33.文化祭編①
文化祭一日目の朝。校門前はすでににぎわいを見せていて、カラフルなポスターや飾り付けが風にはためいている。
「うお、何この人の多さ……」
蓮が思わずつぶやくと、横にいた芽衣がニコニコと笑って言った。
「文化祭だもん、当たり前でしょ? あ、あっち! 私たちのクラス、メイド服めっちゃ可愛いのにしたんだよ!」
その隣で、制服姿の紗耶が小さくため息をつく。「……落ち着いて。本番までまだ時間あるでしょ?」
そう。午後には自分たちの演劇本番がある。朝から登校して準備や最後の確認があったため、皆それぞれに緊張していた。
昇降口で靴を履き替えながら、紗耶がぽつりと呟いた。
「そういえば、今日の午後、私たちのお母さんも来るって。お父さんも一緒にね」
「ああ、俺も聞いた」
家族が見に来る。舞台に立つということが、また一段と現実味を帯びてきた。
午前中は自由時間だったので、三人で他のクラスの出し物を見て回ることにした。
芽衣のクラスの教室前に差しかかると、メイド服姿の女子がにこにこしながら声をかけてきた。
「いらっしゃいませ〜……って、あっ、芽衣じゃん! ご案内しまーす!」
蓮と紗耶も一緒に教室へと案内される。中は教室とは思えないほどの完成度で、テーブルクロスのかかった机、手作り感あるランチョンマット、黒板にはチョークで描かれた可愛いメニュー。どこか落ち着いたカフェのような雰囲気があった。
「わ、思ってたより本格的だね」
「うちのクラス、みんな張り切ってるから!」
芽衣が少し誇らしげに笑うと、そこへ別のメイド服の女子──芽衣のクラスメイトらしいギャル風の友達がすっと現れた。
「いらっしゃいませ〜ご主人様♪ ……って、えっ、もしかしてこの人がお義兄さん?」
彼女の目がすぐに蓮に向く。
「えっ……ああ、まあ」
「マジでいたんだ、芽衣の義兄! しかもイケメンとか聞いてたけど、ほんとじゃん!」
「ちょ、茉奈! やめてってば!」
芽衣が慌てて止めようとするのを、紗耶は面白そうに見ていた。
「そっちの人は……お姉ちゃん? やば、美人姉妹じゃん。なんかドラマみたいな家族構成だね」
「ありがとうございます……まあ、いろいろと複雑なんです」
紗耶が大人びた笑顔で返すと、芽衣の友達はにっこり笑って「ドリンク奢りにしとくね!」と軽くウィンクして去っていった。
三人は奥の席に腰を下ろすと、すぐにアイスティーとスコーンが運ばれてくる。芽衣はときおりクラスの子たちと話しながら、楽しそうに振る舞っていた。
「芽衣、クラスにちゃんと溶け込んでるな」
「……まあね。こう見えても人付き合い頑張ってるんだから」
誇らしげな芽衣に、蓮と紗耶は顔を見合わせて微笑んだ。
蓮たちがメイド喫茶での会計を終えると、廊下から声がかかった。
「おーい! 蓮くん、こっち!」
振り返ると、柚月が三好と一緒に手を振っていた。柚月は、珍しくツインテール気味に髪を結っていて、視線を集めている。
「三好も来れたんだな」
「は、はい。あの、急にご一緒してしまって……すみません」
「全然いいって。せっかくの文化祭だし」
五人でしばらく回った後、柚月がぽつりと提案した。
「ねえ、ちょっとだけさ、蓮くん。二人で回らない?」
「お、おう」
唐突な提案に一瞬たじろぎながらも、蓮は柚月に連れられて人混みの中を歩き出した。
模擬店の香りや笑い声が漂う中、蓮がアイスを買い、二人で分け合って食べながら中庭に座る。
「……ねえ、蓮くんってさ、彼女いるの?」
「は? いないけど?」
「ふーん。じゃあさ、あの子たちは?蓮くんをチラチラ見てるけど」
「あの子たち?」
柚月の視線の先には、他校の制服姿の女子三人組。蓮の中学の同級生たちだった。
「わっ、本当に蓮じゃん!」
「えー彼女? めっちゃ美人なんだけど〜」
「義兄妹ってホント? え、それとも彼女?」
口々にからかわれ、蓮はため息混じりに言った。
「……違うけど。大事な人、だから」
女子たちは「うわ〜何それ〜! キザ!」と騒いで去っていく。
少し沈黙が流れた。柚月は黙って蓮の顔を見て、それからふっと微笑む。
「……そっか。ありがと」
蓮はその意味に気づかず、ただ首をかしげるだけだった。
午後、一日目の演劇本番が近づき、舞台袖は緊張感に包まれていた。紗耶は仮面を手にしながら深呼吸を繰り返している。
「大丈夫か?」
「うん……たぶん。でも、なんか、変にドキドキする」
「失敗してもいいって思えば、気楽になるぞ?」
「そんな無責任な……ふふ。でも、ありがと」
カーテンの向こう、観客席には父親の姿が見えた。母も隣にいる。柚月と三好は最前列で手を振っている。
劇は、探偵が怪盗をドタバタと事件を通して追いかけながら、最終的に協力して事件を解決するというコメディ仕立て。蓮は真面目すぎる探偵を、紗耶は仮面をつけたミステリアスな怪盗を演じる。
セリフを交わすたび、どこか互いの本音が透けて見えるような、そんな舞台だった。
「――それでも、君を信じたかったんだ。たとえ仮面の下に、どんな秘密があっても」
蓮のセリフに、観客席が一瞬しんとなり、それから拍手が湧いた。
終演後、控室で蓮が水を飲んでいると、紗耶がそっと近づいてきた。
「……お疲れさま。いい演技だったね」
「お前こそ。すげぇ怪盗だったよ」
ふと顔を見合わせ、少しだけ照れくさくなる。
その後、廊下で両親がやってきた。
「いやぁ、良かったよ! お前、あんなのもできるんだな」
父親の冗談交じりの声に、蓮は頭をかきながら「たまたま」と返す。
母親は「紗耶もすごくかっこよかった」と笑顔で褒めていた。
芽衣のメイド喫茶にも立ち寄ったようで、「芽衣、ちゃんと接客できてたね」と感心していた。
照れながらも、どこか家族らしい温かさが漂っていた。
夕方、再び五人が集まって展示を見て回る。三好の読む本の話や、柚月がやたらゲームに強いというネタで盛り上がった。
「文化祭ってさ、正直めんどいと思ってたけど、今日みたいなのも、悪くないな」
蓮がぽつりと呟くと、紗耶が微笑む。
「明日はウチのシフトもあるから来てね!」
「私も明日あります」
「こりゃバタバタしそうだな……」
明日も、明後日も、きっとこの日々が続いていく。