46.二人三脚のペアと義妹がバチバチ
十月も中旬に入り、風の匂いが少しずつ秋の色を帯びてきた。
体育祭が近づくにつれ、クラス内の空気にも少しずつ熱が帯びはじめている。昼休みや放課後には、ちらほらとグラウンドで練習する姿も見かけるようになった。
蓮もその一人だ。
「……よし、いくよー。せーの、左っ!」
「はいっ……!」
神林と組む二人三脚の練習は、これで三日目。最初のぎこちなさも徐々に取れてきて、走りながら会話を交わせるくらいには息が合うようになっていた。
夕暮れのグラウンドを走り抜ける。ひもでつながれた足が一歩、また一歩と同じリズムで地面を蹴る感覚は、なんとも不思議だ。
「……オッケー、いったん休もっか」
走り終えた神林が、はーっと息を吐きながら蓮の肩を軽く叩く。蓮も立ち止まり、水筒の水を一口飲む。
「……いい感じになってきたね。最初のころに比べたら、めっちゃ進歩してるよ」
「ま、まあな。転ぶ回数は減ったかも」
「てか、風間くんってさ、まじめだよね」
「え?」
「ほら、最初は“俺、リズム感ないし向いてない”とか言ってたのに、ちゃんとやってくれてる。……ちょっと見直したかも」
からかうような笑顔に、なんとなく肩がむずがゆくなる。
「俺だって、出るって決めたからにはちゃんとやるし」
「ふーん。そっか……」
そう言って笑った神林の横顔は、なんとなく機嫌が良さそうに見えた。
──でも、そんなやりとりを、誰かに見られていた。
「ふーん……ずいぶん楽しそうだったね」
練習を終えて教室に戻ったとき、蓮の机の隣で待っていた紗耶が、少し不機嫌そうに言った。
「そ、そうか?」
「別に、怒ってるわけじゃないけど……ほら、なんていうか。あんまり女子と仲良さそうにしてるの見ると、ちょっと、気になるっていうか」
「……やきもち?」
冗談まじりに言ってみたけど、紗耶はむっと口をすぼめただけで、否定もしなかった。
その表情を見て、少しだけ心がざわつく。
「……そっか。まあ、紗耶には関係ないか」
「……うん。ないかもね」
そう言った紗耶の声は、少しだけ寂しそうだった。
次の日の昼休み。教室の中では、出場種目の打ち合わせや、応援団の衣装合わせなんかでざわついていた。
「なあ、日向と蓮、もう練習だいぶ進んでるってよ!」
「やる気あるなー、俺らも負けてらんねーな!」
クラスの男子たちが口々にそんなことを言って、自然と雰囲気が盛り上がっていく。女子たちも出場者のリストを確認しながら、衣装の色合わせや応援メガホンをデコっていた。
文化祭で演劇をやったことが、なんだかいい方向に働いている気がする。打ち上げや準備を通じて、少しずつクラスがまとまり始めているのだ。
その空気に、俺も少しだけ嬉しくなる。
放課後、体育倉庫の前。今日も蓮と神林は、練習の準備をしていた。
「おーい、神林、ほら、靴ひも! 昨日みたいに途中でほどけたらまた転ぶぞー」
「わかってるってばー。あ、風間くん、ちょっと来て!」
「ん?」
呼ばれて向かうと、神林がにやりと笑って、俺の足に自分の足をぐいっと寄せてくる。
「ほら、今日のテープ、私が結ぶから。動かないで」
「いや、自分でやるって……!」
「だーめ。私のがきれいに結べるし、信頼関係ってことで♪」
そう言ってぐいぐいくる神林に、蓮はややたじたじだった。
──そして、そこに現れるのが、またしても紗耶である。
「……また仲良くやってるみたいだね」
いつから見てたんだ。
「別に、普通に準備してただけだって」
「へえ。……ねえ、日向?」
「なあに?」
紗耶が一歩踏み出して、神林に向かって少しだけ笑う。その笑みは、柔らかいけれど、どこか鋭さもあった。
「蓮くんの足、結ぶのうまいんだね」
「でしょー? ほら、この人不器用そうだし」
「……そうかもね。でも、あんまり手出しすぎると、かえって本人のためにならないかも?」
「うーん、たしかに。でも、競技はチーム戦だし、信頼が一番じゃない?」
二人の間で目に見えない火花が飛んでいた。
「ま、まあまあ。練習、しよ」
なんとかその場を収めるように蓮が声をかけ、三人はやや気まずい空気の中でスタートラインに並んだのだった。
練習後のグラウンドは、夕日で茜色に染まっていた。
グループごとに分かれて練習していたクラスメイトたちも、次第に片づけを始める時間。蓮と神林も、足のひもをほどいてベンチで休んでいた。
そんな中、紗耶がペットボトルを二本手に持って戻ってくる。
「……ほら、水分補給。蓮くん、日向、二人ともおつかれ」
「ありがとー!」
「……あ、ああ。ありがとな」
手渡された冷たいボトルの感触に、少しだけ心がほぐれる。紗耶の表情はもう、さっきのぴりついた雰囲気を和らげていた。
「ねえ、蓮くん。体育祭終わったらさ、クラスで打ち上げやるんだって。委員がいま、お店とか候補あげてるらしいよ」
「……へえ、楽しそうだな」
「うん。文化祭のときみたいに、みんなで集まれる機会があるのって、なんか嬉しいよね」
そう言って笑う紗耶の表情には、ほんの少しの不安も、そして期待も混じっているように見えた。
クラスの輪の中で、少しずつ距離を縮めていく日々。そんな時間の中で、それぞれの気持ちが、少しずつ変わっていくのかもしれない──。
そんなことを考えながら、俺は空を見上げた。沈みかけた太陽の光が、少しだけ目にしみた。
体育祭本番まで、あと少し。
俺たちの、走るべき道はまだ続いていく──。




