「僕が死ぬなら聖女も道連れだ!!」
ミーシャが迷った表情をしていると、サリアはポケットから、明らかに入りきらないだろう大きさの棒を二本取り出した。リリアナをこの場に連れてきていたし、空間魔法か何かだろうか?
そして、取り出した棒の片方をミーシャの手に握らせて言った。
「これで兵士を殴るといい」
「大人の男性を昏睡させるような力なんてありませんわよ?」
「馬鹿力のミーシャならできる」
「無理ですわ! か弱い乙女を捕まえて、なんてことを言うのですか!」
「冗談。これは睡眠棒。これでなぐったら、相手は気絶したように眠る」
「それを早く言ってくださいな。焦るではありませんか」
睡眠棒を握ったミーシャは、兵士たちに向かって、殴りかかった。
当然妨害は受けるも、全て防御魔法で防いでいる。
それを見た魔族は、さすがに焦った表情を浮かべていた。
「なるほどね。攻撃ではなく、睡眠か。それなら確かに防御は関係ないな。だが、君の特別製魔道具は、それすら防ぐのだろう?」
「さあ? 食らってみればいいんじゃない?」
そう言って、おもむろに魔族に殴りかかるサリア。
当然ながら魔族は避ける。
そうすると私から離れることになるのだけど、隙をついて私に近づこうとしたサリアを、魔族は魔法を撃つことで牽制した。
防御しながら助けることは難しかったのか、サリアは私を巻き込まないようにと、攻撃を防ぎながら後退していった。
それを見て、魔族は再び私の前に陣取る。
すると、サリアは防御しながら突っ込んで、棒を魔族にあてようとした。
またもや魔族が避けて、私に近づくサリアを攻撃で引かせる。
引いては寄ってと、私の前で波のように行き交う二人。
ラチがあかないと思ったのか、サリアの隙を作るためなのか。
彼は標的を変えて、攻撃を放った。ミーシャの方に。
「危ないミーシャ!」
私が思わず叫んだところで、ようやくミーシャが当たりを見回す。
無防備の背中に、闇が迫る。
「え?」
振り向いたミーシャは、迫る闇を見て驚きの表情をしていた。
さすがに防御魔法が間に合わないかと思われたが、斜めになった防御魔法が割り込み、天井に向かって闇を受け流した。
それを成したサリアは、呆けているミーシャに言った。
「もっと周囲に注意を払え、まぬけ」
これにはミーシャも我慢ならなかったのか、瞬時に噛み付いていた。
「そちらの相手はあなたでしょうが!」
「不意をつくなんてありえるのだから、注意してない方が悪い」
その間にも、魔族の攻撃は続いていて、少しずつサリアの位置がずれていく。
先ほど、攻撃を天井にそらした場所の真下に。
正論を言われたミーシャが言い返せずに歯噛みしていると、攻撃が受け流された先の天井が崩れた。
巧みに魔族に誘導されていたのだろう。
崩れたのはサリアの頭上で、しかも本人は気が付いてなかった。
「サリア! 上!」
私の言葉でサリアは上を見るも、もう彼女の目前に崩落した天井が迫っていた。
いくらサリアの防御魔法の構築が早くても、魔法陣を描くのに若干のタイムラグがある。
もう間に合わない。
崩落した天井に押しつぶされるサリアを幻視したが、
岩塊は粉々に砕けて、シャワーのようにサリアに降り注いでいた。
「もっと周囲に注意を払ってくださいませ、おまぬけさん」
サリアに向かって手を伸ばしながら、先ほどの意趣返しをするミーシャ。
彼女が放った魔法によって、崩落した天井は粉々。
ミーシャに助けられたと悟ったサリアは、悔しそうに悪態をついた。
「……ふんっ。こんなの食らっても回復できた」
「助けられておいて、ありがとうの一言もないんですの?」
「……そっちも言ってない」
「なら、これで貸し借りなしですわ」
そう言ったミーシャは、サリアへの興味が失せたのか、残りの兵士を睡眠棒で昏倒させていった。
仲悪いようで、いいコンビだな。
そう思っていると、魔族が少し悔しそうに言葉を吐いた。
「そうか。お互いを助けるパターンに入ってしまったか。おかしいな。もう少し仲が悪いと思っていたのだけど。見誤ったかな?」
「別に仲良くなんてない」
「内心がどうあれ、相互扶助したことには変わりない。
このまま事が進むと厄介だ。少し卑怯な手段を取らせてもらおう」
魔族が闇を掌に形成し、それを見たサリアは身構えて防御魔法を発動しようとした。
が、彼はそちらに放たず、私に放ってきた。
サリアも私も、考えていなかった行動。
殺される、と思ったが、闇は私を貫かなくて。
まとわりついて離れなくなっただけだった。
そんな行動を見て、サリアは不思議そうにしている。
「なんのつもり?」
「僕の合図で闇が爆発するように設定した。これなら防御魔法が入り込む隙間もないだろう? 次期聖女を助けたかったら、こちらに来て武器を渡すんだ」
ゼロ距離の攻撃は、外からの防御魔法では防げない。
私の身体に防御魔法を施さない限り、被害が出てしまう。
それが分かっているからか、サリアは黙って従った。
魔族に近づき、棒を渡す。
受け取った彼は、その棒で躊躇なくサリアを殴った。
途端、彼女は力が抜けたように膝まづいて、そのまま地面に倒れ伏した。
サリアが動かなくなるや否や、魔族は持っていた棒をその場に捨てて、激しく笑った。
「はははっ! 一番邪魔なやつが無力化された! これで僕の勝ちだぁ!」
ちょうど兵士らを無力化し終えたミーシャが振り返るも、サリアとは圧倒的戦力差がある。
睡眠棒を持っているとはいえ、近づけなければ意味がない。
動こうとすれば、捌ききれないほどの闇が襲いかかる。
それが分かっているからか、ミーシャは動けないようだった。
命を危険にさらしながら、少ないチャンスにかけて突撃する。
その判断を下すか迷っているような素振りだった。
くそっ……こう言う時に私も何かできたらいいのに。
こうして捕まったまま、見ることしかできない。
それが悔しくて堪らなくて。
ぎゅっと拳を握りしめていると、その拳が急に軽くなった。
唐突に、枷が壊されたのだ。
さらに、足枷についていた錘も切り離される。
リリアナだ。
巻き込まれないように壁側に避難していた彼女は、壁を伝って静かに私に近づいていた。
おかげで、魔族に魔力を流しに行ける。
その前に、まとわりついている闇をどうにかしないと。
近づく前にこれを爆発させられたら意味がない。
けれど、私は防御魔法なんて使えない。
逡巡した結果思いついたのは、この闇も魔族が放ったものならば、聖女の魔力を流すことで消滅できるのではないかということだ。
試しにやってみると、たちどころに闇が晴れていく。
狙い通りではあったが、強く発光してしまった。
これによって、喜び勇んでいた魔族が、こちらに気が付いてしまった。
彼はこちらに振り返り、余裕そうに言葉を紡いだ。
「……おや。何も役に立たない塵芥だと思って放っていたが、ここに来て邪魔をするか。悪い子にはおしおきをしなきゃね」
魔族はリリアナを睨み、球状の闇を掌に生成する。
残る私たちでは、防ぐことはできない。
せっかくのチャンスなのに。
ここでリリアナを囮にすれば、魔族は浄化できるかもしれないけど。
それでは意味がない。
皆で助かるにはどうしたらいいんだ。
そう考えていると、魔族の後ろでサリアが起き上がった。
立ち上がったサリアは、魔族が取り落とした棒を握り、後ろから殴った。
その衝撃で振り返った魔族は、サリアを見て驚いていた。
「なっ……なんで起き上がれるんだ!」
「私は、これが睡眠棒だなんて一言も言ってない。これは『誰でも聖女棒』。文字通り、魔族に対して致死量の聖女魔力を注入する代物」
そう言った瞬間、爆発的な魔力が魔族に流れたのを感じた。
彼は苦しそうに、身悶え始め、体をくねらせる。
前に人の修行の成果をパクって作っていた魔道具は、これだったのか。
とんでもない代物だが、ネーミングセンスはどうにかならなかったのか?
そんなことを呑気に考えていたのがいけなかったのだろうか?
もう終わったと安堵していたら、魔族から闇が吹き荒れて、全ての魔力を使い果たすような攻撃をしてきた。
「僕が死ぬなら聖女も道連れだ!!」
間にサリアの防御魔法がいくつも展開されたが、容赦なく割れていく。
まるでピンと張った薄い紙を破くように貫通してくる黒い闇。
それはやがて、私とリリアナを覆った。
その手前、サリアがポケットから取り出した石を、砕こうとしているのが見えた気がした。




