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4.放課後、義兄妹会見は屋上で

 放課後のチャイムが鳴るより前に、教室はざわざわと落ち着きがなくなっていた。


「おい、行くよな? 屋上」

「当たり前でしょ。白石さんの口から、兄妹になったって話が聞けるんだよ?」


 噂は午前中で完全にクラス全体へ広まり、誰もがその真相に興味津々だ。


 蓮は机に突っ伏していた。


「……死にたい」


「生きて、生きて。お兄ちゃん」


「学校でそれやめろって言ったろ……!」


 芽衣はくすっと笑いながらも、蓮の隣に並んで歩き出す。


「でも、行かないわけにいかないでしょ? 紗耶ねえ、言っちゃったし」


 重い足取りで屋上へ向かう階段をのぼると、既に十人以上のクラスメイトが集まっていた。誰もが妙に浮かれた顔で、面白がっているようにも、少し羨ましがっているようにも見える。


「来た来た。主役たち」


 そんな言葉に、蓮の胃がキリキリと痛む。


 そこに、風に揺れる黒髪が現れた。


「お待たせ。皆、来てくれてありがとう」


 紗耶は、普段通りの落ち着いた声でそう言った。けれど、その目にはいつもの鋭さではなく、何か決意のような色が宿っていた。


「白石さん、ほんとに兄妹になったの?」


 誰かが聞くと、紗耶は頷いた。


「はい。私と芽衣の母と、蓮くんの父が、再婚しました。私たちは、昨日から一緒に暮らしています」


 ざわめきが広がる。


「恋人じゃないの?」


「本当に?」


 紗耶は微笑んだ。


「本当に。ただの“家族”です。恋愛感情もありません。私たちも、まだどう接すればいいのか手探りな状態です。だから、面白半分でからかわれたくはありません」


 その言葉には、明確な強さがあった。


「もちろん、突然のことで驚く人もいると思います。でも、私たちはお互いを尊重して、一緒に暮らしています。それだけは、信じてほしいです」


 静まり返った空気の中、誰かがぽつりと呟いた。


「……なんか、すげえちゃんとしてる」


「つまんねぇ、ラブコメ展開期待してたのに」


「おい、やめろよ、マジで恋愛じゃないって言ってんだから」


 次第に場の熱が引き、空気が和らいでいく。


「もういいか? 俺、帰って漫画の続き読みたいんだけど」


 蓮がぼやくと、数人が笑い、誰からともなく人が屋上を後にし始めた。


 残ったのは、蓮と芽衣、そして紗耶の三人だけ。


 夕暮れの風が静かに髪を揺らす。


「……言いすぎだったかな」

「いや、ちょうどよかったよ。ありがとな、説明」


 蓮が素直に頭を下げると、紗耶は少しだけ目を見開き、それからふっと笑った。


「私は、私がどう見られても、平気。でも……蓮くんが嫌な思いするのは、ちょっとね」


「……へえ」


 そのひと言に、芽衣がじっと姉を見つめた。


「じゃあ、これからは『お兄ちゃん』って呼ぶの、外ではナシね。蓮くん、恥ずかしがるから」


 姉に先回りされて、芽衣は小さく肩をすくめた。


「……分かってるよ」


 そのやりとりが、どこか家族っぽくて、蓮は思わず笑ってしまった。


「じゃあ、帰るか。俺、今日の夕飯当番だった気がする」


「えー、やだー。私も手伝うー!」


「もう、芽衣。蓮くんを甘やかしちゃダメだよ」


 三人並んで階段を下りる頃には、今日の屋上の騒動も、少しだけ笑い話になりかけていた。


 三人で家に帰る道は、どこか朝よりも穏やかだった。信号待ちで、芽衣がふいに言った。


「ねえ、今日の夕飯なに〜?」


「冷蔵庫に鶏モモあったから、照り焼きでも作るかな」


「わーい、それ好き!」


 蓮が小さく笑うと、隣で紗耶がふっと目を細めた。


「……意外と家庭的だよね、蓮くん」


「ほっとけ。俺は自炊歴、長いんだよ」


 帰宅して荷物を置くと、芽衣がエプロンを持って台所に飛び込んでくる。蓮が包丁を持ち、芽衣が材料を渡す。紗耶は椅子に座って様子を見ながら、時折的確な指示を出していた。


「芽衣、火力強すぎ。焦げるよ」

「紗耶ねえは手伝わないの〜?」

「私は見守ることにするよ、二人とも楽しそうだし」


 小さな笑いと油の音が混じり合い、台所は一気に家庭の匂いに包まれていく。


 夕食後、三人で食器を片づけたあと、リビングで少しだけテレビを観て過ごす。ソファには芽衣が座り、その隣に蓮、紗耶は背もたれに肘をついて、どこか遠くを見るようにしていた。


「今日は、ありがと」


 ぽつりと、芽衣が呟いた。


「え?」


「学校でのこと。あのとき、紗耶ねえが言ってくれなかったら、わたし……たぶん、泣いてた」


 蓮がちらりと視線を向けると、紗耶は照れたように髪を耳にかけた。


「……家族だからね。少しくらい、守ってやらないと」


 蓮はそれを聞いて、少しだけ胸が温かくなるのを感じた。


 夜。各自の部屋に戻って、静かになると、ようやく「新しい家族」としての一日が終わったことを実感する。


 ベッドに横たわりながら、蓮は天井を見つめる。


「変な一日だったな……でも、まあ……」


 不思議と、悪くなかった。

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