35.文化祭編③
文化祭三日目、最終日。
朝のホームルームを終えた教室は、どこか祭りの終わりを予感させる、名残惜しいざわつきに包まれていた。
俺たちの演劇は午後のラスト。午前中は自由に楽しめる時間だった。
「じゃあ、昨日見れなかったクラス行ってみようよ」
芽衣がぱたぱたと俺の袖を引っ張ってくる。
「って、私もいるんだけど」
紗耶が眉をひそめて割り込む。
「うん、だから三人でだよ。お兄ちゃん、いいでしょ?」
そうして俺、紗耶、芽衣の三人で再び校内を回る。昨日すでに柚月のお化け屋敷も三好の縁日も見ていたが、今日はもっと気楽な見学だ。
「お、ここは占いコーナーか……」
「ちょっと入ってみたい!」
芽衣がきらきらした目で俺を見上げる。
「じゃあ俺、外で待ってるわ」
「え〜! いっしょに見ようよ〜」
紗耶も苦笑いしながら背中を押してくる。
結局三人で入ると、部屋の奥にいたのは和装の女子。
「……あなた、女運、良くも悪くも強いですね」
「蓮くんにだけ言うの、ズルくない?」
「というか、当たってる?」
隣で紗耶と芽衣が小声でつつき合っている。
占い師の生徒に困ったように頭を下げて、俺はそそくさと部屋を出た。
「じゃ、私そろそろクラス戻るね。着替えて準備あるし」
芽衣がぴょんと手を振って、クラスへと戻っていった。
俺と紗耶も演劇の準備のため、教室へ向かう。
衣装に着替え、道具の最終確認。
ふと、紗耶がこちらに視線を向けた。
「ねえ、昨日より緊張してない?」
「そりゃ、最後だしな」
「うん、私も。……でも、今日はちょっと特別」
その意味を問い返す前に、先生の合図が入る。
そして演劇が始まり、そして終わった。
大きな拍手。鳴り止まない歓声。
照明が落ちて、幕が閉じる瞬間、俺は深く息を吐いた。
舞台裏でハイタッチを交わす。
「おつかれ、蓮くん」
「そっちもな。……いい演技だった」
その後、クラスで簡単な打ち上げが行われた。
机を寄せて、飲み物やお菓子を囲んで談笑する。
「いや〜、三日間マジでおつかれ!」
「演劇、めっちゃウケたな」
クラスメイトたちの賑やかな声が、少しだけ寂しさも含んで耳に届く。
そこへ芽衣が現れ、紙コップを差し出してきた。
「はい、りんごジュース。演劇、かっこよかったよ」
「お、ありがとう。……てか、わざわざ持ってきてくれたのか?」
「紗耶ねえが片付け手伝ってるから、代わりにね」
どこか誇らしげに胸を張る芽衣。
「でもさ、家でも学校でも一緒って……不思議だよね」
「そうか?」
「うん、なんか……学校にいても、落ち着くっていうか」
芽衣は少しだけ視線を逸らしてそう言った。
俺が何かを返す前に、クラスメイトに呼ばれて、彼女はくるりと踵を返していった。
夕方、空がゆっくりと茜に染まる頃。
俺は校舎裏のベンチに座っていた。すると、隣に紗耶が腰を下ろす。
「なんか、終わっちゃったね」
「まあ、三日って思えば短いもんな」
「でもさ、なんだかんだで楽しかった。……全部が」
彼女は小さく息をついて、俺のほうを見た。
「蓮くんと家族になって、最初は戸惑ってたけど……。今は、そうじゃないよ」
その言葉に、なぜか胸が軽くなった気がした。
校舎に灯りがともり、まもなく文化祭の閉会式が始まる。
終わりは、静かに、でも確実に訪れる。
閉会式が終わり、片付けを終えた夕暮れ。
スマホの通知に、柚月からのメッセージが届いていた。
「打ち上げ、どうする?三好ちゃんも行きたいって言ってたよー」
気がつけば、文化祭をともに過ごした顔ぶれが自然と集まっていた。
俺、紗耶、芽衣、柚月、三好のお馴染みの五人。
駅前のファミレスに入り、丸テーブルにぐるっと囲む。
「おつかれ〜っ!」
ドリンクバーで満杯のグラスを持った柚月が、テーブルの真ん中にカチンとグラスを置く。
「文化祭、さいこーに楽しかったっしょ!」
「うん。お化け屋敷も好評だったしね」
三好がそっと笑みを浮かべる。いつもより少しだけテンションが高い。
「三好ちゃんのクラス、列すごかったもんね」
「紗耶さんたちの演劇も、すごく素敵でした……!」
その言葉に、紗耶が照れくさそうに口元を覆う。
「ありがと。でも、三好ちゃんの縁日も良かったよ。あの射的、めっちゃ本格的だった」
そうして話は自然と盛り上がり、笑いが絶えなくなっていく。
ふと、芽衣が唐突に呟いた。
「来年も、こうやって一緒にいられるのかな」
「え?」
「だってさ、三年生になったら、受験とかで忙しくなるでしょ?」
その一言に、少し場が静かになる。
「ま、なるようになるっしょ!」
柚月が明るく笑って、ドリンクをひと口。
「来年のことは来年考えるとして、今日は打ち上げ! それでいいじゃん」
「……そうだな」
俺はグラスを持ち上げる。
「文化祭、おつかれ。来年も、きっと楽しくなる」
「おー!」
「はいっ!」
「……ふふっ」
五個のグラスが、軽やかな音を立てて触れ合った。
夏の終わりと、文化祭の終わり。
少しずつ近づく季節の変わり目を、俺たちはまだ気づかないふりをしていた。