日常
二月の寒空の下、木枯らしに身を震わせながら我ふと思う。
午後四時の公園に見る母たちの姿はアオの寒立ちによく似ていると。
かつて「マタギの長い冬」という深夜にやってたNHKの番組で一度だけ見たことあるその姿は、下界を見下ろす森の神の使いと呼ばれるだけあって神々しく、崖の上から見渡すその先には未来が見えてて、説明に聴く反芻、要するに一度飲み込んだものをもう一度かみ直す行為にはとてもじゃないけど見えなかった。ウシの仲間だからってほんとはゆっくり横になって休みながら反割したいけどー、ここ崖だしー、雪があるしー、で寝転がる場所がないのよねーって、そんな怠惰なことをじつは考えているだけだなんて、いくら淡々としたナレーションで説明されても信じられなかった。
でも今こうしていつか訪れる帰宅のタイミングを甲斐甲斐しく待ち侘びながら、致し方なく寒立ちせざるをえない状況になって、あたしは初めてアオの気持ちがわかった気がした。できることならゴロンっと横になって休みながら反芻したい、その気持ちが。さっさと家に帰ってエアコンつけて、ソファーにゴロンって横になって、ポテチでも食べながらテレビ見て、ゆっくり反芻したい。それじゃウシになっちゃうよって言われたってかまわないし、それでウシになれるならいっそのことウシにだってなりたいっていうか、ほんとにウシみたいになったらそれはそれで嫌だけど、こうも寒いと気持ちとしてはそれくらいラクをしたいというのが本音なわけで。
そんな御託をグルグル頭の中で並べながら寒い気持ちをどうにか耐え忍び、水色のスモックに紺色の短パン姿の子どもたちが遊んでいる様を、ジッと見据えているあたし。
公園に残っている子どもは四人。モナミとコウキ、タカちゃんとルイくんだ。
さっきまでサル山を駆け回っていた四人だったが、今そこに留まってるのはタカちゃんだけで、コウキは砂場のほうに走り出したルイくんを追いかけ、モナミは一人小山の上に立ってブツブツと何やら独り言を言ってる。耳上に揃えた金髪風になびかせながら、時折その青い目で空を見上げたり、キョロキョロと辺りを見回したりなんかして。と、サル山に残ってたタカちゃんが徐に木に向かって顔を隠すと「1、2、 3」と大きな声で数を数えだし、それを耳にしたコウキとルイくんはサル山へと踵を返し、タカちゃんを囲んで足踏みしてる。「7、8、9、10。もういいかい?」と タカちゃんは「もういいよ」と言われるまえに辺りを見回し、彼を囲んでるコウキとルイくんは「もういいよ」と言ってタカちゃんにタッチ。タッチされたタカちゃんはキャッキャッキャッキャッと、猿真似の如く大喜びでサル山から飛び出し、コウキに追いかけられながら公園を駆け回る。その間モナミは小山を下りたり上ったりしてて、駆け寄ってきたルイくんに「アンパンマンさん、バイキンマンがにげだしました」と、謎の敬語で話しかけられるもうわの空。「アンパンマンさん、ショクパンマンくんとバイキンマンをおいかけないと」と腕を掴まれ、大きく揺すられてようやく小山から下りてきて、「わかったよ、わかったわかった」とポケットに手を突っ込み、大股歩きで俯き気味にルイくんのあとを追う。コウキとタカちゃんは・・・・あ、タカちゃん泣いてる。砂利の上をのた打ち回りながら、この世の終わりとでもいわんばかりに声を張り上げて泣いてる。
咄嗟にあたしは隣りに立ってる周さん、そしてのぶ代と姫に視線を送る。
みんなもそれぞれに視線を送り合い、目が合うとどちらからともなく肯き、そして直ちに行動に移る。言葉はいらない。頭で考えるよりまず行動、目と目が合えばそれで事は足りる。
帰宅作戦プランBの発動である。
「あららら、だいじょうぶ?」
とあたしと周さん、それに姫がタカちゃんに駆け寄り、その間にのぶ代はママチャリを取りに走りだす。一斉に母たちがタカちゃんに駆け寄ったものだから、自然と子どもたちの動きは止まり、その視線と共にタカちゃんのもとに集まりだす。そんな子どもたちはあえて無視し、母たちはタカちゃんを起き上がらせ、とにかくタカちゃんを気遣ってると、子どもたちも「タカちゃん、だいじょうぶ?」と泣いてるタカちゃんに声をかけ始め、タカちゃんを中心とした友情の輪、別名帰宅への道が開けだしたところで、そこに間髪入れずママチャリに乗ったのぶ代が颯爽と登場。「はいはい。 ビックリしたねぇ」と友情の輪に割って入り、タカちゃんを抱きあげるとそのままママチャリの後ろに乗せて抵抗する間も与えずベルトを締めたら、はい、撤収。先陣を切って帰宅への道を走りだし、後ろ手に手を上げて別れを告げると振り返ることなく公園をあとにする。
それからのぶ代に続いて姫が「ルイも行こうか」とタカちゃんを見送るその背にそっと手をかけ、のぶ代たちが切り開いた道をあたしと周さんを残して去っていく。公園の出口辺りで小首を傾げるように、おしとやかに小さく会釈して。そんな会釈を視界の端で受け止め、あたしたちもモナミとコウキの肩を抱いてタカちゃんルイくんとは逆のほうへと歩き出し、周さんはコウキを連れてママチャリのもとへ、あたしとモナミは公園の出口のほうへ。チリンチリン鳴らして追い越していくコウキと周さんの後姿を見送り、信号が青に変わるのを待つ間、「コンビニ寄ってく?」とあたしはモナミの手を握る。
公園を振り返り、それからギュッと小さな手があたしの手を握り返し、信号が変わると不格好なスキップかましながら、こちらを見上げて我が子は言う。
「セブンでモー買うモー」




