表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただの散歩  作者: 牧亜弓
分岐点
13/20

左の景色を想像する

左に曲がれば、駅前に出るはずだ。

新しいマンションが建ち並び、カフェや美容室がガラス越しに光っている。

だが、唯野散太はそこをあまり歩いたことがない。知らない街ではない。けれど、慣れない街だった。


 


想像する。

左へ歩き出した自分。

ガラスに映る自分の姿に気づく。少し老けたように見える。

通り過ぎる人々はみな、何かを抱えていて、どこかへ向かっている。自分だけが、ただ歩いている。理由もなく。


 


やがて、知らないカフェの前で立ち止まる。

ランチメニューの黒板に「エビとブロッコリーのレモン風味パスタ」と書かれている。

それを見て、自分が今日の昼食をまだ摂っていなかったことを思い出す。


 


店に入るかどうか、迷う。

中からは心地よい音楽。空調の柔らかい音。若い女性の笑い声。

場違いな気がする。だが、誰も自分のことなど見ていない。

思い切ってドアを開ける――そこまで想像して、やめる。


 


左というのは、“今ではない場所”に繋がっている気がした。

未来と呼ぶには生ぬるく、他人の現在と呼ぶには生々しい。

もし今、自分がそちらへ行けば、自分も「こちら側の人間」になるのだろうか。

それとも、ただの異物としてすぐに弾かれるのか。


 


左には、まだ“手垢のついていない風景”がある。

それは新鮮で、しかし怖い。

知らないことは、希望でもあり、不安でもある。

散太の足が動かない理由は、そこにもあった。


 


ふと、信号が赤に変わった。

車が数台、前を横切る。その車のガラスに映る空は、自分の知っている空よりも、少し青かった気がした。


 


もしかして、左に行くことは、自分の知っている空からも遠ざかることなのかもしれない。


 


信号がまた青に変わった。

だが、散太はまだ、立っている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ