真夜中の出逢い~肉まんとピザまん~
人は一生のうちでそれはそれはたくさんの人と出逢う。
数年間共に過ごす人。
一生分共に過ごす人。
ほんのわずかの期間しか合わないすぐに忘れてしまうような人。
そしてそのまた逆もある。
ほんのわずかの期間しか合わなかったのに記憶に残る出逢い・・・。
そんな出逢いはそうそうあるものではない。
だからきっとあの出逢いは特別なもので、大切な出逢いだったんだ。
一
11月下旬、月もう11回目を終わろうとしていて、今年も残すところあと一月となった頃。
俺は翌日に迫った期末試験の為の勉強に勤しんでいた。
普段勉強しない分、前日の日に徹夜で詰め込むのが俺の勉強スタイルだった。
テストは二日間あり、明日はその初日の日だ。
そのため今日はいつもは学校に置きっ放しにしている教科書を持ち帰り、机の上に広げて勉強を始めようとしたのだが。
日付が変わった夜の零時現在、教科書を広げたはいいがどうにもやる気が出ずに、部屋を掃除したり、漫画を読んだりと結局今の今まで手つかずだったりする。
そろそろ流石に勉強をしなければなどと思い重い腰をあげ机へと向かう。
中間の結果が芳しくなかった為に勉強をせずに挑む訳にはいかない。
もしそんなことをして中間より悪い結果をとってしまったら、我が家に阿修羅が現れる。
うちの母親は怒ると怖いのだ。
あれに比べたら勉強なんて苦ではない。
恐怖心を糧に俺は勉強へ励んだ。
取り組んでしまえば不思議なもので気がついてら時刻は夜中の二時を過ぎていた。
二時間も机に向かっていたせいか、ずいぶんと体が痛んだ。
軽く伸びをして、テスト範囲まで終わらせた数学の教科書とノートを閉じる。
明日ある教科は5つで国、数、社、音、保だ。
音楽と保健は二つで1時間分、つまり一つ30分ぶんの内容で六十分で二つこなすということになっている。
今、国語と数学の勉強が終わったのであと残りの三教科をやらなければならない。
「ふ~」
息を吐いていったん机から離れてしばし考える。
ここまできたら寝るのは諦めて朝までやるか・・・。
なら息抜きにコンビニでもいって夜食でも買うかな。
残りの三教科のうち音楽と保健は範囲は広くないからそれほど時間は掛からないだろう。
コートを羽織り、財布を持ち家を出る。
外は冬を感じさせるには十分な寒さで、吐く息が白かった。
コンビニで漫画と雑誌を数冊立ち読みをし、興味あるものを全て読みつくしたところでコーラ一本とおにぎり二つと肉まんとピザまんを購入して店を出る。
外の気温は家を出たときより冷えているように感じた。
コートの襟元を掴み身を縮こませ歩き出す。
手にぶら提げたビニール袋からおにぎりをひとつつまみだす。
ん、ツナマヨか。
封を切り包みを剥がし頬張る。
ふと空を見上げてみるとぽつぽつと星が輝いていた。
天気がよくないのかあまり多くは見えなく、月はあがってなかった。
あの一際大きく輝いているのは何て星だろうか。
ふと足を止めてしばらく眺めてみた。
夜空に輝く星はあんなにもちっぽけなのにその存在はとても大きく感じられた。
顔を空から前へと戻し歩き出す。
ツナマヨおにぎりを食べ終え次は何を食べようかとビニール袋の中を漁る。
視界に公園が見えてきた。
ここで家とコンビニの半分の距離まで来たとわかる。
なんだかまだ勉強をする気分になれなかったので、もうしばらく時間をつぶそうかと公園によることに決めた。
小さな公園だ。住宅街の間のわずかなスペースに作られたこの公園は滑り台とブランコ、そして砂場しかない。
それでも小さい頃にはよく遊びに来たものだった。
夜の公園はとても静かで、なんだかいつもと違う場所のように思えた。
椅子がないのでブランコに座って残りのおにぎりを取り出しかぶりつく。
ブランコは思ってたより小さくちょっと窮屈だった。
軽くこぎながら空を見上げると自分はずいぶんちっぽけな存在なんだな、なんて思った。
ここから見える星があんなにも小さいように、自分もあれくらい、いやあれ以上に小さいのだろう。
自分はあの星のように小さくても輝いているのだろうか?
そんなことをちょっと思ってみて、果たして自分はどうなのだろうと考えてみたけどよくわからなかった。
「おや、まさかこんな時間にこんなところに人がいるとはねぇ~」
急に聞こえた声にすこしばかりびっくりしながら反射的に声のほうへ顔を向けると、公園の入口に人が立っていた。
暗くてよくみえないが、声色からして女の人だろう。
「君はこんな時間になにをしているのかな?」
そう声をかけながら俺にほうに近づいてきた。
「天体観測?それとも~・・・」
俺の前まで来て立ち止ったのでなんとか顔を確認することができた。
人差し指をあごにあて空を仰ぎ見ながらしばらく考えてから言った。
「家出?」
そう言って俺の顔を見た彼女は暗がりでも分かるくらい可愛かった。
二
まさか女の人から声をかけられるとは思ってもいなかった。しかも真夜中の住宅街にあるちっぽけな公園でだ。
「あれ~?シカトですかぁ?」
しばらくしても喋らかったので彼女は前かがみになり俺の顔を覗き込んできた。
別にシカトをしてたつもりはないのだけど。ただびっくりしてただけで。
結構近くに顔が迫ったために思わず身をそってしまう。
「ま、人には誰にだって、言えない悩みやら嫌なことやらなんやらがあるよねぇ」
そう言うなり隣のブランコに腰掛けた。「うわ、ちっさ」とぼやきながら。
一体彼女はなんだ?急に話しかけてきて。知り合いではないよな・・・。こんなに可愛ければ覚えているはずだし、なによりこの馴れ馴れしい感じの性格なら忘れることもないだろうから、きっと初対面なのは間違いない。
「それなに?」
「え?」
急な質問に少し戸惑いながら彼女を見ると俺の手元のビニール袋を指差していた。
「あー・・・。肉まんです」
本当は肉まんとピザまんだったのだがそこまで詳しく言わなくてもいいだろう。
「あぁ!一個くれない?お腹空いてるんだよねぇ。駄目かな?」
なんとずうずうしいんだろうか。馴れ馴れしいだけで飽き足らずか。
でも彼女の期待の眼差しを見て断れる男がいるだろうか?そんなに目をキラキラされたらあげるしかないじゃないか。まったく美人の笑顔は卑怯だ。
そんなわけで俺は袋から肉まんとピザまんを取り出し、肉まんのほうを彼女に渡した。
「わ~。ありがとうっ。君優しいね」
あ、まだ温かいといいながら彼女は包装をはずし肉まんを食べ始めた。
なんなんだろう、この人は。
「君、名前は?」
ぼんやりと彼女のことを横目で見ていたら彼女はそう尋ねてきた。
「スズシロです」
「下は?」
「ユウヤです」
「ユウヤ君かぁ」
いきなり名前呼びかよ。まぁいいけどさ。
てっきり彼女のほうも名乗ってくると思ったのだけど、それきり黙ってしまいいくら待っても一向に名乗る気配がない。
自分は名乗らないのかよ。仕方ないので尋ねる。
「あなたは?」
「私?私はアケミ」
彼女は名前しか名乗らなかった。今まで女性を下の名前で呼んだことがほとんどないく、ちょっぴり恥ずかしいので出来れば名字をと思い聞こうとしたら彼女にさえぎられてしまった。
「ユウヤ君は何してたの?」
俺のほうを見ながら
「ぁ、答えにくかったら答えなくていいよ」
と彼女は聞いておきながらどうでもよさそうな感じでブランコを漕ぎ始めた。
なんだか勘違いされるのも嫌だから答える。
「テスト勉強の息抜きですよ」
「あれ?そうなの?なんだ家出じゃなかったのかー」
なんでそんな残念そうな感じなの?
家出は一度してみたいなどと思うが
「あなたは?」
「ん?私?私はねー…」
アケミさんはブランコを少し揺らし空を見上げながらしばらく黙ってしまった。
なにかを考えているような。言うのを躊躇っているような。暗くて表情ははっきりしないけどなんだか悲しそうな感じがした。
「自分探し…かな」
「は?」
自分でもずいぶん間抜けな声が出たと思った。
彼女は本当になんなのだろう。
こんな時間にいったい何をしていたのだろう。
まさか家出?
「ユウヤ君は高校生?」
「はぁ…そうですけど」
「将来の夢とかある?」
アケミさんはブランコを漕ぐのをやめずに聴くでもなく聞いてきた。
俺の答えをまたずに彼女は続ける。
「子供のころはさ、あ、子供っていっても幼稚園とか小学生低学年のころなんだけど。
あのころはお花屋さんとかアイドルとかケーキ屋さんとか看護婦さんとか、
ベタだけど将来の夢。将来ないりたいものってのがあったの。あったはずなの。
それがいつしかなくなってしまって、なんでなのかな。」
彼女の漕ぐブランコは勢いをつけ空に向かって進むも重力に引き戻されてはまた空へと繰り返す。
「最近仕事してて思うの。これは私のやりたいことなのか。やりたかったことなのかって。」
アケミさんはブランコを漕ぐのをやめ残された力に身を任せていた。
「私、昔このあたりに住んでたんだけど、よくこの公園で遊んだの。
あのころの気持ちを思い出せば分かるかなと思って、答え探しに来たの」
ブランコの揺れは弱まり、やがて揺れは収まり止った。
「でもだめだった。子供のころの私はなんでそれになりたかったのかとか全然思い出せない
いつから夢を持たなくなったのかも思い出せないんだもん。
昔からなんの夢もなかったのかもしれないね」
ブランコが止まり静寂が公園を包んでいた。
「ごめんね。初めて会った人にするような話じゃないよね」
アケミさんはブランコからぴょんと降り公園の入り口のほうへと駆けていった。
「肉まんありがとねっ。バイバイ」
公園の入り口で振り返り、月明かりを背に少し笑ったように見えた。
そして彼女は走って夜の闇へと消えていった。
結局俺は何も言えなかった。
一人公園に取り残されたように感じた。
三
テストは無事に終了した。
ホームルームが終わってすぐに俺は家へと帰った。
徹夜のせいで睡魔がかなりの力をつけて襲ってきていた。
家につくやいなやすぐにベッドへ倒れ込んだ。
今日のテストは結構いい出来だったな。
合ってるか不安なとこもあったけど、埋められなかったところはなかった。
いつもはまったく埋められない音楽と保体のテストがあんなにも解けるとは思わなかったな。
テストの出来具合をふと思い出しているうちに意識はどんどんと薄れ、ベッドに沈む身体と一緒に意識も沈むんでいくようだった。
眠りにつく最後に思い出したのは、なぜか昨日出逢ったアケミさんのことだった。
目が覚めるとあたりはオレンジ色に染まっていた。
壁に掛っている時計は5時になろとしているところだった。
寝起きでぼんやりする頭で自分がどのくらい寝ていたのかを計算する。
学校が終わったのが大体12時頃、そこから家に帰るので20分くらい。
12時半には家についてたとして、帰ってきてすぐ寝たから・・・。
だいたい4時間半寝ていたのか。
身体を伸ばしてそれからベッドを降りた。
なんだか不思議な夢を見ていた気がする。
自分が子供のころに戻り、いろんなものに興味を持ち、
いいものわるいもの見境なしに手を伸ばしあちこち彷徨う。
そんな夢を。
いつから俺は周りのものにあまり興味を抱かなくなってしまったんだろう。
ふと考えてみてもそれは思い出せなかった。
結局勉強を開始したのは昨日と同じような時間だった。
残っている教科で苦手なものから時間をかけてやっていく。
英語と理科を一通り終わらせた頃、昨日と同じように息抜きと気分転換を兼ねてコンビニに向かった。
そしてまた昨日と同じように雑誌の立ち読みをしようとしたのだけど流石に昨日の今日で新しいのが全然なかった為おにぎりと肉まんとピザまんを買って帰ることにした。
コンビニを出て昨日と同じ道をたどる。夜空は雲がかかってるのか昨日ほど星は見えなかった。
ふとまたあの公園の前まで来て中を覗くとブランコに誰かが座っていた。
よく見るとそれは昨日会ったアケミさんだった。
「天体観測ですか?それとも・・・」
気がつくと俺は公園の方へと足を進めてそんなことを言ってしまった。
ブランコに座ったアケミさんが俺の声に気づいてこっちを向く。
「家出ですか?」
昨日の彼女を真似て俺はそう尋ねてみた。
彼女はそんな俺の登場と質問に少し驚いているようだったけど
昨日と同じ笑顔で答えた。
「えへへ・・・。実はね」
まったくの緊張感も深刻さもなく、無邪気に子供のように彼女は言った。
「家出してるの」
四
「私、会社無断欠勤してるんだ」
「駄目じゃないですか」
一体全く急に何を言い出すんだ。この人は。
「でも、こんな気持ちでやっても駄目だと思って」
こんな気持ちというのは昨日言っていたあれのことだろう。
「それで答えは見つかったんですか?」
「全然駄目。昔行ってた幼稚園とか小学校に中学校、高校まわってみたけど
懐かしく楽しい思い出はいっぱい思い出せるのに」
アケミさんは夜空を眺めながらブランコを軽く揺らす。
「答えになるようなものじゃないんだよね」
そんなアケミさんの隣のブランコに座り俺は今日考えてたことを言う。
「俺も考えたんですよ」
俺の一言でアケミさんはブランコを揺らすのをやめてこちらを向いた。
「昨日あなたに言われて」
アケミさんの顔を見ていられず俺は前を向き続けた。
「自分の夢。昔思ってた夢。今の夢」
夜空には昨日と同じで一際輝く星があった。
「俺も同じでした。小さい頃は将来なりたいものがいっぱいあったように思うんですけど、
今はこれといってなりたいものなんてないんです。ただ漠然と大学いってテキトウな仕事につくんだろうなって
思ってるだけで」
横目でアケミさんの様子を伺うとアケミさんも夜空に顔を向けていた。
「でも夢がないならつくればいいんじゃないですか?
過去の自分と今の自分は違う。だから過去に答えを探しても仕方ないことじゃないんですか?
今の自分の今やりたいことを見つければいいんですよ」
なにも遅いから悪いってことなんてないと思うんですよ。
まぁ、確かに早いほうがいいんでしょうけど、遅いから駄目なんてことないと思います。
なにもないまま終わるよりはよっぽどいいと思いますけど
諦めずに頑張ればいいんじゃないですか?」
ふぅっと一呼吸置いて空の星を見ながら苦笑いを含み
「な――」
なんて、生意気いってますが、自分に言い聞かせてる言い訳みたいなものです。
と言おうとしたのだけど、先を言う前にアケミさんが割って入ってきた。
「諦めたらそこで試合終了ですよ」
アケミさんは何かのモノマネのように口調を変え、こちらを向き
「だねっ」
と笑顔を見せた。
しばらくその笑顔に呆然としてしまっているとアケミさんは尚も明るく笑顔でこちらを見る。
「あれ~?今の誰だか分らなかった?」
「誰かのマネをしたのは分かったんだですけど、誰かまでは」
「えー、これだから近頃の若者は・・・」
なんだかずいぶんとありきたりなセリフだな。
かなり有名な名言なのに知らないなんて信じられないぞ、とお怒りなアケミさん。
ところでアケミさんは何歳なんだろうか・・・。
「もっと漫画読みなさい」
その指摘は果たしてどうなのだろうか。
近頃の若者は漫画いっぱい読んでると思うけど。
今日も俺、コンビニで立ち読みしたんだけどなぁ。
てかさっきのはなんかの漫画のマネだったのか。
「ん、またキミはこんな時間に肉まんですか?」
アケミさんは俺の手にあるコンビ二の袋を目ざとく見つけ中を覗き込んできた。
「えぇ、まぁ」
「夜遅くにそんなの食べると太っちゃうぞ」
「そういうの気にしてないので」
「そういうわけで、私がひとつ食べてあげます」
アケミさんは俺の発言を気にしないでそう言うとずうずうしくも手のひらを俺に出してきた。
仕方ないので袋からひとつ取り出しその手に乗せてあげる。
嬉しそうに両手で包み、やっぱり冬の寒い日はこれだよねーとか言いながらはやくもかぶりついていた。
「あれ?今日は肉まんじゃないの?」
中身を確認せずに渡したので、どうやらアケミさんに渡したのは肉まんではなくピザまんのほうだったようだ。
「昨日と同じですよ」
「え?でもこれピザまんだよ?」
「昨日もピザまんと肉まん一個ずつ買ったんです」
「えー、なんで私にピザまん渡したのよー。私肉まんのほうが好きなのにー」
そんなこと言われても、貰っておいてそれはないだろ・・・。
「交換。交換しよ」
そう言われても俺ももう肉まんを半分ほど食べてしまっていた。
「はいはい。チェーンジ」
アケミさんはそんな俺に構わず自分の持っているピザまんを俺に押し付け俺の持っている肉まんを奪っていった。
やっぱり肉まんだよねー、とアケミさんは俺の食べかけの肉まんを気にせずぱくぱくと頬張る。
はぁ、この人は天真爛漫すぎる・・・。
俺も深く考えずに手元のピザまんを頬張った。
俺も今日は肉まんが食べたかったんだけどなぁ。
まぁ半分食べれたからいいか。
白い湯気を上げるピザまんをまた一口齧った。
五
今思えばよくあんなことが言えたものだと恥ずかしくなる。
若気の至りとはこういう時に使うのだろうか?なんか違う気もするけど。
だけどあの出逢いのおかげで俺は夢を取り戻したように思う。
まだはっきりとしたものは決まってないけれど、それでも何も考えずにいるよりはマシなんだ。
俺はこれからどのくらいかけて自分の夢を見つけられるだろうか。
そしてその夢をどのくらいかけて叶えることができるのだろうか。
それは分からないけれど、コンビニで肉まんとピザまんが置いてある限り
俺は自分の夢を持つということを忘れないだろう。
なぜなら肉まんとピザまんが、あの出逢いを思い出させてくれるから。
「すいません、肉まんとピザまん下さい」