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9.期末テスト前編

 ホームルームの終わり際、担任の坂口先生が黒板の前で言った。


「さて、来週から期末試験だ。各教科の範囲は配ったプリントを確認しておくように」


 その一言で、教室の空気が一気にどんよりする。


「マジかよ……」

「まだ六月だぞ……」


 教室のあちこちからうめき声が漏れるなか、蓮はため息まじりにプリントを眺めた。試験範囲はそこそこ広い。


「げっ……この量、ほんとにやるの?」


 隣の席から紗耶がプリントをのぞき込み、顔をしかめた。正直、彼女のこの反応は予想通りだ。


「意外と勉強苦手なんだってな。頑張れよ」


「そ、そりゃ頑張るけどさ……っ。蓮くん、余裕そうな顔してムカつくんだけど」


 プリントをパタンと閉じて、紗耶は不満そうに頬をふくらませる。


 放課後。蓮が昇降口に向かうと、学校の門の前で芽衣が待っていた。


「おつかれ、蓮くん!」


「お疲れ。どうした、待ってたのか?」


「うん。テスト前だし、一緒に帰れたらと思って」


 小走りに寄ってきた芽衣は、少し照れたように笑う。紗耶と同じく彼女もテストには苦手意識がある。


「来週のテスト、ちょっと不安で……。よかったら、勉強教えてくれない?」


「もちろん。俺でよければ」


「わーい! 助かる〜。紗耶ねえにも言ってみようかな」


「たぶん、あいつも同じようなこと考えてると思うけどな」


 そこへ、突然後ろから元気な声が飛んできた。


「なになに? 勉強会の話〜?」


 振り返ると、制服をラフに着崩した柚月が現れた。今日もギャルっぽい明るい雰囲気で、スマホ片手に笑っている。


「柚月ちゃん、こんにちは!」


「おっ、芽衣ちゃんもいる! かわい〜っ。……でさ、勉強会するんでしょ? 蓮くんち?」


 唐突なその一言に、蓮はちょっと面食らう。


「え、もう決定事項なの?」


「えーだって、蓮くんち快適そうじゃん。女の子多いし。絶対楽しいでしょ!」


「楽しいより、勉強目的なんだけど」


「わかってるってば〜。ちゃんとやるよ、世界史と数学が特に死にそうなんだもん」


 柚月はまったく悪びれず、にこにこと芽衣や蓮を交互に見つめる。芽衣も最初は戸惑っていたが、すぐにその空気に飲まれて笑っていた。


「じゃあ、四人で勉強会だね!」


「……なんか騒がしくなりそうだけどな」


 蓮は少しだけ苦笑しながらも、にぎやかな勉強会を想像していた。


 夕方、蓮たちの家。リビングのテーブルには教科書やノート、色とりどりの蛍光ペンが広げられていた。


「さて、と。とりあえず、英語から始めようか。長文は明日でもいいし、今日は文法と単語だな」


「先生っぽ〜い!」


 柚月が笑いながら言うと、紗耶はその隣で頬を膨らませた。


「柚月、あなた本当に勉強する気あるの?」


「えー、ちゃんとやるってば。蓮くんが教えてくれるんでしょ〜?」


「なんでそこで蓮くんの名前出すのよ!」


「ふふっ、紗耶ってば、もしかしてヤキモチ?」


「ち、違うし!」


 芽衣はソファに座ってノートを開いていたが、姉たちのやりとりを見てくすくすと笑った。


 その雰囲気に、蓮は心のなかで少し驚いていた。以前なら紗耶がこうして冗談を言われても、軽く流すか冷たく返していたのに。今では素直にツッコミを入れたり、顔を赤らめたりするようになった。


(ほんの少しだけ、距離が縮まった……のかな)


 そんなことを考えつつ、蓮はプリントを取り出して言う。


「じゃあ、まずはこの英語の文法プリントを解いてみて。10分でやって、終わったら答え合わせ」


「げぇ〜……いきなり実践形式〜?」


「できなきゃ意味ないからな。大丈夫、ヒントは出すよ」


 渋々ながらも、三人はプリントに取りかかりはじめた。真剣な空気がリビングを包み、ペンの音だけが静かに響く。


 10分後。


「はい、そこまで。じゃあ答え合わせするぞ」


「わーん、全然自信ない……」


 芽衣がプリントを抱えてうつむくと、蓮はその手元をのぞいて微笑んだ。


「でも、ちゃんと時制の一致はできてる。芽衣、ここ最近でだいぶ伸びてると思うよ」


「……ほんと?」


「うん、嘘じゃない」


 その一言に、芽衣はパァッと顔を明るくさせた。


「やった〜っ! お兄ちゃんに褒められた!」


「ちょっと、それ私も聞きたい!」


 と、紗耶がすかさずプリントを差し出す。柚月も負けじと続いた。


「じゃあ私も〜! ほめてほめて!」


「はいはい……次から褒めポイント制度でも作るか」


 そう言いつつも、蓮の声はどこか楽しそうだった。ギクシャクしていた義兄妹の関係に、少しずつ柔らかい空気が混じっていくのを感じながら、穏やかな夜は過ぎていった――。

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