プロローグ
「いってらっしゃい、お兄ちゃん!」
「あぁ、いってきます。戸締りはしっかりしろよ」
「もう、それぐらいわかってるよ」
とある村の外れに位置する小屋で、とある兄妹は笑いあいながら、そんな何気ない日常の会話を交わす。
妹の見送りに頬を緩めながら小屋から出る兄の名は、シオン・アクトリア。歳は16。そんな彼の両親は今から二年前に不慮の事故で他界しており、彼は幼い妹・アスカを養うため、朝早くから村へ働きに出かけているのだ。
幼い妹を一人家に残すのは、心配でないと言えば噓であるが、シオンが働かなければ金が手に入らず、金が手に入らなければ生きられない。
それに、アスカは両親がいないということもあって、年齢の割にはしっかりしている。だから、シオンはアスカなら一人家に残しても大丈夫だと、そう思っていた。
実際、この辺りは小さな田舎村の外れということもあって、人はあまり寄り付かないし、近所づきあいも良いため、シオンがいない間は、アスカのことはご近所さんたちが気にかけてくれている。そのためか、これまでシオン達兄妹に危害を加える輩なんていなかった。
だからこそ、シオンは信じて疑わなかったのだ。こんな幸せな生活が、この先もずっと、続いていくと。
よく考えてみれば、二年前、両親が他界したのだって、突然であったのだ。
小さな田舎村の外れに突然、おぞましい、血を連想させるような朱の瞳を持つ勇者パーティがやってきて、シオン達兄妹が住まう小屋に侵入し、シオンの目の前でアスカを殺した。そんなこと、よくある話なのであろう。
「……いや、ねぇだろ」
アスカの亡骸をギュッと抱きしめながら、シオンは散々泣き叫んだはずなのに、再度ボロボロと涙をこぼし、か細い声でそう口にする。
今日はたまたま、シオンの仕事が休みの日であった。だから、シオンはアスカと二人でどこかへ出かけようと、そう約束をしていたのに……。
「なんで、なんでだよ……!!」
泣き叫んだって、アスカが死んだことに変わりはない。それでも、シオンは泣かずにはいられなかった。
アスカを殺されたことにより、自暴自棄になったシオンは、勇者パーティに自信を殺せと嘆願した。
でも、そんなシオンの願いを勇者パーティが叶えてくれるわけがなかった。幼い少女を殺した最低な奴らが、シオンに慈悲をかけてくれるはずがなかったのだ。
「俺が……俺らが一体、何したっていうんだよ……」
シオンの涙交じりの問いに、答えを返してくれる人などいない。その事実がシオンをさらにむなしくさせ、シオンはさらにアスカを強く抱きしめる。
「なぁ、アスカ。兄ちゃんは、お前の為なら強くなれる。お前がいるから、兄ちゃんは頑張れる。……それに、兄ちゃんは約束したよな。絶対にアスカを守るって。でも、兄ちゃん、アスカのことを守れなかった……!」
そう語るシオンの声音は優しく、そして、どうしようもなくやるせない気持ちが詰まっていた。
「兄ちゃん、アスカの目の前にいたのに、アスカのことを守んなきゃいけないのに、勇者パーティを前にしたら、怖くて動けなかった。本当ならアスカを守れたのに、結局は守れなかった。……兄ちゃんには――俺には、お前しかいないんだ……!!」
どんなに後悔しても、もう遅いのだ。シオンがこれまで、アスカのために必死になって溜めてきた財産も、勇者パーティに取られてしまい、シオンには妹の亡骸しか残っていなかった。
「……せめて、近所の人には伝えなきゃ……」
シオンはそう口に出しながら、アスカを抱きしめる腕の力を緩め、ゆるりと立ち上がる。
立ち上がったシオンの瞳には、アスカを殺した勇者パーティと、そして、大切な妹を守り切れなかった自分自身への憎悪で溢れていた。
♢♢♢♢♢
「そんな……アスカちゃんが、勇者様たちに……?」
信じれないと言わんばかりに目を見開くのは、シオン達兄妹に、一番親身に寄り添ってくれたマリアという女性である。
一番にアスカの死を報告しに来たシオンが血にまみれていたことに、初めはぎょっとしていたマリアだったが、シオン達の苦労をよく知る彼女は、シオンを快く家の中へと招き入れてくれ、彼の話を聞いてくれたのだ。
ちなみに、勇者様たちこと勇者パーティとは、昨今、急激に増えてきている魔族に対抗するために国王の命令で結成された、四人組のパーティのことである。
この世界は、創造をつかさどる妖精族、破壊をつかさどる魔族、そして、創造と破壊の中立の立場の人間族と、大きく分けて三つの種族に分けることができ、この三つの種族のうち、どれか一種でも増えすぎてしまうと、世界の均衡が保てなくなるのだ。
そして、三つの種族の中でも魔族は特に好戦的であり、運動能力はピカイチ。そんな魔族の中でも魔獣と言って、動物型の、人間に危害を加える可能性が限りなく高い魔族もいる。そんな危険な魔族を倒し、人々の平和と、そして、世界の均衡を取り戻すのが、勇者パーティの使命である。
そんな世界の命運を任せられた勇者パーティの四人は全員、王国でもより優れの実力を持つ若者たちであり、国民の希望であり憧れであった。シオンやアスカも、例にももれず勇者パーティに憧れの念を抱いていたが、アスカが殺された今、シオンは勇者パーティのことを、心底妬んでいた。
「別に、無理に俺の話を信じようとしなくてもいい。でも、マリアさんにはアスカを任せたいんだ」
「……アスカちゃんをあたしに任せて、シオン君は一体、どうするつもりなんだい?」
「俺は……復讐をする。勇者パーティの奴らに、アスカを、俺の大切な妹を奪ったことを、後悔させてやる……!!」
シオンだって、その復讐が自己満足だって、その復讐をアスカは望んでいないって、そんなことは分かっていた。でも、アスカを守れなかった自身と、勇者パーティへの憎悪を忘れて、普通に生きていくことなんて、できるはずがないから。
「……反対しても、あたしの声は君には届かないんだろうねぇ」
マリアは諦めたように息をはきながらそうつぶやき、そっとシオンの頭をなでた。
「アスカちゃんのことはあたしに任せな。でも、あたしは君の考えに賛成したわけじゃないからな」
「はい、ありがとうございます」
そうくぎを刺すマリアの言葉に、シオンは芯の通った声で返事をするのであった。