17.この夏、君の水着にやられました
「――あっつ……」
蓮は玄関先でペットボトルの水をあおりながら、家の中に向かって声をかけた。
「おーい、準備できたか?」
「ちょっと待ってー!日焼け止め、紗耶ねえの借りるから!」
「もうっ、さっき自分の持ったって言ったじゃん!」
2階からわちゃわちゃした声が聞こえる。
どうやら、支度はもう少しかかりそうだ。
蓮はドアの前に立ったまま、スマホで今日行くプール施設のサイトをチェックする。
屋内外に流れるプール、スライダー、軽食コーナーあり。なかなか広そうだ。
そんなとき、階段を駆け下りる音。
「おまたせー!」
一番に現れたのは芽衣だった。白いフリル付きのキャミとショートパンツ。
元気な雰囲気そのままの夏コーデに、リュックを背負って笑顔。
「お兄ちゃん、今日のテーマは“ギャルでも泳げる”だから!」
「泳ぐ以前に、そのテンションで体力持つか心配だよ……」
続いて現れたのは紗耶。薄手のブラウスにロングスカート、帽子をかぶって日焼け対策も万全。
……が、蓮は一瞬だけ視線をそらした。
(え、なんか、思ってたより……夏っぽい……)
「何?」
「いや、なんでも……」
心の中で“かわいい”の四文字が出かけて、慌てて口をつぐんだ。
駅で柚月と合流し、電車を乗り継ぎながら目的地へ向かう。
到着したのは、市内でも有名な大型の屋外プール施設。ファミリーも学生も多く、夏休みらしいにぎやかさが漂っていた。
「じゃ、女子組は更衣室で!お兄ちゃんはこっち!」
芽衣に押されるように男子更衣室に入った蓮は、着替えながらひとりごちた。
「……これ、俺なにしに来たんだっけ」
周囲の男子たちが楽しげに水着姿を見せ合っているのに対し、蓮は黙々とラッシュガードを羽織る。
それが完成された防御であることを、彼はまだ知らない。
数分後――
「おーい、お兄ちゃん!こっちー!」
芽衣の声に導かれ、プールサイドに出る。
そして、目の前に立っていた3人を見た瞬間、蓮の頭が真っ白になった。
芽衣は元気なビタミンカラーのビキニ、柚月は大人っぽいネイビーのワンピースタイプ。
そして――
「……っ」
紗耶は、淡いラベンダーのセパレート。シンプルだけど品があって、ほんの少しだけ肌が見えていた。
「ど、どうかな……?」
紗耶が小さく聞いたとき、蓮は一瞬、言葉を忘れていた。
「……似合ってる」
「っ……そ、そっか……ありがと」
目をそらし合いながら交わされたそのやりとりを、柚月はしっかり目撃していた。
「おっほ〜、何この空気!ウチ蚊帳の外!?どっちも顔真っ赤じゃん!」
「う、うるさいっ!」
その後は、ウォータースライダーを3人に引っ張られながら滑ったり、流れるプールで流されたり、アイスを食べて休憩したり。
笑って、叫んで、また笑って。まるで小学生に戻ったかのように時間が流れていった。
その途中、休憩ベンチで、紗耶と蓮だけが並んで座る場面があった。
「なんか……楽しいね、こういうの」
「うん。意外と、悪くなかった」
「意外とってなに。もうちょっと素直に言えば?」
「……めっちゃ楽しいです」
「ふふ、よろしい」
日差しはまぶしく、けれど風はどこか心地よかった。
午後も後半に差しかかった頃、蓮たちはプール脇の芝生エリアで休憩を取っていた。
「ん〜、さすがに遊びすぎた〜……」
芽衣がタオルを頭からかぶってぐったりしている。
柚月は自販機で買ったスポーツドリンクを飲みながら、視線を空へ向けた。
「このまま昼寝したら、絶対焼けるよね……」
「そりゃそうだろ。日焼け止め塗り直しとけよ」
「……蓮くん、わたしにも塗ってくれる?」
冗談めかして言う柚月に、蓮は半眼になった。
「自分でやれ。もしくは芽衣に頼め」
「ちぇー、つれない〜。紗耶なら塗ってくれるのに〜」
「え、わたし!?」
突然ふられた紗耶は、ペットボトルを持ったまま固まる。
その様子を見て、芽衣が寝転んだまま手を振った。
「じゃあ、みんな塗り合いっこすれば〜?」
そんなふうに笑い合っていると、柚月がふと呟いた。
「なんかさ、こういう日が毎年続くといいね」
「……うん。続くといいな」
紗耶がぽつりと答えたその声は、いつもより少しだけ静かだった。
横目でその表情を見た蓮は、目を伏せる。
(“続くといいな”って……何気なく言っただけ、だよな?)
けれど、心の奥に小さな波紋が広がっていく。
冷たいプールよりも、ずっと確かに。
帰り道。4人は濡れたタオルをバッグに詰め、疲れた足取りで最寄り駅へ向かっていた。
「今度は……夜の花火とか見たいな〜」
「いいね。次は浴衣だね」
「お兄ちゃん、またラッシュガードで来る気じゃないよね?」
「別に、俺はそれで……」
そんなくだらないやりとりをしながら、笑い声が響く。
夏は、まだ始まったばかりだった。




