ソレなんだけど、さっき繭子が意識取り戻してさ、俺振られちゃった。」
「……え?」
意外な言葉に結季が目を丸くしていると、強い力で祐也から引き剥がされた。祐也は気にした風もなく、立ちふさがる春希の横から結季を覗きこんでくる。
「『祐也の気持ちが最初から恋じゃないのは分かってたもの。それでもしがみついていたかったけど、もう止めにするわ。もっと強い自分になってあの子の前にちゃんと立ちたいから。』だってさ。」
「不破先輩…。」
最後に見た、繭子の泣き笑いの顔が浮かぶ。次に会った時は、凛とした美しい笑顔を見せてくれそうだ。結季は嬉しくなって、頬を緩めた。
そんな結季の表情を楽しそうに見つめた後、祐也は屈めていた腰を上げた。
「それじゃあ、また学校で。」
ひらひらと手を振りながら背を向けた祐也を見送った結季の携帯が、ポケットで震えた。取り出して開くと、先ほど別れたばかりの祐也からのメールだった。
文面を無言で追っていた結季は最後の一文に眼を剥いた。
『―繭子が元恋人から恋敵にジョブチェンジしたので、俺もこれからは本気を出そうと思います。と、いうわけで!これから俺に、お付き合いを前提に口説かれてね!!』
「なっ…!?」
「どうした?」
「メール?誰から?」
結季の様子に春希と橘がそれぞれに反応したが、結季は折れんばかりの素早さで携帯を閉じた。
「ナンデモアリマセン。」
「何でもない態度じゃねえだろ。メール、何かあったのか?」
「いえ、あの…。あ、そうだ!鷹見さん、テスト終わったから心霊相談再開できますよ!何か新しい相談来てないんですか?」
無理やり過ぎる話題転換を図る結季に胡散臭そうな顔をしつつも、他人のメールを根掘り葉掘り聞くのも気がひけたのか、春希は自分のスマートフォンを操作し、心霊相談サイトの管理画面を確認しはじめた。
「そうだな…いくつか新しい投稿が……!?」
画面を目で追っていた春希の表情が凍りつく。結季は嫌な予感がした。ギギギと軋む音が聞こえそうな動作で結季を振り返った春希は握ったスマートフォンの画面を結季に見せた。
「!!!??」
何事かと画面を覗き込んだ結季はそのまま固まった。
そこには、相談に乗ってもらい、無事解決したという経験談が書き込まれていた。
『―というわけで、俺にかけられた呪いをHAL先生は命がけで解いてくれました!その勇気と優しさに俺はもうメロメロです!』
という嘘がかなり盛り込まれた文章の最後に、写真が添付されていた。
黒髪童顔の少女を背中から抱きしめる笑顔の好青年。ついでに写真には『HALせんせーと俺!すっごく仲良くなりました!!』などと書き込みまでされている。
「ちがっ…これは!そのっ…藤堂先輩の写真をもらうのに交換条件で!」
「……あんにゃろう……。」
うろたえる結季を余所に鬼の形相と化した春希がスマホの画面を叩きつぶす勢いで、祐也の投稿記事を管理者権限で削除していた。
結季は、ほんのちょっぴり、祐也を呪ってしまいたいと思った。霊能力が無いので、できないが。
とりあえず、学校で再開したら、先輩といえども怒ろう。そう、心に決めたのだった。
本編はここで終了です。ちょっとだけ番外編が続きます。




