ねぇ。
「ねぇ」
「神様っていると思う?」
夕方の刻。
太陽が半ば沈み、オレンジ色の光が窓から差し込む。
ここはごく普通のホテルの一室。三階の右端にある部屋。ここには机と椅子、そして白いベッドが二つおかれている。あまりお客が来ないのか、少しホコリを被り、若干薄汚れているようにも見える。しかし僕にとったらどうでもいいことだった。ここに長居するつもりはない。僕は特に気にもしなかった。
この白い壁に囲まれた部屋には、僕ともう一人が存在していた。もう一人の性別は女。僕と同い年の二十三歳。長くて艶のある綺麗な黒髪、透き通るような白い肌。柄も何もない真っ白なワンピース。表現して言うならば、十人通り過ぎれば八人は振り返るような、そんな美人だった。
そして先ほどの言葉は、こいつが言ったものだった。
僕はさして反応をしない。口だけを開いて簡素に応える。
「さぁ。いるかもしれないし、いないかもしれない」
「どうでもよさそうに答えるのね」
彼女の言葉に僕は肩をすくめる。
「だってどうでもいいからね。いてもいいし、いなくても構わない。それに神様がいるかどうかなんて、僕なんかが分かるはずないじゃないか」
僕の言い分を聞き彼女は、そう、とだけ答えた。二人ともそれから口を噤む。僕らの間に沈黙が降り立った。
僕は作業する手は止めないまま、一人ベッドの上に座っている彼女を横目で確認する。彼女は何か考えているのか、否か、ぼんやりとこの部屋に唯一ある窓の外の風景を眺めていた。長い睫を開閉させている。その姿を見るとなるほど、彼女が美人であるという言葉にも納得が出来る。確かに、いくら女のことが詳しくない僕でも夕日のオレンジ色を肌に纏い、憂いるように外を見る彼女の絵になっている様子を見て綺麗だ、と思う。
ここで僕は誤解をといておきたい。言っておくが僕と彼女はつきあってなどいない。男女関係はまったくなし。二人だけでホテルに来ているのにか?と訝しまれても、ないものはない。キスはおろか手も繋いだことさえない。それに僕は彼女とつきあいたいなんてこれぽっちも思ったことはない。多分彼女も同じだろう。じゃあ何故二人でホテルに?という疑問が残ってしまうが、そんなことはこの際どうでもいい。つい先ほど道ばたでばったり会ったのか、パソコンのサイト上で知り合ったのか、そこらの想像はおまかせすることにする。とにかく今言えることは僕と彼女は他人であり、親しくないということだけだろう。
「あのね」
さっきまでの沈黙を破る彼女の声。ぼぅとした目ではなく、芯のある漆黒の瞳を僕に向けていた。
「私は神様、いて欲しい」
「へぇ・・・・・」
彼女の言葉に、僕は少し興味を示す。作業も一時的に中断した。
いて欲しい、ねぇ。
自分の願望形で言った彼女。ふーん、
「それまた、何で?」
これは僕の台詞。僕が珍しく反応したことが嬉しかったのか、彼女は笑みを浮かべ、口を軽やかに動かし出した。
「神様ってそもそも何だと思う?宇宙の創始者?人間の神秘?私はね、神様って一種の希望だと思うの。私たち人間の希望。例えばね、受験生って勉強するじゃない?そこでこう思うの。よし、勉強を頑張ろう。きっと神様は自分の頑張っている姿を見ていてくれるんだからって。ある物事に頑張れるの。あなたはどう?」
「さぁ」
僕は違う、とは勿論言わない。
「そう。でも私はもし神様がいれば頑張れる気がするの。勉強、仕事や生きることに」
「ふぅん」
適当に相づちをうつ。そして彼女の言いたいことをだいたい理解した僕は、興味を失ったようにまた作業を再開した。
生きること、か・・・・・。
なるほど、ここで神様とやらの話しを彼女が持ち出してくる訳だ。まぁ彼女の気持ち、分からんでもないが。でもここで神について討論するのは、窓も扉もなくただ四方が壁に包まれた密室に閉じ込められた人が脱出しよう、と試みることと同じくらい無意味なことなので僕は参加をしない。手元にある作業をしてしまう方が先決だ。
そんな僕の様子を見ていた彼女は自分のしていたことが意味のないことだと悟ったらしく、口を閉じた。またもやこの部屋は、沈黙に包まれる。僕はもう、彼女の方を見ようともしなかった。
静寂の時間は数分、数十分と過ぎてゆく。だが僕はあれから時計を一度も見ていなかったので、本当は数時間の時が過ぎていたかもしれなかった。作業はあと少しで終わるところまで来ていたのに、僕の決意が鈍り、手を止めさせていた。だから必要ない時間がかかってしまったのだが、もう大丈夫だ。僕はもう決心し、手を動かすのを再開している。
よし、あと少しで、もう少しで――――
「ねぇ」
ここで、僕の様子をじっと見ていた彼女が口を開いた。時は既に、太陽が完全に沈んでしまった時間だった。
「何で私たちはこれから死のうとしてるんだろうね?」
分かりきった質問。
僕は手元にある水の入った二つのコップに、薄いプラスチックに包まれていた白い粉を入れながら、どうでもよさげにこう答えた。
「さぁ」
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