10.期末テスト後編
期末テスト当日の朝。空は薄曇りで、ほどよく涼しい風が窓から吹き込んでいた。蓮はカバンに最後のノートを詰め込みながら、少し緊張した顔で鏡を見た。
「ま、やるしかねえか」
台所では紗耶が元気よく朝食の準備をしている。芽衣はリビングでスマホをいじりながらも、時折テスト範囲の単語を呟いていた。
学校に着くと、教室はいつもより静かだった。期末テストの空気が張り詰めている。
「やっぱ緊張するな……」
紗耶が小声でつぶやく。
蓮はそんな紗耶を他所目に、テスト開始の合図と同時に問題用紙を開いた。最初の数学の問題は思ったより簡単で、自然とペンが動く。
続く国語の問題では、古文の読解に少し難儀した。が、それでも学年上位には間違いなく入るだろうという自信があった。蓮が紗耶たちとの勉強会で教えた内容との重複がテストにちらほら見られたからだ。
昼休み。蓮たち4人は蓮と紗耶のいる教室で集まって弁当を食べていた。
「みんな、テストの手応えはどうだ?」
「ま、まあまあかな・・・」
「ウチは午後の出来次第かなあ〜」
「数学やらかしたかも〜!」
3人はあまり芳しくないようなので、蓮は自信があることを伝えるのをやめた。「勉強会が役立ってればいいんだが......」蓮は小さく呟いた。
テスト終了後、放課後の帰り道。4人は歩きながらテストの感想を語り合った。
「今回、結構イケた気がするわ」
「うん、あのプリントのおかげだよな、柚月」
「まあ、私のおかげってことで」
柚月が得意げに胸を張ると、みんなから軽いツッコミが飛んだ。
「テスト返ってきたらご褒美にみんなで出かけようよ!」
「それ、いいかも!遊園地とか?」
「赤点だったら勉強するからな」
「も〜、蓮くん真面目だなあ〜」
芽衣の提案で、4人の気持ちはすっかり切り替わっていた。
そして、一週間後。
蓮の部屋に集まった4人は、返却されたテストの結果を見せ合っていた。
「おお、お兄ちゃん、90点超えてるじゃん!」
「芽衣も頑張ったな、80点か」
「えへへ〜」
「紗耶も柚月も偉いな。普段赤点ギリギリらしいのに、今回全部平均点超えてるじゃないか」
それぞれの頑張りを認め合う温かい空気の中、芽衣がニコッと笑った。
「ご褒美の遊園地、ぜったい楽しいね!」
そんな期待で胸が膨らむ一日が、もう終わろうとしていた。
その日の夕方。テストの疲れもあったが、4人は勢いそのままにリビングへ移動していた。ソファに腰を沈めると、自然と会話は「遊園地」のことで盛り上がっていく。
「でさ、どこ行く?この辺だと、アクアパークか、サンビレッジか……」
柚月がスマホで候補を調べながら、ぽんぽんと候補を挙げていく。
「私はジェットコースターがいっぱいあるとこがいい!」
芽衣が元気よく挙手する。
「え、やだ……絶叫系とか無理」
紗耶は思いっきり引き気味で、顔をしかめた。
「それはちょっと意外かもな。お前、強そうなのに」
蓮の何気ない一言に、紗耶は眉をひくつかせて振り向く。
「“強そう”って何? ……それ、褒めてるつもり?」
「いや……あー、まあ、そう……かな?」
蓮が苦笑いでごまかすと、柚月が吹き出した。
「ははっ、喧嘩すんなよ兄妹ー」
「妹でもないでしょ、柚月は」
「それを言うなら私だけどね?」
芽衣が無邪気に笑って突っ込み、さらに空気が明るくなる。
「じゃあ決まりね、今週末の土曜、サンビレッジにしようよ。チケットもネットで取れるし!」
柚月がスマホを操作しながら決定を下す。リーダー気質というか、仕切り上手な彼女のそういうところは、見ていて安心する。
「お弁当持ってく? それとも現地で食べる?」
芽衣の質問に、柚月は即答。
「食べ歩きでしょー!遊園地のポテトってなんであんなにうまいんだろうね」
「たぶん雰囲気じゃない?」
「うわ、正論で返された」
そんな何気ないやりとりが、妙に心地よかった。テストを乗り越えた安心感、そして4人で過ごす日々が、だんだん当たり前になっていく感覚。
ふと、蓮は自分の胸の中に、ほんの少しだけあった「最初のぎこちなさ」が、すっかり薄れているのを感じた。
他人同士だった自分たちが、今は同じ空間で笑い合っている。その不思議な距離感に、じんわりと温かさが広がる。
「じゃ、当日は朝から集合ってことで」
「了解っ」
「寝坊すんなよ、芽衣」
「え、なんで私だけ!? 紗耶ねえの方が寝坊魔だよ?」
「こらー!また余計なことを!」
ああ、こういう日常が、ずっと続けばいいのに。
そんな風に、蓮は思った。