表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/15

7.わたしの親友と、義兄の会話

 昼休み。

 購買前の行列からパンを片手に抜け出した俺は、空いている教室に戻る途中、廊下の角で誰かとぶつかりかけた。


「あぶなっ、ごめんごめん!……あれ?」


 明るくて高い声。

 見上げると、金髪に近い茶髪をハーフアップにまとめた女子が、俺をじっと見ている。


「え、もしかしてさー、紗耶の“義兄”って、あんた?」


 ……なんで知ってんだ。


「あー……まあ、そうだけど」


 俺がそう返すと、女子は目を見開き、ぱあっと笑った。


「うわ、マジで? まじイケてんじゃん! 紗耶、全然そんなこと教えてくれなかったんだけど?」


 テンションの高いその女子は、制服のリボンもゆるくて、ネイルも薄く色がついてる。ギャル系だ。

 たぶん――いや、間違いなく、紗耶の友達だろう。


「ウチ、紗耶と中学から一緒でさー。あ、ウチは柚月(ゆづき)。他クラスなんだけどさ、よろしくね?」


「ああ、蓮。よろしく」


「うんうん、蓮くんね、ふーん……」


 名前を復唱しながら、柚月はなぜかじーっと俺を眺めてくる。

 その目がちょっとだけ値踏みしてるみたいで、居心地が悪い。


「ね、ぶっちゃけ聞いていい? 紗耶とは、どこまで仲良しなの?」


「いや、義兄妹だから普通に……」


「“普通に”って言っても、さー。家で二人きりの夜とかあるわけでしょ?」


 ニヤニヤしながら、肘でつついてくる柚月。ギャルっぽい軽さがむしろ重い。


「何もないよ、ほんとに」


「えー、つまんなーい。でも、紗耶ってわかりにくいとこあるから、ちゃんと見ててあげなよ? じゃねー!」


 ぱたぱたと手を振りながら、柚月は去っていった。

 ――一方、廊下の反対側。曲がり角の陰から、顔を半分だけ出してその様子を見ていたのは、紗耶だった。


(……なんで、柚月が蓮くんと?)


 知らないうちに、胸の奥がきゅっとなっていた。


 放課後。

 荷物をまとめながら、紗耶はふと教室の窓の外に目をやった。いつもならさっさと帰るのに、なぜか今日は腰が重い。


(柚月……蓮くんと、どんな話したんだろ)


 気になって仕方がない。

 ――なにそれ、私ってそんなに蓮くんのこと気にしてたっけ? 


 そもそも、義兄になったのなんてつい最近。それも、偶然みたいなもん。

 だけど──。


「おーい、紗耶ー。帰んないのー?」


 ちょうど廊下を通りかかった柚月が、教室に顔を出してきた。


「あ、うん。今出るとこ」


「じゃ、先帰るねー! あ、蓮くん、けっこういい人っぽいじゃん。仲良くしなよ?」


 わざとらしくウィンクして、柚月はぴょこっと手を振って去っていった。


 ……胸のあたりが、またズキッとした。


(ほんっと、柚月って軽いんだから。別に、蓮くんのことなんて……)


 でも、言い訳みたいにそう思えば思うほど、気持ちは曇っていく。


 家に帰ると、すでにリビングには芽衣と蓮がいた。

 芽衣は制服を着替え、リラックスした表情でゲームのコントローラーを握っている。

 蓮はその隣に座って、静かに画面を眺めていた。


「あ、おかえり、紗耶お姉ちゃん!」

「おう、おかえり」


 二人の声が重なる。

 なんてことない、いつもの日常。でも、今日は少しだけ違って感じた。


「……ただいま」


 靴を脱ぎながら答える声が、我ながらちょっと素っ気ない。


 リビングに入ると、芽衣がにこにこと笑いながら言った。


「お姉ちゃんも一緒にやる? いま蓮くんが見てくれてるんだー」


「……いい。シャワー浴びてくる」


 そう言ってリビングを素通りする自分の態度に、どこか違和感があった。

 少しして風呂から上がると、二人はすでにゲームを終えて、ダイニングテーブルで並んで課題をしていた。


 いつもより賑やかな家。

 芽衣が誰かと楽しく話してる声は、聞いてるだけで和むはずなのに。

 今日は、それがなんとなく耳障りに感じた。


(……何やってんの、あたし)


 部屋に戻っても、課題が手につかない。

 SNSを開いても、通知を流し見して閉じてしまう。


 ――トントン。


 不意に部屋のドアを軽くノックする音。


「ん?」


「オレだけど、入っていい?」


 ドアの向こうから聞こえてきたのは、蓮の声だった。


「……別に、どうぞ」


 返事をすると、蓮がそっとドアを開けて入ってきた。


「芽衣、先に寝たから。なんか、元気ないと思って」


「別に。疲れただけ」


 自分でもわかる。ぶっきらぼうな声。


 蓮はそんな紗耶の隣の椅子に座り、しばらく黙っていた。

 その沈黙が、なぜか心地よくて、少しずつ胸のわだかまりが溶けていく。


「柚月、面白い子だな」


 蓮がぼそっと言った。


「……あの子は、調子に乗るとどんどん喋るから」


「でも、なんかお前のこと、よく見てる感じしたよ」


「……へぇ」


 それだけ答えると、また沈黙。

 だけど、今度はいやじゃなかった。


「義兄妹とか、よくわかんねーけどさ。無理して疲れてんだったら、ちゃんと休めよ」


「……誰のせいだと思ってんのよ」


 小さく笑って、そう言い返す。

 すると、蓮も笑った。


「じゃ、先寝る。おやすみ、紗耶」


「……おやすみ、蓮くん」


 ドアが閉まって、ひとりきりの部屋に戻る。

 さっきよりずっと、呼吸が楽になった気がした。


(……なに、これ)


 もしかして、あたし――ほんとに、ちょっとだけ、嫉妬してた……?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ