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37.LINE交換って、義妹たちの前でやることじゃないと思う

 昼休み、蓮が購買でパンを買って教室に戻ろうとしたときだった。廊下の角から、制服のリボンを直しながら出てきた女子生徒とばったり鉢合わせた。


「わっ、ご、ごめんなさいっ!」


 ぺこっと頭を下げたその子を見て、蓮は思わず硬直した。


(あ、水原……)


 文化祭のあと、ちょこちょこ視界に入ってきていた一年女子。視線が合うとそそくさと逸らしたり、友達と話してる最中にちらちらこちらを見ていたり。とはいえ、直接会話を交わしたのは、こないだの一言二言だけだ。


「え、あの……先輩……」


 水原はぎこちなく前髪を整えながら、何か言いかけている。


「ん?」


「こ、これっ……っ!」


 差し出されたのは、小さなメモ用紙。その端に、LINEのIDらしき文字列が書かれていた。


 ……きた。


 蓮は心の中で棒読みのナレーションを入れながら、固まった。


(え、これ、連絡先? マジで?)


 水原の顔は、りんごのように真っ赤だ。きゅっと制服の袖を握りしめている手が、小刻みに震えている。


「えーっと……」


 言葉に詰まっていると、背後からひょいと頭を覗かせる影。


「ん? なになに、ナンパ? 蓮くん、意外とやるじゃーん」


 柚月だった。例によって昼食のパンを手に持ったまま、ニヤニヤしている。


「ち、違いますっ!」


 水原がぷるぷると首を振る。


「あ、違うんだ? じゃあ、なに? 告白?」


「ち、ちがっ、あ、いや、ちが……ちが……ちが……」


 言葉を失って混乱し始めた水原を見て、さすがにまずいと思った蓮は、とりあえず手にあったメモを受け取った。


「ありがと。受け取るだけ受け取るね」


「は、はいっ……!」


 ぺこぺこと頭を下げながら、水原は背を向け、走っていった。


「……え、ほんとに連絡先、もらったんだ」


「断れないだろ。あんなに真っ赤になって渡してくれたんだぞ」


「ふーん? それで? 追加すんの?」


「それは……まあ……とりあえず、保留」


 蓮が返すと、柚月はニヤリと笑って「やれやれ、モテる男はつらいねー」とおどけた。


 そのやりとりの一部始終を、廊下の端から見ていたふたりがいた。


 紗耶と芽衣。


「……なんか、ちゃんとかわいい子なんだね」


 ぽつりと芽衣がつぶやく。


「うん……演劇、かっこよかったもん。仕方ないよ」


 紗耶もまた、少しだけ寂しそうな笑みを浮かべた。


 だけど、どちらもその場で何も言わず、蓮に追いついて、いつもの三人の距離を保って並んで歩いた。


 放課後、蓮が帰り支度をしていると、珍しく芽衣が教室まで迎えに来た。


「……蓮くん、帰る?」


「ああ。待っててくれたのか」


「うん。紗耶ねえも、昇降口で待ってるって」


「了解」


 鞄を肩にかけ、芽衣と並んで歩き出す。廊下にはまだ残っている生徒の姿も多く、なんとなく文化祭の余韻を引きずっている空気が残っていた。


「……さっきの子、水原さん、でしょ?」


「やっぱ見てたか」


「うん。あんなの、誰でも気づくよ。声とか、顔とか、真っ赤だったし」


「別に、たいしたことじゃないって。LINEも……まだ追加してないし」


 そう言うと、芽衣は少しだけ俯いて、ぽつりとつぶやいた。


「追加するんでしょ?」


「しないとは言ってないけど……考えてからにする。俺、恋愛とか、そういうのよくわかんねぇし」


「……ふーん」


 なんとなく不機嫌とも、からかいとも取れない芽衣の反応に、蓮はちょっとだけ気まずくなって話題を変えた。


「てか、芽衣のクラスのメイド服、よく似合ってたな」


「っ!? な、なにそれ、いきなり……!」


 芽衣は顔を真っ赤にしてぷいっと顔を背けたが、内心少しだけ嬉しそうでもあった。


 昇降口には、下駄箱に寄りかかったままスマホをいじっている紗耶の姿があった。


「あ、やっと来た」


「待たせたな」


「別に。で、蓮くん。あの子からのメモ、どうしたの?」


「紗耶まで……」


「さっき見ちゃった」


 あっさりと告げられて、蓮は思わず頭をかいた。


「……まぁ、一応もらった。でもまだ追加してない。どう対応すべきかわかんねぇし」


「ふーん……。ま、蓮くんのことだから、変な使い方はしないとは思うけど……」


 それきり、紗耶は何も言わずに歩き出した。蓮と芽衣も、それに続く。並んで帰る三人の姿は、すっかり馴染んでいて、傍目には仲のいい友達のようだった。


 ──が、蓮の内心は少しだけ複雑だった。


(なんだろうな……水原のことは、正直まだよく知らない。でも、紗耶や芽衣の反応を見ると、ちょっとだけ、考えなきゃいけないのかも)


 その夜、いつものように三人で夕食を囲み、なんとなくテレビを見ながら過ごした。


 リビングでごろごろしていると、蓮のスマホが震える。


──水原から、LINEの友達追加申請。


(……一体どこから漏れてんだよ)


 その画面を見つめたまま、蓮はしばらく動かなかった。


「蓮くん、テレビ見ないならチャンネル変えていい?」


「ん? あ、ああ、いいよ」


 紗耶がリモコンを手に取り、チャンネルを変える。その横顔を見て、蓮はほんの少しだけスマホを伏せた。


 ──まだ、保留でいい。


 水原のことも、紗耶や芽衣との距離も。ゆっくり、少しずつで。

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