第5章 隣にいる
夜――バーでの再会
その夜、タースは"ナンパ男"としての姿でバーへと向かった。再び変装する必要もなく、彼は"素の自分"を少しだけ誇張した軽薄な男としてシスリアの前に現れる。
バーのカウンターに座るシスリアは、彼の姿を見ると冷静に一瞥し、淡々とした口調で言った。
シスリア「お久しぶりですね」
タースはわざと軽い笑みを浮かべ、シスリアの隣に腰掛ける。
タース「驚いたよ。まさか君の方から連絡が来るとは思わなかった」
シスリアはカウンターに置かれた本―― 『無限の迷宮』 を軽く指で叩きながら言う。
シスリア「……この本、あなたが教えてくれたものですよね」
タース「ああ、そうだな。どうだ? 面白かったか?」
タースの心の中「読んでたか…」
シスリアは彼の言葉を無視するように、本を軽く開いて静かに言った。
シスリア「"透ける存在するものを求める者"――これはどういう意味だと思います?」
タースは一瞬、目を細めた。
タースの心の中「……何かを探ろうとしている?」
だが、彼はすぐに平静を装い、軽い調子で返す。
タース「哲学的な一節だな。存在しているのに"見えない"もの――そういった隠れた真実を求める者、ってところか」
シスリアはタースの顔をじっと見つめる。
シスリア「……そういう解釈もありますね」
タースの心の中
タースはシスリアの様子を観察しながら、内心で冷静に状況を分析していた。
タースの心の中「……これは俺を探っているのか? それともただの考察の一環か……」
シスリアは"無限の迷宮"の一節に何かヒントを求めている。だが、それが自分に直接繋がるとはまだ考えていないはず――そうタースは確信する。
タースの心の中「今はまだ大丈夫だ……だが、油断はできない」
バーのカウンターには静かな時間が流れる。
シスリアは練乳をつけたイチゴのように、この"謎"を甘く味わいながらも、確実に核心へと近づこうとしていた。
一方、タースはその冷たい顔に終わりを見届ける日を静かに待ち続けている――。
探偵と殺し屋の駆け引きは、静かに、しかし確実に次の局面へと進んでいく。
タースの"試し"――無限の迷宮の続編
バーの静かな雰囲気の中、タースはシスリアの前で、ふと"ひらめいた"ように口を開いた。
タース「そういえば、この作品『無限の迷宮』には続編があるのを知ってるか?」
その言葉に、シスリアの反応は早かった。彼女の目がわずかに光り、口を開く。
シスリア「続編……ですか?」
タースは内心で笑みを浮かべる。
タースの心の中「予想通りだ。こいつは"謎"や"真実"のためなら、どこまでも乗っかる……」
彼は続ける。
タース「ただし、その続編の名前が複雑でね…知る者も少ない…見つけにくい…」
シスリアの表情が変わらないまま、冷静に答える。
「……知りたいです。そのタイトルを教えてください」
タースは、待ってましたと言わんばかりに口角を上げ、わざと挑発的な笑みを浮かべる。
「ならば…僕と"ホテル"に来い」
一瞬の静寂。タースはシスリアの反応を観察しながら、内心で遊び心に満ちていた。
タースの心の中「舐めたハートつきのメールの罰だ…こいつなら目的のために"なんでもする"はずだ……」
彼は敢えて真意が見えないよう、目を細めて付け加える。
「用件は……わかるだろう?」
シスリアの反応
シスリアは一瞬、タースをじっと見つめた。彼女の冷静な目には、揺らぎが一切感じられない。むしろ、その静寂が彼の言葉を吟味しているようだった。
シスリア「……続編の情報を知っているなら、私に教えるだけではダメなのですか?」
タースはわざとらしく首を振り、余裕の笑みを浮かべる。
タース「君のような知的な女性には、"条件"を提示した方が価値が伝わると思ってね」
シスリアはしばし黙考したが、やがて短く答える。
シスリア「……わかりました。ホテルに行きましょう」
その言葉に、タースの内心は驚きと同時に面白さに満ちていた。
タースの心の中「本当に乗っかりやがった……! だが、こいつの目的は明白だ。"続編"に何か手がかりがあると思っている」
タースは冷静さを保ちながら立ち上がり、シスリアを促す。
タース「では、行こう」
二人はホテルのロビーに入り、タースはフロントで部屋を一つ取る。その間も、シスリアは落ち着いた様子でタースの後ろに立っていた。
部屋に入ると、タースは椅子に腰掛け、シスリアに向かって微笑む。
タース「さて――続編のタイトルが気になるんだろう?」
シスリア「ええ。教えてください」
タースは心の中で笑いを堪えながら、ゆっくりと口を開いた。
タース「続編のタイトルは―― 『迷宮の仮面』 だ」
シスリアの目が鋭くなる。
シスリア「『迷宮の仮面』……」
タースは彼女の反応をじっと観察し続ける。彼女はノートを取り出し、そのタイトルをメモした。
タースの心の中
タースは内心で冷静に分析を続ける。
タースの心の中「こいつは"何か"を追っている――そのためならホテルにまでついてくる。だが、これは一つの"確認"だ。シスリアが本当に"答え"を求める姿勢だけは揺るがない」
彼は表面上、笑顔のままシスリアを見つめながら思った。
タースの心の中「……お前の執着が、お前を追い詰めることになるんだぞ。シスリア」
シスリアはメモを取り終えると、静かにタースに向き直った。
シスリア「……ありがとうございます。そのタイトル、参考にさせていただきます」
タースは軽く肩をすくめ、余裕の表情で返した。
タース「礼には及ばないよ。知識は共有すべきだからね」
探偵と殺し屋――奇妙な夜が終わる頃、二人の距離は再び縮まりつつあった。
シスリアは"真実"への一歩を確実に進め、タースはその背後で冷たく笑みを浮かべる――彼の計画の全てが、シスリアを追い詰めるための布石に過ぎないのだから。
物語はさらなる深淵へと向かっていく――。
タースの心の中「当然こいつを抱きたい訳じゃない…が…演技を続けるなら仕方がない…か…」
タースはホテルの部屋にシスリアを連れてきたものの、当然ながら下心は一切なかった。ただ、"条件"として口にした以上、シスリアに疑われないよう演技を続ける必要があった。
彼はベッドに腰掛け、軽く笑みを浮かべながら言う。
タース「シスリア……シャワーを浴びてこい」
シスリアは一瞬タースを見つめ、冷静に立ち上がった。
シスリア「……わかりました」
彼女は淡々とした様子でバスルームへと向かい、ドアを閉めた。シャワーの音が静かな部屋に響き始める。タースはその音を聞きながら、表面上は余裕を装いつつ、内心で思った。
タースの心の中「……全く、バカ正直にも程があるな」
彼にとってこれはただの"遊び"シスリアの冷徹な表情が少しでも揺らぐ瞬間を見たかっただけなのだ。
次の日の朝――シスリアの行動
翌朝、シスリアは誰よりも早くホテルを出て、本屋へと向かった。彼女の頭の中には、昨夜タース…"ナンパ男"が教えた 『迷宮の仮面』 のことしかなかった。
本屋の推理小説コーナーを歩き回り、ついにその本を見つける。
シスリア「……これですね」
シスリアは静かに本を手に取り、購入した。
シスリア…『迷宮の仮面』を読む
事務所に戻ると、シスリアは紅茶を片手にすぐに読み始めた。だが…
シスリアの心の中「……永遠の迷宮とは少し言葉が浅いですね」
ページをめくりながらシスリアは違和感を覚える。確かに作者は同じはずだが、 2003年 のこの本は、 2000年 の『無限の迷宮』に比べて言葉の重みが違う。
シスリアの心の中「……何かが違う。あの男は何故、この本を教えたのでしょう?」
シスリアの目が本のページを冷静に追いながらも、脳内ではタースの意図を探り始めていた。
シスリアの心の中「わかりません……ですが、読み進めるしかない」
一方、タース――基地にて
タースは基地に戻ると、我慢していた笑いがついに堪えられなくなった。
タース「はっはっはっはっ! あいつめ……!」
彼は机を叩きながら笑い続ける。
タース「事件解決のためなら本当に"なんでもやる"とはな! たかが"ヒントになるかもわからない本"のために、俺とホテルに来るなんて…」
タースは深く息を吐き、笑いの勢いが収まってくると再び口元に冷たい笑みを浮かべた。
タース「ふふ……次に奴と会った時、遠回しに言って反応を見てやりたいくらいだ」
彼は頭を傾けながら言葉を選ぶように呟く。
タース「例えば…"昨夜のホテルは良かったな"…なんて言ったら、あの冷たい顔はどう反応するかな?」
タースの心の中には遊び心とともに、シスリアに対する異様な興味と執着が渦巻いていた。
タース「……それでも、最後に勝つのは俺だ。シスリア、お前の終わりは俺が用意する」
シスリアの思考――疑問の追求
事務所ではシスリアが読み進める本のページが、静かにめくられていた。
シスリアの心の中「"透ける存在するものを求める者"…今度は"仮面"ですか……」
彼女はペンでメモを取りながら考える。
シスリアの心の中「……何かが隠されている。言葉の違和感、その意図……必ず解き明かしてみせます」
基地に戻ったタースの頭に、ふと"新しい悪戯"が浮かんだ。
タースの心の中「……もっとシスリアを揺さぶってやるか」
彼の計画はシンプルかつ悪魔的だった。まず、カフェに現れてシスリアと"偶然"出会い、ソルツ刑事として行動する。そして――マサトを利用する。
タースの心の中「マサトのスマホに匿名で"ホテルの写真"と"音声"を送りつける」
ホテルに入る自分――ナンパ男としてのタースとシスリアの写真。そして、ホテル内でわざと録音しておいた、少し含みのある音声。
タースの心の中「公共の場で流すには際どいが、シスリアの反応を見る価値はある……ふふ、楽しみだ」
タースは笑いを堪えながら、計画を実行する準備を整えた。
昼――カフェでの"偶然"の出会い
その日の昼、シスリアはあまりにも退屈な 『迷宮の仮面』 に耐えきれず、カフェへ向かった。同行していたのはマサト。相変わらず呑気な顔をしている。
マサト「シスリア、パンケーキ食うんでしょ? 俺はコーヒーだけでいいや」
シスリアは淡々とした表情で頷き、席についた。いつものようにシロップをたっぷりかけたパンケーキを前にすると、彼女の目がわずかに輝く。
そこへ。
タース「おや、奇遇ですね」
シスリアの視線が動くと、ソルツ刑事…つまりタースがカフェに現れた。タースは自然な笑みを浮かべ、二人のテーブルへ近づく。
タース「シスリアさん、そして……マサト君、でしたね。隣、いいですか?」
マサト「あ…!どうもどうも!」
シスリア「……どうぞ」
シスリアは特に興味も示さず、パンケーキを切り分ける。タースはマサトを一瞥し、軽く会釈した後、計画の"次の手"を実行する。
タースはシスリアに悟られないように、別のスマホを操作し、マサトの端末に匿名でメッセージを送信する。
内容は、ホテルに入る"ナンパ男"とシスリアの姿を捉えた写真、そして…ホテル内で録音された"わざと含みを持たせた音声"。
マサトのスマホが突然震え、彼が画面を見る。
マサト「……ん? なんだこれ」
彼は不審そうな顔でメッセージを開き、写真を見て一瞬固まる。
マサト「えっ……ええっ!? シスリア、これ……!?」
タースはあえて表情を変えず、冷静に言葉を挟む。
シスリア「どうかしましたか? マサト君」
マサトは慌てた様子で、スマホをタースとシスリアに見せつける。
マサト「これっ! ホテルの写真じゃないですか!? シスリアと…!? しかも音声ついてるぞ!」
シスリアの目が一瞬だけ動いたが、すぐに冷静さを取り戻す。
シスリア「……誰が送ったのですか?」
マサトが混乱したまま音声を再生しようとすると、タースはあえてシリアスな表情を浮かべる。
タース「落ち着いてください、これは犯人からの"手掛かり"かもしれません。確認しましょう」
「ここで流すのかよ……」 マサトが言いながらも音声を再生する。
カフェに響く"音声"
スピーカーから流れる音声――。
「シスリア……シャワーを浴びてこい」
「……わかりました」
そしてその後の音声…
一瞬、カフェの空気が凍りつく。
タースは表面上、冷静を装いながらも心の中では笑いを堪えていた。
タースの心の中「はははは……最高だな。公共の場で流すにはギリギリだが、これでいい」
マサトはシスリアとスマホの画面を交互に見て、大きな声で言う。
マサト「シスリア!? これ何ですか!? ホテル!? シャワー!? えええっ!? 嘘だろ!?」
シスリアはパンケーキのシロップを静かに掬い、冷静に答えた。
シスリア「……これはフェイクです。マサトさん、無駄に騒がないでください」
マサト「えっ、でも――!」
タースはシスリアの冷静さを見つめながら、内心で笑いが止まらなかった。
タースの心の中「さすがだな、シスリア……冷静すぎるぞ。でも、その"微かな揺らぎ"は確実に俺が見ている」
その後――シスリアからのメール
その日の午後、タースの"ナンパ男"の携帯にメールの通知が届く。
タースの心の中「……シスリアか」
タースはスマホを開くと、そこには簡潔なメッセージが表示されていた。
「お話があります。今日の夜、バーで」
タースはメールを見て、再び笑みを浮かべた。
タースの心の中「……また誘われたか…何か言ってくるだろうな…」
彼の心には冷たい楽しみが渦巻いていた。シスリアの揺るぎない冷静さと真実への執着を崩す――その瞬間が待ち遠しいのだ。
夜
バーの薄暗い照明の下、シスリアはカウンター席に座り、冷静にタース――"ナンパ男"を見つめていた。
シスリア「……メールについて聞かせてください」
静かながらも真意を探る鋭い眼差し。だが、タースは軽薄な男を演じ続け、肩をすくめながら答えた。
タース「メール? 何のことだ?」
シスリアの目がわずかに細まり、続ける。
シスリア「……知らないはずがありません。あなたと私がホテルに入る写真と音声――それが送られてきました。あなたは何か知っているのでは?」
タースはあえて驚いたふりをし、ため息をつく。そして、"面白い嘘"を思いつく。
タース「……ああ、そういうことか。実はさ……」
彼はシスリアの視線を受け止め、少し深刻そうな顔を作りながら話し始めた。
タース「……あのホテル、実は悪徳でね。チェックインした時、隠しカメラか何かで撮影されてたらしいんだよ。そしたらメールが来たんだ――"動画はサイトに乗っけて売らせてもらう"って脅しがな」
シスリアの表情が微かに動く。
シスリア「……動画を"売る"?」
タース「ああ。俺もどうすることもできなくて、放っておいたんだよ。そしたらさ――もう全部アップロードされてるらしいんだ。どうせ俺なんてただのナンパ男だ。問題になるような人生でもないしな」
タースは軽薄な笑みを浮かべ、淡々と語り続けた。
タース「君にとっては迷惑な話だろうけど……まあ、動画は広がっちまったみたいだ」
シスリアの反応
シスリアは一瞬黙り込み、タースの表情をじっと観察する。しかし、その冷静な顔には何の感情も浮かんでいない。
シスリア「……どうして、それをすぐに言わなかったんですか?」
タース「言ったところで何か変わるのか? 君だって頭のいい女だ…どうせ自分で調べるんだろ?」
タースは無造作にグラスを傾け、軽く酒を口に含んだ。心の中では、シスリアの揺らぎをじっくりと楽しんでいた。
タースの心の中「どうするシスリア…嘘だとは気づかないだろう? 俺は完璧なナンパ男だ」
シスリアの内心
シスリアは冷静を装いながらも、内心では慎重に状況を整理していた。
シスリアの心の中「……悪徳ホテル? 動画がアップロード? 確かに筋は通っている……だが、違和感がある」
シスリアはタースをじっと見つめた。
シスリア「……本当のことを言っているのでしょうか?」
タース「嘘だと思うか? なら君が確かめてみればいいさ」
タースは飄々とした態度を崩さない。その姿にシスリアは思考を巡らせる。
シスリアの心の中「もしこれが本当なら、情報を得る必要がある…だが、彼が何かを隠している可能性も高い」
シスリアは短く答える。
シスリア「わかりました。動画の件は、こちらで確認します」
タース「お手柔らかに頼むよ」
タースは心の中で静かに笑っていた。
タースの心の中「ふふ……いいぞ、シスリア。もっと振り回されろ。お前の冷たい顔が崩れるその瞬間が楽しみだ」
しかし、その一方で彼もまた考えていた。
タースの心の中「……さて、次の一手はどうする? あいつがこの嘘にどこまで食いつくか…それ次第だな」
タースの計画は完璧なはずだった。
「動画」という存在しない嘘を信じ込ませ、シスリアを揺さぶり、捜査を遅らせる――そう考えていた。
だが、シスリアの反応は彼の想定を超えていた。
タースは少し悲しそうな表情を作りながら言う。
タース「……申し訳ないと思ってる。結果的に君を、いや、俺自身も……あんな動画が拡散するなんて」
シスリアはパンケーキを一口食べ、無表情のまま言った。
シスリア「あんな動画……見たんですか?」
タース「……ああ…見たさ」
その言葉に、シスリアは冷静に頷く。だが、その言葉の裏にあったのは、少しも揺らがない自信だった。
シスリアの心の中:「……ホテルでのシャワー後の動画…ただの遊戯…もしそれが本当にあったとしても、問題ありません…」
彼女は顔色一つ変えず、静かに言葉を紡ぐ。
シスリア「さぞ売れるでしょうね」
その一言に、タースの心は一瞬揺らいだ。
タースの心の中「……こいつ、本当に余裕がある……!」
タースの心の中で動揺が走る。
タースの心の中「自信に満ち溢れている。いや、それどころか、"身体"すら武器の一つだと思っているのか?」
だが、すぐにその考えを否定する。
タースの心の中「いや、今やそんなことは関係ない! シスリアは……まるで気にしていない…それどころか、捜査する気もなさそうだ……!」
シスリアはさらに続ける。
シスリア「もし動画が売れるようなら……私と一緒に組むのも悪くないかもしれませんね…」
その一言が、タースの心に冷たい刺のように突き刺さった。
タースの内心――屈辱
タースはその場で何も言い返せず、ただ軽く笑みを浮かべるふりをした。
タースの心の中「……こいつ、完全に俺を舐めている……!」
彼女の態度に、タースは自分が侮辱されたように感じた。
冷静でいることを装っていたが、心の中では静かに怒りが燃え上がる。
タース「……まあ、それも考えておくさ」
そう言って、タースはその場を無難に収めた。
基地に戻ったタース…怒りと決意
基地に戻ったタースは、椅子に腰を下ろし、机を軽く叩いた。
タース「……ふざけやがって……!」
彼は大きく息を吐き、冷静さを取り戻そうとしたが、シスリアの余裕に満ちた表情が頭から離れない。
タースの心の中「……捜査を遅らせるどころか、逆に俺が動揺させられるとはな」
タースは冷静さを取り戻すため、再び計画を練り始めた。
タースの心の中「……いいだろう。次はもっと巧妙に、確実にシスリアを追い詰める」
だが、彼の中には静かな苛立ちが残っていた。
タースの心の中「……絶対にあの冷たい顔を崩してやる。シスリア……お前は俺の掌の上で終わるんだ」
シスリアの思索――ホテルでの出来事
事務所で静かに本を読み返していたシスリアの頭に、ふとホテルでの出来事が蘇る。
ナンパ男の背中にあったアザ…それが彼女の記憶に鮮明に残っていた。
シスリアの心の中「……もし、同じアザを持つ人物がいたら……?」
シスリアの心は自然と"変装"の可能性へと向かう。
シスリアの心の中「つまり、その人物は私の何かを狙っている?」
シスリアの計画――疑わしい人物の誘い出し
シスリアは考え込む。
シスリアの心の中「……そう…疑わしい人物をホテルに誘えば、身体にアザがあるか確認できる。ナンパ男の時のように……」
彼女の目に浮かんだのは、ソルツ刑事の顔だった。
シスリアの心の中「……彼が怪しい。だが…」
シスリアはスマートフォンを手に取り、メールの文字を打ち始めた。しかし、途中で手を止める。
シスリアの心の中「バカらしい……そんなことのために"したくないこと"をするのは非効率的…」
彼女の思考は冷徹だった。
シスリアの心の中「ましてや、それが身体を重ねることであれば…ナンパ男の時のあれで最後にするべき…」
メールを打つのを止め、再び目の前の本に集中することにした。
『無限の迷宮』の一節――"溜める…見えなくなる"
『無限の迷宮』を読み返していると、ふと目に飛び込んできた言葉―― 「溜める…見えなくなる」
その一節が、シスリアの考察心を掻き立てた。
シスリアの心の中「……これもまた、何かのヒントかもしれない」
彼女はメモ帳を手に取り、その言葉を書き留めた。
シスリアの心の中「"溜める"……"見えなくなる"……」
同時に、無限の迷宮の続編――『迷宮の仮面』が駄作であった理由についても考え始める。
シスリアの心の中「……この続編は本当に同じ作者が書いたのかしら?それとも…」
彼女の中で、小さな違和感が形を成し始めていた。
三度目の犯行…芸術家の再び
その静かな時間を破ったのは、新たな犯行の報せだった。
芸術家と思われる"犯人仮"による三度目の犯行が行われたのだ。
シスリアの携帯に通知が届く。
送信者は…ソルツ刑事 だった。
タースのメール…新たな捜査
タース…ソルツ刑事として、シスリアに送ったメールは簡潔だった。
「新たな犯行現場です。今すぐ現場に向かってください」
だが、その冷静な文章の裏で、彼の心には別の思惑が渦巻いていた。
タースの心の中「次の現場で、シスリアをどう揺さぶるか……楽しみだ」
新たな犯行現場…ホテルのバスルーム
シスリア、ソルツ刑事、そしてマサトが到着したのはホテルのバスルームだった。
現場には被害者がシンクの前で倒れており、特に目立つ外傷は見当たらなかった。
シスリアは現場を見回しながら静かに考え込む。
一方で、マサトは再びその独特な推理を披露する。
マサト「これは……転けましたね! 事故!」
その一言に、シスリアは冷ややかな目を向け、タースは無言で肩をすくめる。
タースの心の中「……もちろん違う」
タースとシスリアの心は一致していた―― 「今回も何か芸術的なトリックが使われているはずだ」 そう思っていた。だが――。
芸術的要素の欠如…違和感
現場を隈なく調べても、これまでの犯行で見られたような芸術的な演出や特徴的な証拠は見つからない。
ただ、被害者が倒れているだけ――それ以外に特筆すべきものがなかった。
シスリアは眉をひそめ、長い間考え込む。
タースもまた、これまでにない違和感を感じ取っていた。
シスリアの心の中「……芸術的な犯行が消えた?」
やがてシスリアは集中しすぎてぼぅっとし始めた。マサトが心配して話しかける。
マサト「シスリアさん…大丈夫っすか?」
シスリアは少し疲れた表情で、しかし冷静に答える。
シスリア「……回復が必要です」
その一言で、シスリアはカフェに向かい、いつものパンケーキを注文することにした。
タースの違和感…追いかける視線
シスリアの後を追う形でカフェに入ったタースは、彼女がパンケーキにシロップをトバドバとかける様子を見つめながら考え続けた。
タースの心の中「……シスリアが理解できない事件?」
続く