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21.花火大会

 待ち合わせ場所の駅前広場には、すでに浴衣姿の人だかりができていた。

 蓮たちは少し離れた木陰に集まり、うちわで扇ぎながら三好を待っていた。


「三好さん、来られそうなんでしょ?」と紗耶が聞いてくる。


「ああ。ちょっと遅れるって」


「ふふっ、緊張してるんじゃない? 急に知らない女の子たちと花火大会とか」


 柚月が楽しげに笑いながら髪を結び直す。

 芽衣は浴衣の裾を直しながら、「でも、来てくれるって言ってくれてよかったよね」と小さく言った。


 そこへ、控えめな足音が近づいてきた。


「す、すみません……遅れてしまって」


 三好は、少し息を切らしながら立っていた。

 普段通りの地味な私服――けれど、どこか清潔感があって、肩には小さめのバッグをかけていた。


 髪も、今日はいつもより丁寧にまとめてある。


「今日は突然参加して、ごめんなさい……。ほんとに急で……」


「全然! 蓮くんから聞いてたし、むしろ人数多い方が楽しいし?」と柚月がすぐに声をかけた。


「初めまして。って、そんなに緊張しなくてもいいよ?」と紗耶も笑顔で続ける。


 芽衣も軽く会釈しながら、「来てくれて、うれしいです」とにっこり。


 三好は少し目を丸くして、ぽつりとこぼした。


「……本当に、こんな美人な人たちと、義兄妹なんですね……蓮くん」


「えっ、ああ……うん。まあ、いろいろあってな」


 蓮が曖昧に笑うと、三好はほんの少しだけ肩の力を抜いて、照れたように笑った。


「……なんか、学校中で噂になってました。最初は冗談かと思ってて……」


「ある意味冗談みたいなもんだけどな、俺からすれば」


 蓮がそう言うと、芽衣が「ちょっとー」と不満げにうでを小突き、柚月が「自覚なさすぎ」と笑い、紗耶がうんざりしたようにため息をついた。


 そんな空気に、三好は小さく吹き出した。

 やわらかく、安心したような笑みだった。


 それからしばらく、五人は連れ立って屋台を見てまわった。

 綿あめ、かき氷、射的、金魚すくい――どこも人でごった返していて、夏らしい喧騒が辺りを包んでいる。


「ねえ、あれやろうよ! 水風船!」


「また? 柚月、さっきもやったでしょ……」


「だってほら! 今度はハート型のあるし! 絶対かわいくない!?」


 柚月がはしゃぐたび、芽衣がそれに付き合い、紗耶がちょっと離れたところで苦笑いしていた。

 三好は少し遠巻きにその様子を見守っていたが、ときどき蓮が声をかけると、控えめに微笑み返してくれた。


「三好、これ食べる?」


「えっ、あ、はい……ありがとうございます」


 蓮が差し出したたこ焼きの入った紙の容器を、三好は両手で丁寧に受け取る。


「ねぇ、蓮くんってさ」

 と、柚月がニヤリと笑って小声で寄ってくる。


「地味な子にも優しいんだ~。モテるんじゃないの?」


「からかうなって……三好は見た目は地味だが、面白いやつだぞ」


「ふーん……そういうタイプなんだ~」と、からかい気味の視線。


 それを少し離れたところで聞いていた芽衣が、目を伏せたのに気づいたのは、蓮だけだった。


 


 花火の時間が近づくにつれ、広場は人の数を増していった。

 歩くのもままならないほどの混雑の中で、蓮たちは河川敷の芝生にレジャーシートを敷いて落ち着いた。


「柚月ちゃん、飲み物買いに行こうよ!」と芽衣が提案し、二人は連れ立って自販機の方へ向かっていった。


 その間、残った三人――蓮、紗耶、三好がシートでくつろいでいた。


「……芽衣ちゃんって、すごく明るいですね」と三好がふと口にする。


「ああ。うるさいけど、まあ……いい妹だよ」


「ふふ……そう、ですね」


 そのとき、遠くで人混みのざわめきが聞こえた。

 やがて、飲み物を抱えながら小走りで戻ってきた柚月が開口一番に言った。


「ごめん! ウチだけ戻ってきたんだけど……芽衣ちゃんがいない!」


「え?」


「ちょっと離れた隙に、いなくなっちゃって。探したんだけど……」


 蓮はすぐに立ち上がった。


「俺、探してくる」


「一緒に――」


「いいよ、俺の妹だし。みんなはここで待ってて」


 その言葉に、三人はうなずいた。


 


 蓮は人混みをかき分けながら、河川敷の端にある小さな橋のほうへ向かった。


 そこは、蓮が気分が沈んだときによくぼんやりしに行く場所だった。

 さっきの芽衣の暗い顔を見て、ここが思い出された。


 橋のふもとのベンチに、浴衣姿の少女がぽつんと座っていた。ビンゴだ。


「……いた」


 蓮が声をかけると、芽衣は一瞬だけびくりと肩を揺らし、それから静かに振り返った。


「あ……蓮くん」


「おまえ、どこ行ってたんだよ。心配するだろ」


「……ごめん。なんか……息苦しくなっちゃって」


 蓮は、となりのベンチに腰を下ろす。


「……何かあった?」


「別に、なんもないよ」


「うそつけ。顔に出てる」


「……」


 芽衣は少しの間、黙っていたが、やがてぽつりとこぼした。


「三好さんって、すごくいい人だね。優しいし、気遣いできるし」


「……ああ、そうだな」


「それに……蓮くん、あの人のこと見る目、ちょっと違う」


 蓮は言葉に詰まった。


「そういうんじゃ――」


「ううん、別に責めてるわけじゃないから。ただ……なんか、うまく笑えなくなっちゃった」


 芽衣はそう言って、自分の浴衣の裾をぎゅっと握りしめた。


「……ごめんね。せっかくの花火なのに、勝手に飛び出して」


「いや、いいよ」


 蓮は、少し迷ったあと、ショルダーバッグからラムネを取り出した。


「さっき、もらったけど飲まなかったやつ。冷えてるかわかんねぇけど」


「……うん。ありがと」


 芽衣はそれを受け取り、少しだけ笑った。


 そのとき、遠くでドン、と小さな音が鳴る。


 夜空の片隅に、最初の花火が打ち上げられた。


 その低く腹に響く音とともに、夜空に真っ赤な大輪が咲き、それを追いかけるように次の花火が高く昇っていく。


「……始まっちゃった」


 芽衣が静かにそう呟いた。

 その横顔を、蓮はしばらく黙って見ていた。


「……戻ろうか。みんな待ってる」


「うんっ」


 二人は立ち上がり、屋台の明かりと花火の光が交錯する河川敷の方へ歩き出す。

 人混みの間を縫うように歩いていく中で、芽衣が小さく囁いた。


「……蓮くんが迎えに来てくれて、ちょっと泣きそうだった」


「やめてくれ、今さらそんなこと言われたら……」


「ふふ、うそ。でも、ほんとにありがとう」


 そう言って芽衣は、少しだけ笑った。


 


 戻ってきたとき、シートの上ではちょうど打ち上がった大きな花火にみんなが顔を上げていた。


「おっ、戻った戻ったー! ほら、いいとこだよ今!」


「三好さん、めっちゃびっくりしてた!さっきの連発花火で」


「いや、あの音の迫力は……びっくりしますよ、ほんとに」


 柚月と紗耶がからかうように笑い、三好は頬を染めながらも少しだけ笑い返す。


 蓮と芽衣が座ると、自然と五人は肩を並べて夜空を見上げていた。


 火の粉が広がるたび、表情が照らされる。

 赤、黄、緑――色を変えて上がっては散るその光に、それぞれの心の色が浮かんで見えるようだった。


 柚月は手を叩いてはしゃぎながら、時折チラッと蓮の方を見ていた。


 紗耶はじっと空を見つめながら、誰にも気づかれないように、小さくため息をついた。


 芽衣は膝を抱えるようにして静かに座り、ときおり蓮の方を盗み見ては、また目をそらした。


 三好は――あまり目を見開かず、口元だけで笑っていた。けれどその笑みは、嘘のない、やさしい表情だった。


 


 やがて、クライマックスを知らせる連発花火が夜空を埋め尽くす。

 蓮はその音を聞きながら、今日一日のことをぼんやりと思い返していた。


 三好を誘った自分。

 芽衣が逸れたこと。

 みんなの笑顔と、誰にも言えない本音。

 いろんなものが、花火の音にかき消されて、空に上がっていくようだった。


 


 帰り道は、五人で駅へと歩いた。

 まだ余韻の残る空気の中、柚月が話しかけてくる。


「また行きたいね、これ。来年も、みんなでさ」


「来年……受験上手くいくかな」

 蓮が答えると、三好が少しだけうつむいた。


「……受験、がんばりましょうね」


「……ああ」


 電車が近づく音がして、それぞれがスマホを取り出して時刻を確認しはじめた。


「ウチ、ここで帰るねー。明日も朝から予定あるし」


 柚月がそう言って手を振る。疲れているだろうに、それを全く表に出していない。


「紗耶、家寄ってく?」


「ううん、蓮くんと一緒に帰る。ありがとね、柚月」


「はーい、じゃあお兄ちゃん、夜道気をつけてね~♡」


 そう言って笑顔で去っていく柚月を見送ると、次は三好がそっと蓮に声をかけた。


「あの……今日は、誘ってくれて……本当にありがとうございました」


「いや、来てくれてよかったよ。三好がいて、ちょっと救われた感じだった」


 三好は小さく首を振り、ほんの一瞬だけ蓮の目を見つめた。


「また……よかったら、誘ってください」


「ああ。……そうするよ」


 三好は小さく会釈し、電車の方へと足を向けた。

 その後ろ姿が、花火の残光の中に淡く溶けていった。


 


 家に戻るころには、日付が変わる少し手前になっていた。

 汗を流すためにシャワーを浴びて、部屋着に着替えて、蓮は自室のベッドに腰を下ろす。


 静かな部屋の中で、スマホを手に取り、思い出したように一通のメッセージを送った。


「今日はありがとう。楽しかった」


 三好からの返信はすぐには来なかったけれど――きっと、明日には来るだろう。

 そんな確信とともに、蓮はベッドに身体を倒した。


 


 その夜――夢を見た。


 夜空に咲いた花火の音の中、誰かが隣にいて、でもその顔がうまく見えない夢。

 目が覚めたとき、鼓動だけがほんの少しだけ速かった。

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